この手をすり抜けた六月がわらう

この手をすり抜けた六月がわらう

雪水 雪技

最安値

消えてしまったものを
忘れてしまったから
探しようのないまま
今日まで押しやられ
途方に暮れながら

私だけ音階がずれている
歌いたくない歌を歌わせられ

みんなと楽しくする為には
道化師の化粧が必要だった

乾いた笑い
無償の愛
全部嘘で
まかり通る

むせかえる本音

喉が焼けているかと錯覚する
炭酸は得意ではないが
全てを胃の中に押し込めるには
冷えた炭酸しかないと思った
電車の待ち時間は一時間など
普通のことだ
ベンチから足を投げ出して
誰もいない駅舎で
これまでのこと
泣き出す前に
胃の中へ押し込めて

前夜祭

次に作るものたちが並んでいる
今はまだ形も存在もここには無い
次に次にと筆を走らせペンを走らせ
生まれたがる声に形を与え服を着せ
出来上がりに見蕩れて溺愛している
そうさ、私の我儘こそ愛おしい芸術
誰の声も聞かないで
生まれたがる小さな声だけを聞いて

不義のドレス

昨夜の黒い波に攫われたのは
どの私だったのか
クローゼットを開いて
ドレスと靴を確かめる
何故、この色で出かけたのだろう
遅れて来た恥じらいが胸焼けになる
私はあのまま溺れて
とても口惜しい思いをしたと
思い込みだけで黒いドレスを埋葬
手を合わせてみたら
白けた正午の太陽に肌が焼ける

突貫補修作業

言葉なら足りている筈だ
しかし塞がらない穴がある
連日懸命な補修作業に人員を割く

拙いものも
雄弁なものも
幼児の言語も
古代の言語も

コンクリートに流し込み
かんかんかんかん音がするまで
空洞を夜明けまでに無かったことに
求人は飛び交い、指令と怒号は混線

夜明けも埋まらず塞がらず

格子と自由

簡単にしたものの方が
遠くまで飛べるのです

職員は説明しながら
鉄格子を開けていく

鳥なのか紙なのか
金属なのか鉄製なのか

よくわからないものたちが
空へ向かって逃げるように
飛び立ってゆく

あれは複雑なので落ちますよ
職員は簡単に言った

たしかにひとつ
海へと落ちた

栄養素

煮えた野菜を皿に移して
上に真っ赤なソースをかける

今日も味はしなかった

色の濃いものを食べろと
様々な人が言うので

無色透明の食材を止め
緑黄色のものを口に入れ

味がしないことだけを確かめている

煮えたぎる

ぐつぐつぐつぐつ
煮えたかな
煮えたかな
ぐつぐつぐつぐつ
スープかな
スープかな
ぐつぐつぐつぐつ
おおきな鍋
おおきな鍋
ぐつぐつぐつぐつ
お客さんはいません
お客さんはいません
ぐつぐつぐつぐつ
お客さんは来ません
お客さんは来ません
ぶつぶつぶつぶつ
怒った料理だ
怒った料理だ

無頼の六月

あいつなら怒って
もう破滅に走った
止めても無駄だよ
メチルアルコール
ニコチン
カルモチン
どっかの上水で
浮かんだ顔は俺だ
俺は驚き吹っ飛んだ
そのまま寺へ駆け込んで
訴えた、訴えたさ、
説法、説法が必要
そう坊さんに縋りつき泣いた六月
出されたら桜桃を頬張って
喉に詰まらせた六月

遮断機も遮れない

簡単な絶望履歴
着信音は初期設定
カンカンカン
カンカンカン
踏切の前で
吹き飛ぶ私の
血飛沫を想像
夕日が燃えてて
エモいと思った
声をかけられたら
萎えた帰り道で
まだ若いんだから
みたいな慰めなら
言わない方がマシだと思いました。
日記って提出したら
日記のアイデンティティ消えるって

結局年相応の感性

いつまでも十代の感傷をうたえるのは
才能だけど、それは皮肉だよ
褒めてないし尊敬もしてない
味のしなくなった文字列で
死ぬの生きるの騒いでて
簡単な共感に救われるなら
私よりマシな人生を送れてそう

