Aの29
「さ、先輩っ。本番はこれからですよ? うふふっ……」
彼女がそんな事を言うので俺は怖くなった。
( まだ何か食うつもりか。この女は )
俺はもう逃げようと思ったが、腹が重すぎて椅子から立ち上がる気にもなれない。そんな状況のなか西川さんは軽い足どりで、ささっとテーブルから離れて行った。
あの女また何か取ってくる気だ。
俺は斜め向かいの席に目を向けた。大城さんもさすがに疲れた顔をしはじめている。彼女もすでに満腹らしい。
しばらくして西川さんがテーブルに戻ってきた。
どんなカロリーの爆弾を持ってくるかと思えば、手にしている黒い入れ物はやけに小さい。もしかすると高級フルーツかもしれない。それなら少しはマシだと思える。
西川さんがそれをテーブルの上に置いたとき、食べ物ではない事に気づいた。
何度も見ている黒い小さな箱。ロブマイヤーGT3だった。
◇11
彼女の行動がよく分からない。
( なぜ今これを出す )
わざわざ俺たち二人に見せびらかすために持ってきたのか。それとも何か違う目的でもあるのか。
「さっ、先輩! ようやく3人でプレーできますよ」
西川さんはそう言って目をギラつかせている。
いったい何をするつもりだろうか。
「3人でプレー? 何のゲーム?」
俺がそう言うと西川さんは真顔に戻った。
「何言ってるんすか。DOVRに決まってるじゃないすか! 今は絶好のタイミングですよ!? サークル結成して初の3人プレーっすよ? やるなら、今でしょ!!」
西川さんの勢いがすごいので俺はただ話を聞いて頷いていた。
「美帆ちゃんも。もちろんやるよね? ね?」
「う、うん……」
俺は口を挟んだ。
「大城さん。アカウント持ってるの? 今から作ると時間かかるよ?」
「私アカウント持ってます。……ていうか、もう何回もプレイしてるので」
俺は少し驚いた。
( まじかよ )
そんなとき、西川さんのでかい顔がとつぜん視界に入ってきた。
「うふふ。美帆ちゃんはかなりハマってるみたいですよ~」
西川さんがそう言うと、大城さんは少し恥ずかしそうに下を向いた。どうやら本当に熱中しているらしい。
◇11
それにしても、俺にはまだ知らないことがある。
俺は西川さんに聞いた。
「3人でログインできるの?」
「もちろん、できますよ。知らなかったんすか? パーティーログイン機能を使えば、3人一緒にログインして、協力プレイとかできるんすよ? ぜったい楽しいですよ!」
よもやそんな機能があったとは。
おそらく製品版になってから新機能として追加されたのかもしれない。たしかに思い出せば、このまえベルリンにログインしたときはグループになって行動しているプレイヤーが多かった。あれはパーティーログイン機能を使っていたのかもしれない。
「パーティーログイン機能には注意点もあるんです。一人でログインする時と違って、リーダーのいた場所に3人まとめてログインするんです。あと、サポーターはスキル1つしか使えないみたいです。そこは注意です」
「なるほど……」
西川さんにそう教えてもらい俺は思わず相槌をうった。
やけに詳しい。この女かなりやり込んでる可能性がある。
( もしこの二人が強ければかなり頼りになるかもしれない )
一瞬そう思ったが、すぐに冷静になって考え直した。
そもそもこんな場所でログインすべきとは思えない。人の家の床に3人で寝転がってログインだなんて。しかも女子二人と一緒に。
「……ねぇ、やっぱり俺はやめとくよ。女子の部屋で横になるなんてさ。ちょっと良くないだろうし」
俺がそう言うと二人は納得するどころか、むしろ俺に変な目を向けた。
「先輩やらしい。何言ってるんすか……。座ったままログインするに決まってるでしょ……」
西川さんが疑惑の目で俺を見ている。ちょっと心外だった。
「えっ、そんなこと出来るの?」
「先輩ちゃんと使い方知らないでしょ。ロブマイヤーのマニュアル読んでくださいよ。椅子に座ったままログインすることも出来るんですよ?」
西川さんが説明してくれた。
「へぇ……そうなんだ」
俺は自分の無知のせいで恥ずかしい思いをした。
◇11
