Aの30

 俺はキルヒアイスに声をかけた。

「えっと……。何で全裸なの?」

「あっ、ごめんなさい。公衆浴場でログアウトしたの忘れてましたっ」

「なるほど」

 俺はもういちどキルヒアイスのイチモツを見た。やっぱりハチローよりでかい。

 そんなとき、遠くの方で人の話す声が聞こえた。

「やばい……」

 俺はさすがに動揺した。もしこんなところ他の人に見られたら大変なことになる。最悪の場合、公然わいせつ罪とかで憲兵に捕まって牢屋に送り込まれるかもしれない。そうなったら俺が困る。せっかくの用心棒を失ってしまう。

 俺は対策を考えたが、すでに動揺していたのでどうすれば良いかすぐに考えが思いつかない。そのとき、俺の腕をカビゴンが掴んだ。

「吉田先輩。とりあえず近くの建物に入りましょう。わけを話して服を貸してもらうんです」

「いや、でも……。貸してくれるかな」

 俺にはNPCを説得できる自信なんて無い。

「こんな所にいるよりマシですよ! もし警察とか軍隊とかに見つかったらどうするんですか?」

「……」

 どうやら俺より大城さんの方がよっぽど冷静らしい。とりあえず今は大城さんに任せることに決めた。

「分かった。建物に避難しよう」

「すぐに行きますよ。私は前を歩きます。吉田先輩は西川さんの後ろにぴったり付いてください。そうすれば多少はバレないはずです」

「わかった」

 ◇11

 大城さんの指示に従い俺たちは行動を開始した。もはや名実ともに大城さんが頼れるリーダーになっている。

 俺たちは3人一組になって近くの建物に侵入した。

 全裸なのもアウトだけど、人の家に不法侵入するのもやはり駄目だったらしい。

 ドアを開けて建物の中に入ると想像した通りの結果になった。

「きゃああああ!!」

 玄関にいたマダムが悲鳴を上げてその場を離れようとした。しかしカビゴンがすごい勢いで駆け込みマダムの身体を取り押さえ口を塞いだ。

 俺は慌てた。

「ちょっと何してるの大城さん! 説得するんじゃなかったの!?」

「作戦変更です。このまま騒がれると厄介です。この女を脅迫して衣服を要求しましょう。どうせNPCです……」

 なんかハリウッド映画みたいな展開になってきている。

 俺はこの2人とパーティーを組んだことを後悔しはじめた。

「衣服はどこにある。早く案内しろ!」

 マダムはガタガタ震えながら廊下の奥を指さした。

 廊下の奥の部屋に入ると、そこには良さそうな服がいくつもあった。

( あれ? )

 よく見てみると大きなテーブルの上にいくつも服が並んでいる。もしかするとこの場所は服の製造とか修理をしている店かもしれない。こんな時に何という幸運だろうか。俺はカビゴンに感謝したくなった。

 先に部屋の中に入った俺は室内を素早く確認し、人が居ないことを確かめて西川さんに手招きした。

「西川さん。早く入って。服を選んで!」

「は、はいっ!」

 ふるちんの若い男が部屋のなかに入り、衣服をあれこれ物色した。そのあいだ中年の太った男がマダムを取り押さえて口を塞ぎ、俺はドアの入り口を見張った。

( これじゃ、山賊と変わんねーじゃん…… )

 カビゴンに取り押さえられているマダムは震えながら両手を握り、祈るように天井を仰いでいる。何だか見ているこっちが辛くなってくる。

 俺はイライラしてきた。

「西川さん。早く決めて!」

「は、はいっ……」

 ようやく服を決めたらしい。俺に急かされてさすがに慌てている。男性用なのか女性用なのかよく分からない下着を身に着け、そのあとズボンとシャツも身に着けた。

( よし…… )

 俺はキルヒアイスの状況を確認し終えたあと、廊下にいるカビゴンに声をかけた。

「大城さん。もういいよ。女性を解放して! すぐにここから離れよう!」

「了解……」

 俺たち3人はすぐに建物の外に出て、逃げるようにその場から走り去った。

 もう何のゲームをしてるのか分からなくなってきた。

 5分ほど走ったところで、ようやく俺も冷静になってきた。俺たちはいつの間にか大通りに出ている。

( この場所は見たことがあるような…… ) 

