積雪詩集

Lyo

20代半ばで書いた詩をまとめました。あらゆる詩の素材は、冷たさの張りつめたところに雪のようにしずかに降り積もり、その様子はまるで自然現象のようであってほしい。

 1 四行詩

  黎明の四行詩

 よあけは白 そらへいちじょうを射す こもれ陽の逆光
 象牙いろの翳うつろい 湖畔のかたき風景画 とくとなみうつよう
 美をみすえ 善くうごく──かのしずけさ 純一な水晶の抵抗
 黎明 かれはわたしを愛さない ゆびさきよ 透きとおれ 祈祷



  美と善の四行詩

 それは美。ただ屹立し、ひややかに喚びかけるもの。私とは不連続。
 それは善。翳うつろわす文様、熱を喚び起こすもの。私とは不連続。
 双の落す影の、交差し重なる処。恋するひとを模す少女さながらに、
 美をみすえ、善くうごく。綾織る光と涙、わが()をみたしせせらぐ。



  犠牲の四行詩

 ()がしなやかなるましろき脇腹には 椿の花散るが如く紅い瑕施され、
 拒絶に磨かれた象牙の肌を一条の血が濡らす、陶然とさせる犠牲の色彩。
 きみ曳き絞られるがように星霜と去り 星鏤められる夜天で深紅に燦る、
 汝が自己犠牲に「わたし」は在ったか──かの陶器の花々に蝶は寄らぬ。


  2 美と善、愛

  聖地

 景色はもはや 真珠いろ。…
 遐くから 硬く 照りかえす。
 星々さながらの 乳白色は
 祈るがように さめざめと凍てつく。
 胸塞ぐ わが真冬の絵画。
 この風景画が 追憶の
 くすんだ橙いろに にじんで
 淡い 夕暮れに沈んで了ったのは、
 あれは いつの頃だったろうか。
 
          ──憧れは、いつも
            僕から きりはなされて。

 青い月光に 打たれる、
 がらすの 冬の景色には
 雪ふりつもる、風が立つ。
 そうであるのに 音なくて、
 きんと 光に打たれる音のみ。
 それは陰影にはしる 神経の反射、
 いたましい 天上の金属音。
 (僕の姿は 其処にない)
 ときおり ちらちらと銀いろの
 狼のまぼろしが ほうっと浮かんで
 青みがかった陰影を 毛なみに燦らせる。
 しかしそれも すぐにきえて往って了う。

         ──憧れは、地上から
           もはや 遥かにあって。



   純愛

  路端に 愁しいほどにそのすがたを精緻にととのわせた
  いちりんの 真紅の薔薇が、落ちていた。

  女はそれへいちべつをなげ、──縫製工場へあるきだす。
  (背後で響く、花が車に轢かれる音。しょせん、断末魔の反復)
  糸を紡ぐしごと。女のしずかなゆびさきは、
  善へのうごき、白き光りに、肌わななくようであればよい。
  窓からは 薔薇の木が、その花を 朧月さながらかがよわせる。
  行為を澄みきらせるということ。美と善の落す翳のかさなる処、
  そこに仄青く彫刻された陰翳 愛の様式。
  恋するひとのうごきを模倣する うらわかき少女さながらに
  女をけっして愛さない かれのうごきの真似をして、
  影絵とうごいてみてもいる。(みずからを、憐れむな)

  「魂。いずこに在るの。それは虚数ではないかしら。
  されど私は信じて了う、魂を、純粋なる愛のうごきを。
  美と善のかさなる愛の行為、投げ棄てられた真紅の薔薇、
  それがあまりに壮麗に、わが瞼透かし、やきつくから。
  私はいつや、空から降る真白のゆびに、躰を薙げ棄てられてみたいのだ。
  それまでに たといいくたび倒れても、私はぜったい手折られない」

  玻璃の窓があけはなたれた、──追憶の戦慄。
  ながれこむ薔薇の薫り、グラマラスな死の舞踏音楽、
  ワーグナーの垂れ流れた酩酊、悪酒の神経打つ無造作な雨、
  女はそれへの欲心を かつて ころしたのだった。
  美と悪の配合した狂気、背徳であるがゆえ。
  「されど積雪の風景画に、ひとしずくの血をそそいでみたい。
  自己操縦。わが鮮血を、純粋なる私、真紅へと化学変化させてみて」

