〆は冷麺だった

 領収書をくださいと言っている、あたしのまえでお会計をしているひとが、月からの新人類であることを、あたしはそのとき気づかなかったし、となりで、ネムが、なんだか愉快そうに笑っていたのが、新人類が、領収書をしっていることに対する笑いだったことを、あたしはお店を出てから聞いたので、なんだかいまいち、おもしろみに欠けてしまった気がして、ちょっとふてくされたみたいにガムを一粒くちのなかにほおりこんだ。閉店時間間際の、焼き肉店だった。血を吸ったように赤く染まった月が、いつのまにか、あたしたちの星に落下して、めりこんで、そこから現れた新人類は、拍子抜けするくらい友好的で、みんな、おどろきながらも安堵していて、いまのところ、新人類による横行よりも、もともとのこの星の住人である、あたしたち人類の方が、わるいことをするやつは多い。ネムは、彼らが侵略者じゃなくてよかったですねと微笑み、一部の先住民の方がよっぽど侵略者のようだと、ニュースを観てぼやいていた。真っ赤な月は日々、すこしずつ色褪せ、ただの岩になりつつあり、新人類たちは、つまり、故郷を失ったも同然であり、けれど、あまり悲観している様子はなく、こうやって、あたしたちの生活に、まるで最初から存在していたかのように、馴染みつつある。うらやましいくらいに、たくましい、と思いながら、あたしは、焼き肉店でもらったガムを、おおげさに噛みながら、毎月おとずれる、おんなの、おんなであることをいっそ放棄してやりたくなるほどの、しにたいかもしれないすれすれの憂鬱をもいっしょに、やわらかくしていく。

〆は冷麺だった

〆は冷麺だった

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-25

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