血潮があぶくになる以前

血潮があぶくになる以前

雪水 雪技

血流

私の血流に溶けている言葉
どこへ解放してやればいいだろう
汗をかく、涙を流す、唾をのむ、
無色透明の血液に数多の言葉が
ほんとうは、まじっているのに
何処にも写らないで、
誰にも発見されないで、
私の身体の中を巡って

慌てふためく私を隠して
大騒ぎする思考の声は
私の手にあまるから
もう諦めてしまおう
人は答えに辿り着けない
途中で立てたフラッグが
結論だと言い聞かせて
病室に戻る寂しい背中
思考が私なら私を救って

水中の涙

外に出ると水の中にいた
純度の低い水の中で車が泳ぐ
自転車が水草に絡まって倒れる

息を吸えない
視界は揺れる
涙は無かったことにされた
大泣きしても声は届かない

苦しいのは私だけ?
みんな涼しい顔して
歩行している

最後の酸素が空に吸い込まれて

溺れた歩道橋

答え

答えが一つになる頃には
私たちの発光はクライマックス
燃やし尽くした何億光年のこと
思い出、明日の予定、感傷、期待
それから、もう一度バラバラになる
発光した、さっきまでを夢に見て
答え合わせ、丸をつけて、あくび

桜桃感傷

もらいものの桜桃を食べる
桜桃を見て、
思うことは
まあ、彼のことだ
無頼、はにかみ、
彼のこと、
何も知らない
だから好きだ
私の文学は
彼が水先案内人だった

私は文学少女じゃなかった
よく誤解されては
適当に誤魔化して
彼の微笑を道化を
真似てみていたが
彼にはなれず
残念、喜劇失脚

六月のペルセポネ

六月の終わりに
ヒナゲシの色を
思い出してみる

落花生という
音階を楽しみ
今日を終える

南口から出て
西日を目指し
待ち合わせる

お前の考えは
わかりやすい
にやつく旧友

スト缶開けた
逃げ出せ現実
泣き出せ虚実

六月の終わりに
花言葉を聞く
ペルセポネ

花の棺

埋もれていた花の中から
小さな身体を取り出して

棺だけを置き去りにして
器を攫った早朝の花畑に

月夜に重ねた旋律が拍動
海水を燃やして作る血液

もう一度微笑んで欲しい
あなたが私の女神ならば

不滅の火の中に飛び込む
業火の中へその手を入れ

私の魂を救済してください

蜘蛛の巣に夕焼け

触れたら痛むほど冷たかった
赤く光る蜘蛛が作る見事な巣

何日も虫は捕らえられずに
蜘蛛は飢えてなお巣を作る

私は夕暮れ時に様子を見る
都度大きくなってゆく半径

蜘蛛の気持ちは知らずに
蜘蛛の表情は見えぬまま

巨大な蝶々をたらふく食べて
満腹の朝を迎えられたのなら

満ち欠け

月は丸くは無かった
欠けているわけでは
無いのに満ち欠けと
人の目に映るままに

海水に足首を浸して
真夜中に落とされた
月のかけらを集める
笛が鳴り中断されて
集めたかけらは回収

私の手には何も残らず
いつも不満だけが残る

満ちて欠けて落として
私たちはロケットを飛ばす

湯気の底

冷めたお茶の中に溶けた砂糖の結晶
熱いお茶の中でガムシロップは浮遊
水槽の中の熱帯魚が眠り続けている
静か過ぎた部屋にお茶の湯気が上る
白く浮遊する湯気が私に何かを言う
甘いものだけが騒がしいだけの部屋

嘘と本当

胸に流れ込んでくる
景色と匂いと感触は
形を変えながら
胸にとどまって
いつか溢れる日まで
私の中で生活を始める
人は忘れる生き物だけど
それは半分本当で半分嘘
感覚だけが消えずに
記憶が傷になって
とうとう涙が溢れてしまって