   *

  路端に 愁しいほどにそのすがたを精緻にととのわせた
  いちりんの 真紅の薔薇が、落ちていた。
  純愛 それは、むっと死を薫らせるよう。
  女はそれへの憧れを のろえない、ころしきれない。
  齢、はや二十七。されどまるで、愛のようにうごいてみたい。
  永すぎた、無垢(イノセンス)
  そう名付けることさえ、女にははや許せない。



  園游会とキュウリグサ

       ──花言葉「愛しいひとへの真実の愛」
            「小さくても夢おおきい」

 園遊会では 雨降った、
 銀の音散り奔り去る、無関心なる様に似て。
 その野花、硬き水晶さながらに、小粒の花を燦らせる、
(貴女が魂(こころ)の美しさ、拒絶に純潔まもられる…)
 澄んだ雫は空降らす、「涙の日(ラクリモーザ)」の一滴で、
 貴女のはなびら、蒼ざめた かの魂の受皿は、
 しずしずと、かの涙、不可視のいたみに身を折って、
 そが「真実の愛」ならと──双に合せた()で享けた。

 園遊会では 沈鬱な顔、
 貴女は とおくを見据えてる──
 シックな翅した男たち、美しいひとに留まりたく、
 蝶さながらに飛びまわる。園遊会とはそんな場所。
 貴女を讃える 甘美な言葉、
 「薔薇のようだね」「百合さながら」
 「ネモフィラのように気品ある」
 けれども貴女は キュウリグサ、
 葉揉むと 薫はユーモラス、機知に富むのも不可視の気品。
 愛らしい花 優しくて、されどすくと立つのがモットー。
 鏤められるは愛と夢──雨音(あめ)の鍵盤、憧れを曳く。
 「貴男 知ってはいなくって?
 青は神秘の月の色。花小粒でも、夢おおきいの。」



  不合理故に恋、愛す

 ひとの生なるものを、合理性・損得勘定で測ろうとする、
 ありとある行為・感情に、幸不幸・生産性等で価値を定め裁く、
 ぼくとは相容れられないひとびとよ、
 秩序から毀れ落っこちった、恋する叙情詩人のぼく、
 踏みつけられた切れ草が、酒場で愚痴吐くロクデナシらしく、
 惨めに呻くがような声で、いま、反駁してみせる所存、
  「それではセンセイ、質問です。
   なぜ人間は、たかが人間に恋をする?
   心中なんぞ視えるわけなし、されどただそのひとだけが、
   唯一無二に光るのは、とても正気とは想えません。
   どうせ幻滅に終わるのに、いつや感情掻き消えるのに、
   添い遂げたところで、かならず二人は死にますよ。
   恋は君を喜ばせるか? 苦しみのほうが多いであろう、
   恋は相手を喜ばせるか? 総算でいえばたかが知れる、
   恋はなにを生産しますか? 無為なる痛みと徒なる幸福、
   その果ては、引き千切られた、冷たい翳にすぎません、
   ぼくはそれ、抱きすくめるほかないのです。精一杯、精一杯」
 恋する愚かな人間は、
 愛してもいないひととともに、無事に幸福になるよりも、
 愛するひとのうでにより、不幸へ連れられたがる、地獄に住もうと囁きもする。
 ビョーキだ、ビョーキ、恋は疾患。
 肉の焔と痛みを舐める、そのためにぼく、此処にいる。

 ぼくがいえるの 唯ひとつ、
   ──人間は、無意味なくらいに美しく、不合理なくらい淋しいのだ。
 ひとの生の価値なるものは、合理や快楽で測れぬのである。
 さあ恋をしよう、淪落しよう、地獄にあっても小鳥の囀る歌うたおう、
 荒んで罅われ灰に煤けた 煉獄の如き風景で、
 恋人たちの色彩は、完全無欠に薔薇と金、
 甘美な香水 跡に曳き──まるで流星霞むがように──、
 やがて滲んで霧となり とおくへ引き絞られるがように
 銀と群青の星霜盤へ、遥か彼方で追憶に、印され星と燦るのみ。

 ああそうだ、片恋のやつ、ぼくの詩でも読んではいかが?
 なぜって、ぼくがそうだもの。ひと、片恋で、両想える。
 恋に報われぬひとびとは、こころの深奥(おく)で熱籠る、淋しさで繋がりえるのであった、
 しかもそいつ、かわいらしい恥部、性器とほとんどおんなじである、
 そこ連続し叩いて融かし、燃やし尽くして、肉から毀れ
 言葉の果てへ往くことだって──魂の交合(セックス)にだって似たものさ。