私にもそんな頃あったなぁって
幸せそうに笑う横を
死相浮かべて笑って通った

自答、自答

大雨なので今日は仮死状態
全部燃やしたくなる人生
毎秒遺書みたいな呟き
早く黙って薬飲んで
寝ていろ病人

五月蝿い私に煩い私が
掴み合いの喧嘩していて
それが三十路過ぎの姿だよ
十代の私に見学させて
その正義感と希望を
打ち砕いておきたくなる

限界を嘲笑う

体の中で何かが破裂しいている
小さな気泡が破裂している

そうして熱の上げ方も下げ方も
なにもわからなくなりながら

目玉焼きの目玉は潰れて
菜箸は短気を起こして
炒り卵にしてしまった

体の中で血管の中で
気泡が破裂している
ような気がする

五月蝿いから
イヤフォンに逃げて

梅雨に鳴る癇癪玉

熱の無い人生の中は濃霧
冷たい空気と湿気の高さ
髪の毛は膨らんでいる

前髪は整わない
鏡を叩きつける
癇癪玉が音を立てた

神経を尖らせながら退屈している
苛立ちながら欠伸をしている

こうじゃなかった。

その呟きが汽笛にかき消され
窓の風景は更新されないまま

一人分の座席

車の窓ガラスを叩いていた
雨粒が車内に侵入して
助手席に座る

ため息ひとつに
雨粒はシートに吸い込まれ
やはり運転席には一人だった

夜ではないのに太陽はない
薄暗い真昼にコンビニの袋の音

アクセルとブレーキを同時に踏む
そんな生き方ばかりして
一段と落ち込み項垂れて

希少とエゴのリボン

侵入禁止の区域に咲いた薔薇
その棘が光るのを眺めていた
幼い日の夢か記憶か曖昧な

花屋の前で立ち止まる
あの日の薔薇が並んでいる
何本も何本も何本も何本も

希少性とは人の欲だ
一本買ってリボンを巻く

棘は無口なままだった
愛おしさとか
懐かしさとか
それとは別の
名も無き感情に晒して

滑り込んだ世界に

指先から消える
叙情が消える
すると世界は…
変わりはない

陰影
彩度
コントラスト
何も何も変わらない

昨日までの私の死骸も無い
抜け殻になった私もいない
私と呼ぶ私が世界を見ている

適応している
順応している
わずかにでも
違和感があれば
この悪夢が終わる
ヒントになると、

熟れたトマトとの落下事件

罪悪感は何処から来る
戸棚の隙間から
窓の外から

どうしてここで潰れている
床に落ちた熟したトマトと
一緒にスローモーション

私の体はそのままで
トマトは原型を失った

包丁の切れ味が悪い
トマトは切れずに潰される
押し付けた刃物は貫かない

沸騰している鍋を
横目に見て
西日に焼かれて

紫煙の向こうに香り立つ

紫色をした、紫色をした、
反物に、香りが、うつる

何時ぞやのお香
何時ぞやの煙草
煙や紫煙や絡み合う

時代考証、お済みでしょうか
いいえ、刻まれた時というものは、
止まる、というものを知らぬようで…

煙草の箱を並べて
お香が焼き尽くされ
私たちは抱き合います
しかしそれは無意味です

幻への救済措置

幻の指を食む
甘い樹液の味
私がカブトムシだった頃
母親はクヌギの木だった

幻の指は砂糖菓子
舌の上で溶けてゆく
甘ったるくてべたべた
綺麗なだけのキャンディを
思い出したら泣きたくなった

素通りされる幻を食む
私の舌の上だけで生きて
そうして溶けて消えてしまえ

この手をすり抜けた六月がわらう

この手をすり抜けた六月がわらう

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 最安値
  2. むせかえる本音
  3. 前夜祭
  4. 不義のドレス
  5. 突貫補修作業
  6. 格子と自由
  7. 栄養素
  8. 煮えたぎる
  9. 無頼の六月
  10. 遮断機も遮れない
  11. 結局年相応の感性
  12. 自答、自答
  13. 限界を嘲笑う
  14. 梅雨に鳴る癇癪玉
  15. 一人分の座席
  16. 希少とエゴのリボン
  17. 滑り込んだ世界に
  18. 熟れたトマトとの落下事件
  19. 紫煙の向こうに香り立つ
  20. 幻への救済措置