曇り硝子

硝子玉を大事に持っていた
親戚のお姉ちゃんの指輪は
蛍光灯の下でも光って
私の目はちかちかした
思わず手を伸ばすと
その手は引っ込められた

顔は笑っていたけれど、
もうお姉ちゃんは
私のお姉ちゃんでは
無いとわかって
縁日の日にもらった硝子玉を
窓から投げて部屋の中で
ずっと泣いていた

朝の白

白白とした朝の光
明瞭な鳥たちの声

明日をまちのぞみ
来た明日のすがた
それは今日である

がっかりされる日
明日は明日のまま
今日は無視される

そしてまた明日を
こころまちにして
消費されるだけの

鳥たちの声が
下敷きの今日
白白とした日
日のひかりは
厚い雲のなか
かくれたまま

つづきから

春と夏の分離が曖昧なまま
ただ次のシーンになるように
分断されることはない
夢も熱情も切り落とされることはない
つづいている、
季節と感情、空気の匂い
何も何も、恐れることはないと
与えられる酸素を吸い込みながら
私の見ている景色に何度でも、

死なない役者

狂瀾怒濤の外側で
一人芝居をしている
青酸カリの入った瓶
小道具でしかないから
毒物など持っていない
けれどもこれから私は死ぬ
脚本通りに悲劇的に不遇のまま
これから私は死ぬ
狂瀾怒濤の外側で
一人芝居を続けて
私が死んだあとに
幕は降りることは無い
私は起き上がり
舞台から下りる

潰された声

塗りつぶしたのはどうして?
教室の中で顔の見えない先生が
真っ赤に染まった画用紙を突き出す
この下に、青い象を描いた気がする

塗りつぶしたのはどうして?
顔の見えない先生の声は
女性でも男性でも機械でもない
まぎれもない違和感を持つ声だ

塗りつぶしたのはどうして?

焼き付く漆黒

太陽の光を吸収して
熱くなっていくドレス
灼熱の着心地のままに
優雅な笑みを浮かべて
誰かと踊りたがっていた
履き慣れないハイヒール
ドレスは構うことなく踊る
この漆黒が見る人の目に焼き付くまで

柑橘の

袋に入れて封をして
知らない町に送った

それは空気のような
それは手紙のような

みかんの色をした
みかんの匂いのした
みかん箱の上で綴った

私の柑橘系の寂しさです
町に届いて、誰かに届いて、

アーケードの上、踏まれ続けても

真っ赤に燃える

真っ赤に燃える蜘蛛の腹
何を喰ったか知らないが
線香花火の火玉みたいな
真っ赤な腹は溶岩だった

真昼に見た花火は寂しく
ゴザを敷いて見上げた日
息子はぬるいラムネを飲む

ビー玉を取り出して
何時迄も眺めていた

あの蜘蛛の腹は溶け出す
息子の手を引いて
惨劇前の長閑の中
微笑っていた

伸びる

髪の毛が伸びた
爪が伸びた
影が伸びた

欠伸の出る速度で
身長は伸び悩む
成績は伸び悩む

スカートの丈は短い
頭髪指導に命懸けの
女の先生を横目に見て

何かが冷めていった十代
それでも十分熱かった
冷めても冷めても
すぐに熱湯になる

燃やすものが多かった頃のお話

血潮があぶくになる以前

血潮があぶくになる以前

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-05

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 血流
  2. 水中の涙
  3. 答え
  4. 桜桃感傷
  5. 六月のペルセポネ
  6. 花の棺
  7. 蜘蛛の巣に夕焼け
  8. 満ち欠け
  9. 湯気の底
  10. 嘘と本当
  11. 曇り硝子
  12. 朝の白
  13. つづきから
  14. 死なない役者
  15. 潰された声
  16. 焼き付く漆黒
  17. 柑橘の
  18. 真っ赤に燃える
  19. 伸びる