  春の恋愛詩


 春の囀り上澄する季節、ぼくははやなんの書物も読めやしない、
 突き昇るように時々書き殴るほかは、まるでペンさえとらぬのだ、
 ただあてもなく沈殿したグレーッシュの畝々の空を思考散歩して、
 あたかもあの女(ひと)のオマージュで脳裡がいっぱいのひとがぼくなんだ。

 与えることが愛なんだと、ひとはそんなをいうけれど、
 ぼくはや抑制、眼を瞑り、頬からしろき砂を浮ばすしかない、
 されどあなたがあるだけで、与えられるのぼくなんだ、
 うしろで声がするだけで、ぼくの心は薔薇と金。

 情けなくも、能なき恋する詩人のぼくなれば、
 淋しき水晶磨いてみせると意気込みもした、躁がしく、
 されど愛してみたいと希いもし、本音をいえば愛されもしたい。
 ああ 詩を満たされぬ片恋の、ためいきの仕方にするなんて!

 与えることが愛なんだと、ひとはそんなをいうけれど、
 ぼくこの片恋、祈るがように、ましろき壁へと投げ放ってやる、
 ぼくが「わたし」を愛さなかったら、みんなを愛することにもなった、
 みんなを愛するひとなんて、だれも愛していないのだ。



  恋人よ

 恋人よ
 ぼくに 花の名をつけてくれはすまいか、
 いいえ、
 ぼくを 貴女の花と剥いてくれはすまいか。
 ぼくの名を呼んで、
 恋人よ
 貴女しか識ることのない、わが花の名を呼んでくれはすまいか。
 わが身は貴女の花となり、翳として抱きすくめられ、
 すればわが魂 恋人よ 貴女という
 青みがかった聖地に捧げられ さながら侍らせられるよう。

 疎外にむせぶ ぼくの空白を、
 恋人よ
 貴女という光で いっぱいに満たしてくれはすまいか、
 貴女という神殿に 磔にされ 否定の鞭に刻まれ
 そしてわが花の名 いくたびも身を折って呼びながら、
 孤独の関節 ほぐれ 仮面砕かれ 生のみ、生のままに
 生と死の際 彼方よりどっと打ち寄せる音楽のままに、
 果てへ 果てへと連れ込んでくれはすまいか。
 恋人よ なきひとよ 虚数としての 彼方の貴女。



  3 少女と勇気


   泡立つ少女

 セーラー服の白はさながら死装束のましろ、商品価値最強にしてもっとも脆く果敢ない仮面、「 わたし」のいない制服、わが身を窒息させそうな制服は風に翻弄され、周囲と乖離した淋しいわたしの後姿を、夕陽がほうっと際だたす。
(もしセンセイがわたしを愛してくれたなら、こんな重たい仮面なんて脱ぎ棄てて、制服もいらぬ、女生徒らしい振舞、いらぬいらぬ、肉体からさえ脱獄し、ただ澄んだ光となって貴方に果てへと連れ込まれたい。わたし、「わたし」なんていらないのです)

 かしこく貞操をまもる少女、わたしにいわせればすでに所帯じみている、かなしいイノセンス、無垢なる少女性、そいつはむしろ、やたらめったらに男と寝る、砂漠のような眼をしたあの子に睡っているよう。澄みきった淋しさ、ささくれだった眼つきの中心で、いたましいほどに透明さを発するかの眸、周囲と混じることのできない純度百パーセントの孤独、そして愛への憧れ。抱かれれば抱かれるほどに「わたし」の不在という拒絶に磨かれる彼女の愛が、ついに純粋なるものへ昇華して、かの空へ翔び立たんことを。

  *

 花畑に辿り着く、ななめから紅い陽が射して、追憶へ往ってしまうように茫洋と褪せてみえるかの花々、なべてが等価に張りつめられた風景画。真白のアネモネの林立は可憐な庶民の一群である、ここにはきっと幸福が睡り、そして愛という音楽がめざめ脈打っている、わたしはわたしの淋しい躰をここに埋めてみる、「人間は、みな同じものだ」、そう呻いてもみて、されど「愛し合いたい」、そうぶくぶくと、かの風景でひとりごとのように泡立ち浮ぶわたしの躰。


  魔法少女の恋と献身

 契約、完了。あなたは、きょうから魔法少女。
 街のひとびととわが信念に献身し、躰を瑕だらけにさせても戦いつづける、真白のアネモネさながらに可憐な魔法戦士として、厳密な審査の結果、あなたが撰びとられたのです。
 診断基準? それはあなたに睡る少女性。魂の純潔を守護しようとする水晶の拒絶、純粋なる愛への憧れ、そして、まるで愛するように戦う態度へ踏みこむ勇気であります。年齢、性別、そんなの、とるにたらないのです。