 アクション映画の逃走シーンだったか、それとも海外ドラマのワンシーンだったのかよく思い出せないけど、映像で何度もこの景色を見ている気がする。たぶんかなり有名な場所だろうし、観光パンフレットにも必ず載ってそうな場所に俺たちはいる。

 湾曲した道路沿いに並ぶ高い建物とお洒落な街灯。ベルリンと同じくらい大勢のプレイヤーがいて、通りのあいだを右往左往している。でもベルリンのときみたいに山賊がいる様子もないし、武器を持っている人も意外と少ない。何というか、街全体に上品さがあって治安もかなり良さそうだった。

 ◇11

 とつぜんカビゴンが話しかけてきた。

「あのう、吉田先輩。おすすめの店があるので、ぜひ一緒にどうですか? すぐ近くにあるんです。そこのスイーツめちゃくちゃ美味しかったですよ!?」

 なぜかカビゴンはキルヒアイスのほうには目も向けず、俺だけに話しかけている。さすがに大城さんもふるちん事件のことで西川さんに失望したのかもしれない。俺は西川さんにちらりと目を向けた。彼女は気まずそうに俺たちの後ろを静かに歩いている。

 これで少しは反省してくれると良いのだが。

 俺も西川さんを無視して大城さんに話しかけた。

「スイーツ興味あるな。案内してよ」

「はい。こっちです……」

 大城さんはだいぶロンドンの地理を知り尽くしているらしい。地図も見てないのに、大通りやその周辺の小さな道をなんの躊躇もなくずかずかと進んでいく。

 やがて大城さんは一軒の店の前で立ち止まった。

 店の外装も看板も地味な緑色で、店内にあまり人がいる気配もない。

「この店なの?」

「はい。そうです。あの。ここのレモンパイ、まじ最高なんです……」

 大城さんはすぐに店の中に入っていった。俺と西川さんもそのあとに続いた。

 俺たち3人は窓際の席に座り、大城さんがウエイターに注文を出した。

 ログインしてからずっと息つく暇もなかった。今こうして喫茶店の椅子に座り、ようやく落ち着くことが出来る。

 俺は今ようやく二人の顔をまともに見た。

( 不動産屋とかに居そうなおっさんだな…… )

 向かいの席に座るカビゴンという名前の太ったおっさんは体も大きいけれど顔もそれに負けず、だいぶ貫禄がある。

 丸っこくて大きな顔と小さくて細い目、頭はつるっつるに禿げて光っているけど左右に少しだけ薄毛が残っている。

 そんなカビゴンの着ている服はハチローとあまり変わらない。上着はクリーム色の地味で古そうなシャツ。そしてズボンもやはり地味なグレー色の少しきつそうなサイズのやつ。

( そういえば…… )

 俺はログインしていた時から感じていた違和感を思い出し、頭を低くしてテーブルの下に視線を向けた。

 カビゴンは靴を履いていなくて、素足だった。

「大城さん。靴履いてないよね?」

「あ、はい。歩いているうちに破けちゃったので。捨てちゃいました……」

 なるほど。

 たしかに、この世界の靴はやけにもろい感じがする。ハチローの履いている靴もすでにボロボロになっていて、あと少しで破けそうな所まで来ている。

 俺は自分の隣に座っているやつにも視線を向けた。

( なんていい男だろう )