西川さんがロブマイヤーGT3をテーブルの上にセットしたあと、大城さんが俺に声をかけた。
「吉田先輩。フレンド登録いいですか?」
「えっ、……あぁ。良いよ」
俺は自分のスマホを取り出し、コミュニティアプリを起動した。
「キャラ名は何ですか?」
俺がそう聞くと、大城さんはやや小さな声で言った。
「……カビゴンです」
俺はさっそくキャラクター名を入力して検索した。
やけに恥ずかしそうな様子だったけど。愛着を持っているようにも見える。
俺たちのフレンド登録が終わると、それを待っていたらしい西川さんが俺たち二人にアイマスクを配布した。
( こいつ何でアイマスク3つも所持してる )
そう思っても、あえて聞かないことにした。
「そういえば、リーダーは誰にします?」
大城さんがそう言った。
「うーん。どうしよう……。スタート地点をどうするかだよね……。私はいまベネチアにいるし、吉田先輩はベルリンでしたよね? んで大城さんはロンドンだよね」
俺はロンドンという言葉を聞いてとつぜん気持ちが高ぶった。
すぐにスマホのフレンド情報を見た。
【キルヒアイス】(男性)
国籍・ナポリ王国
現在地・ベネチア
【カビゴン】(男性)
国籍・イギリス連合王国
現在地・ロンドン
( まじかよ…… )
俺は2人が羨ましくなった。
ロンドンにしろ、ベネチアにしろその気になればすぐに海に出られる位置にある。
「大城さんがリーダーでいいんじゃないかな。俺、ロンドン行ってみたいし……」
俺がさりげなくそう言うと、西川さんも賛成した。
「いいっすね。私もロンドン見たいっす! ……じゃあいいかな? 美帆ちゃん」
「はい。いいですよ」
大城さんは快く承諾してくれた。俺はじわじわとやる気が出てきた。
「ロンドンすごく楽しいですよ。おすすのお店とかもいろいろ紹介しますね……」
大城さんがそう言ったあと、俺と西川さんのスマホに通知音が鳴った。
◎ 【カビゴン】さんがパーティーに招待しています。
俺は画面を見て承諾ボタンを押した。
( おすすめのお店って何だ )
俺は気になったが、けっきょく聞くのをやめた。
二人は真剣な表情になってスマホの画面を見ている。俺も自分のスマホに目を向けた。
《 パーティーログインの準備が完了しました。スマホをロブマイヤーGT3の近くに置き、アイマスクを着用してください 》
スマホから目を離したとき、二人はすでにテーブルの上でうつ伏せになっていた。
( よし、行こう )
俺もアイマスクを着用し、眠りについた。
・ ・ ・11
眠りが覚めたようにぱっと目を開けてみると、狭い路地裏のような場所に俺は立っていた。しばらくして、俺の背後で誰かが叫んだ。
「ひゃああああ!!」
何というか。今まで聞いたこともないような、すごく気持ちの悪い叫び声だった。声が低いので、たぶん男性の叫び声だと思う。
俺はすぐに後ろを振り返った。
何故か太ったおっさんが地面にしゃがんでじっとしている。そしてその隣には若い男が一人立っている。俺はその若者の顔を見る以前にもっと下に目が行った。
( 何なんだろう。この光景は )
太った中年男が一人と、その隣にいる全裸の若い男が一人。
俺にはどっちが西川さんでどっちが大城さんなのか判別がつかない。
( こいつ、もしかしてハチローよりでかいかも…… )
俺はその若者のでかいイチモツが見たくて彼に近づいた。するといつの間にか二人の頭上にキャラクター名が表示されていることに気づいた。
全裸の若い男は【キルヒアイス】と表示され、隣の太ったおっさんは【カビゴン】と表示されている。何とも、見ていてかなり痛々しい光景だった。
( たしかキルヒアイスが西川さんで、カビゴンが大城さんだったよな )
俺は頭の中をいちど整理して冷静になった。そして周囲の状況に目を向けた。
路地裏にログインしたことが幸いだった。俺たち3人以外に誰も人はいない。
【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身
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