  *

 メタモルフォーゼ。
 そんな呪文を唱えると、きらきらとしたピアノ曲が空から降って、ほのかに陰影をうつろわせる白いヴェールにあなたは蔽われ、浮かんだままにくるくるとまわる。ヴェールに秘められ衣服はさっとかき消えて、みるみるうちにピンクとブラックでデザインされた、愛らしくガーリーなコスチュームに身をまとわせて、ふだん「もう子供じゃないんだから」と、あなたの趣味ではあるのだけれど外でつけることをはばかってしまう真紅のリボン、それが、黒髪にほうっと花咲くようにあらわれる。
 そしてラストはどこからか飛んできた魔法のステッキ、なにかに憑かれたようにそれを手にとると、まるで朝顔が咲くように、白い光りのなかで、ふわりとスカートがひろがって、あなたは地上に降りたった。

「魔法少女になったら、」
 とぼくがいいはじめる。
「願いごとがひとつ叶うんでしょう。あなたはなにを願ったの」
「わたしはね、」とあなたは、いまにもくずれ落ちてしまいそうな笑顔でこたえた。
「たとえ人間に純粋な献身の感情がなかったとしても、愛の美しさを信じていたいの。」
 こたえになっていない、されど、あなたの人生の文脈が、きっとあるのだ。

 あなたはいま戦っている、まるで愛するようなうごきをして。
 きんと突きはなす硝子のような敵へ、撥ねかえすうごきを撥ねかえすように魔法攻撃、ときに物理攻撃、聖なる光りが破れ散る、踊るように無数の光りが曳き散らされて、あなたはついに撥ねとばされる。美しい敵。硬く冷たい、硝子盤のような敵。それは、あなたのセカイでもある。
 すべてそれでいい(あなたを愛している)
 そう呪文を唱え、不可能であるのにそれを抱きすくめようとする。すれば硝子の敵は燃えて往く。放たれた、虚無なる焔。されどそのうえでだって、あなたはあなたの善を構築することができる。反抗をすることができる。
 あなたは、あなたの少女を、まだ、裏切ることができないのだ。それが、魔法少女になる条件。
 魔法少女とは、世界にふくまれていないという、青春の孤独のことである。

  *

 戦闘、完了。明日もまた、あなたには、あなたの戦いがある。
 あなたの姿はベッドにあり、そして睡ろうとしている。きみ、うとうとと、こんなことをぼくに話してくれた。
「わたしの正体、魔法少女。恋人達の幸福を守護する愛の番人、恋と革命のために闘う魔法戦士、けれどもわたし、かなしい片想いにしがみつく、一人の女でもあるのです。
 わたしは睡る、水晶さながら。あなた、知ってはいなくって? わたし、まだみぬ王子様にキスをされると、まるで月のように青く燦くの」


  アリスの脱獄

 身に纏うはくすんだブルーのワンピース、それなびかせる風はなし、ましろの陶器さながらの硬き頬に、夜空に沈み込んだ月の如くほうっと燦る眸をもつアリスは、その、仄暗く廃墟めいた城に住まわせられていたのだった。
 少女の使命、それ、青い花を城から捜しだし、硝子瓶の内へ閉じ込めること。
 アリスは、聴きなれた優美にして古風なるサロン音楽を黒髪にわななかせ、幽閉された空間をうらわかき躰が切るようにすすみ、窓から射す月光は少女が肌をすべり落ちる、そうして、踊るように城を渉猟するのだった。花はいずこ? 蒼褪めたネモフィラ、高貴なる誇りはいずこへあるの? アリスはそれを、城じたいに命令されたのである。城はなによりも、みずからの古色蒼然たる姿を愛している。
 床に散らばるは石と金属、それ乱雑のようでいて、精緻に配置された様式美、少女はそれを蹴っ飛ばしてすすむ、グレーッシュにくすんだ壁はひび割れている、花はいずこ? 花はいずこ?
 ふと少女、なにかに躓き転んでしまう、それ、みずからの青い衣服の裾、沈鬱に照る花の色、アリスはすべてを悟ってしまう。
 その廃墟、こつぜんと憤怒の唸りを上げ、仕舞われた本は飛ぶ鳥のように少女へ襲い掛かり、忠告の乱射、されどアリスの決意は固く、倒れた瓶から水が毀れ落ちるが如く、さっと城から去(い)ってしまった。