 先ほどマダムの家で調達した服はかなり高貴な雰囲気だった。おそらく上級貴族とかが着る服だと思う。でも着ている服はあまり関係ない気がする。

 くせ毛だけど色鮮やかな濃い茶髪。そして顔は文句のつけようがないほど端整で、体格はハチローより一回り大きい。

 ハチローもおそらく身長175以上あると思うけど、この二人に挟まれるとやっぱり小さく見えてしまう。

 ◇11

 すっかり隣のイケメンに見とれていたが、俺は聞きたい事を思い出してカビゴンのほうに視線を戻した。

「そういえば、大城さんはどんなスキルを持ってるの?」

「いえ。私はスキルカードを売ったので、スキルは持ってないですよ」

 カビゴンは涼しげな顔でとんでもない事を口にした。

「えっ、スキルカードを売ったの?」

「はい。欲しがってるプレイヤーがいたので、普通に売りましたよ。でも、ほら……」

 カビゴンはズボンのポケットから紙幣の束を取り出してテーブルの上に置いた。

「こんなにお金もらいましたよ。30万コルクだそうです」

 たしかに大金だけど、スキルカードにはそれ以上の価値があったのではないだろうか。むしろ30万コルク程度で買った相手プレイヤーはかなり得をしているはず。

「ラッキーですよ。これだけお金あれば、ロンドンのいろんな名店のお菓子食べられます……」

 そのおっさんは満面の笑みでクリームが乗った分厚いレモンパイを口に運んでいる。

「うーん。やっぱ最高っ!」

 おっさんは手をきゅっと握りしめ、小刻みに震えて感動している。そのレモンパイがかなりGOODらしい。

 俺は返す言葉が見つからず、おっさんから目を逸らすようにして今度はキルヒアイスのほうを見た。

 キルヒアイスはそのレモンパイをむさぼる太った中年男を軽蔑するような目で見ている。

《 何やってんだこいつ 》

 そんな目で見ている。

 やっぱり西川さんも彼女の行動が理解できないらしい。

 そもそも、スイーツを食べる金欲しさに自分のスキルカードを売ってしまうプレイヤーがいるなんて想像もしてなかった。

 俺はいちおう念のために聞いた。

「大城さん。スキルカードは1つしか持ってなかったの?」

「はい。そうですよ」

 このおっさんは1つしかないスキルカードを他人に売りさばいて奴隷に落ちたらしい。

 キルヒアイスがカビゴンに訊いた。

「売ったのはどんなスキルカードだったの?」

「えっと……。よく覚えてないですけど、なんかハンマーみたいな絵が描かれてた気がします」

 たぶんそれは工芸スキルだと思う。非常にもったいない。

 俺は先ほどまで大城さんにかなり期待していた。

 ログイン直後に起きたふるちん事件のときは、大城さんの機転のおかげで俺も西川さんもピンチを救われた。しかし今はもう違う。彼女のゲームに対する姿勢がどんなものかはすでに分かっている。

 スキル無しのカビゴンなんかより、狙撃スキル持ちのキルヒアイスのほうがずっと役に立つだろうし、何にせよ西川さんのほうがまともにゲームをプレーしている感じがある。

( やっぱりこんな所でゆっくりする気になれない…… )

 そう思った俺は二人に声をかけた。

「ごめん。俺そろそろログアウトしても良いかな? もう家に帰らないと。遅くなるし……」

 するとキルヒアイスがらしくない表情をした。口をぽかんと開けて残念な顔になってる。

「えーっ! 吉田先輩、帰るんですか? もう少し一緒にロンドン見ましょうよー」

 するとカビゴンもスマホを取り出した。

「じゃ私も……」

「えーっ。なんで? 美帆ちゃんも帰っちゃうの?」

 カビゴンはキルヒアイスのところに駆け寄り、小さな声で呟いた。

「だって。今あの人にだけログアウトされたら、私たちの身体が無防備になっちゃうじゃないですか。何かイタズラされるかも……」

 完全にこっちまで聞こえてる。俺は抗議した。

「おい。俺を何だと思ってる! 失礼だよ?」

「信用できませんよ」

 俺とカビゴンはテーブルの上でにらみ合った。

 すごくイライラする。なぜ禿げたおっさんにそういう事言われなければならないのか。

 西川さんがあきらめたようにため息をついた。

「わかりましたよ。今日はもう終わりにしましょう」

 俺たち三人はそれぞれスマホのボタンを押して、ゲームからログアウトした。


【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-05

Copyrighted
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