  
  4 死に積る雪

  
   晩年の風景


 荘厳なる彫刻ほどこされた 貴方が銀の瞼
 それ おもたく閉ざし青を反映する天の鏡面より、
 はらはらと──さみしき砂の音立て青み剥ぎとられて、
 硝子の破片と墜ちる青翅、蒼然な葉群と鏤められる。

 鈍き金属音を曳き散らし、天の瞼はひらかれる、
 恋人よ──いま はじめて貴方の御姿があらわとなり、
 幾星霜掛け不純剥き、「死」を明瞭にうつしえた わが眸へ
 月光射しこむがように 貴方をお迎えすることでしょう。

 わたしは貴方を俟っておりました、お褒めください、
 ひたむきに 一途に、唯 貴方にお会いするために、
 魂を地獄へ引き降ろし、悪口雑言を被り、眸はまるで罅われ硝子、
 されど信じて──魂の視線 貴方から離したことないのです。

 わたし はや雪の衣装を背に負っております、死が、
 もはやはっきりと視える──まるで揺籠で眺めていた月のように。
 わたしはなにももたず、ただ歌と、貴方への憧れがあるばかり、
 恋人よ わが積雪の背を光で抱き、音楽で委ねさせてくれますか。



  美と善

 それは美。ただ其処に佇み、季節(とき)ながれても霧のむこうでちらちらとかがよう、仄青き神殿。ラピスラズリの如き硬き光りを空いっぱいへ曳き散らす、とおくで冷たく燦るもの。
 いわく、わたしとは不連続。
 けっしてわたしと融けあえないと識っている、きんとわたしを撥ねかえすそれ──かれはわたしを愛さないのだ──、されど、どうしようもなくわたしを惹きつけ、こい焦がれる心の表出を禁じえないもの。それは美。

 それは善。わが魂に睡らない、おなじ文様をもちえない、神秘の涙とわたしたちのそれの綾織る、翳うつろわすタペストリー。破れかぶれなこころのままに、たとえ虚無の海へ身投げしたとしても、むしろ耀き立ちわたしの欲望を煽った、とおくで冷たく燦るもの。
 いわく、わたしとは不連続。
 もしやわが身からその感情を喚びおこせないとうたがっている、ただ独立・屹立する、光りの宿るうごきをしるされた聖書のよう。銀と蒼に彫られ憂鬱な森さながらの額縁にかこまれた、かの、ぞっと壮麗な真白の風景画のようなもの。それは善。

 恋の模倣。恋する少女が、そのひとのうごきを模すように、ひとは影絵さながらに、それとおなじうごきをしてもみる。光景の模写。

  *

 美と善。わたしには、それらがおなじ光りでかさなって視えるのだ、ほうっと遥かで、銀の音色を、重装衣装さながらしゃんと散らせながら、月の如く立ち昇るように。
 わたしよ。はきちがえてはいけない。
 ひとはわたしのいだく美と善を、躰に摂りいれ融けあわすことはできないのだ。性交不能。それをしえたという自己欺瞞、美と悪の配合した狂気、垂れながされた薫りたかい悪酒のうごき、背徳の蠱惑へさえみちびくよう。
 永遠の片想い。それで、いい。それによりみずからを憐れむなんてこと、はや、わたしはしてはいけない。

  *

 美と善の落す翳のかさなる処。そこにもしや彫刻された陰翳、「愛の様式」。
 わたしの睡る水晶、いわく魂は、きっと其処へは往けまい。
 されどわたし、躰を善くうごかし、眸をきっと美へみすえさせ、そうして、果てはまるで愛のようにうごいてみたい。わたしの不在した、わたしの躰の欲するままに。
 自己批判。自己操縦。わたしはわが魂のまなざしを美と善へつねにむけるよう、わたしを操作しなければいけない。
 わたしは現実へとびこんで、世界とわが淋しい肉体を、愛の交合(セックス)させなければいけないのだ。かの魔法少女の献身のように、まるで愛するように戦いたい。有機の勇気を、世界にはたらきかけたい。わたしはわたしとは不連続なこの世界に、まずもって肉体性をあたえなければいけないのだ。わたしよ。はや潔癖ではあってはいけない、無機の燦り、硬く冷たい聖なるもの、そんなもの、わたしにはたどりつけないのだから。人間は、死んだら終わり。そうである。
 聖なるもの。それ、美と善へむかわんとする、肉体の勇気のうごきにだって、肌わななかせるしろき光りのように、もしや、宿りえるか。

積雪詩集

積雪詩集

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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