ハイヤドのFJ

ハイヤドのFJ

 銀河系は結構広いので、いろいろな可住惑星があり、さまざまな種族が、それぞれに繁栄したり、ゆくゆくは滅亡したりしている。
 中には、発生から一切星間戦争を経験せずに生き永らえている稀有な人々もいて、それは幸運なことではあるが、一方でいつ侵略されるかわからないという点では、儚い存在であるとも言えた。
 星間戦争は酷いものだ。異なる惑星国家同士の争いは、種族の存亡を賭けての総力戦にならざるを得ず、オール・オア・ナッシングな凄惨な大戦争が、過去に幾度となく繰り返されてきた。その数多の犠牲の上に成り立っているのが、GU=銀河共同体である。GUは銀河系全域を統括し、管理し、運営する組織であり、すべての惑星国家はその傘下に収められている。統一政府の存在しない未発達の惑星は、管理惑星として監視・保護されるよう定められている。
 この惑星、ティンカス(仮称)もまた、その管理惑星の一つである。脆弱な経済基盤や統一政府が存在しないこと、恒星間輸送艦を保有していないこと、星間戦争に必要な武力を保有しないことなどが、管理惑星に指定された理由である。
 だが一方で、この惑星の住民は、極めて好戦的な性質を持っていることが以前から知られており、非公式ではあるが、アブダクションの末に銀河傭兵(ハイヤド)に成り果てるティンカス人はそれなりにいたのである。

「FJいるかい?」
 ビービーエックスが兵員室にやってきた。兵士らが周囲を見回すと、奥にFJがいたので、あごで示してやると、トカゲ型惑星人〈セメンダイン〉のビービーエックスは満面の笑みで駆け寄った。
「おい、FJ。これ最高だな!」
「……ああ、お前が持っていたのかビービーエックス」
 サル型惑星人のFJはビービーエックスが手にするコミックスを見て言った。ビービーエックスは乱暴に本を振り回しながらオーバーに身振り手振りで話す。トカゲ型惑星人は言語野の性能が少し劣るためか、ボディランゲージを併用して意志を伝達する。銀河共通語(コモンズ)を使用する場合でも、長年培われた習性が、彼の身体を余分に動かしていた。
「ユーカスから回してもらったんだ。続き読ませろよ」
「今何巻?」
「あー? 14巻かな?」
 ビービーエックスが指を折りながら数える。この種族は空間把握能力がずば抜けている反面、四則演算が苦手だ。
「それはおかしいな。十二巻までしかないはずだが」
「あれえ?」
 ビービーエックスが六本の指を折り曲げて数えはじめた。
「そういうことか。お前ら十二進法だけど、俺らは十進法だからズレたんだよ」
「うああめんどくさいな」
「指で数えるからだ」
 FJに言われてビービーエックスはピシャリと自分の顔を叩いた。やっちまったなあのニュアンスらしい。FJはこの厳しい面構え(地球人の知識ではティラノサウルスが近い)とは裏腹に、温厚で人懐こいのがトカゲ型惑星人の特徴でもある。身体能力は高いため傭兵に多いが、彼らの多くが傭兵業を選ぶのには他に理由があった。ビービーエックスが所属するエルミタージュは、正しくは惑星国家ではない。星間国家集団とでも訳せばいいのかわからないが、惑星国家とは少し構造が異なる、領土を持たない概念国家のような集団である。結社とも法人ともまた概念が異なる。ヒロミ・ヤナギサワやネムールのように惑星=国家ならわかりやすいのだが、エルミタージュは人だけで構成される疑似国家のようなものだ。領土がないため、侵略されることはない。そして、侵略はする。ターゲットとなった惑星国家は、貿易を通じてじわじわとその国力を削がれ、いつしか破滅し、惑星自体を売り飛ばすことになり、国民はエルミタージュに吸収されていく。だからエルミタージュには様々な種族が入り混じっている。住む場所としての惑星はあるが、それらはすべて賃貸のカタチで他の惑星国家の所有物となっている。このため、GUに対しては固有資産税を支払っていない。だが、強大な武力を背景にGU内での発言力は相当に高かった。立場としては決して与党ではないが、常に拳銃を突きつけて対話をするようなものであり、領土政治を行うGUの主流派からは疎まれているのだった。惑星を持たないエルミタージュは、様々なGU内の組織に労働力として派遣することで、国体を維持している。とりわけ傭兵は給与も高く、需要も多いため歓迎された。ビービーエックスのようなトカゲ型惑星人は個体戦闘能力が高いのと、知能が平均より低いため、GU加盟国の軍隊では重宝された。
「それでな、ビービーエックス。いいニュースとわるいニュースがあるが、どっちから聞きたい?」
「お! いいニュースから!」
「まあお前らはそうだよな。実は……」
「なんだなんだ」
「『流星のハンニバル』の最新刊が出ました」
「ぐおおう。マジか。読ませてーよ」
 ビービーエックスが身悶える。よほど気に入っているらしい。
「わるい方のニュースも聞く?」
「聞きたくはない!」
「そうだろうな。だが、そうはいかん。その『流ハン』が最終巻だ」
「さいしゅうかんてなんだ」
「あー話が終わる」
「終わる? なんで終わる」
 ティラノ顔で詰め寄られてFJはたじろぐが、彼らは決して仲間に危害を加えないので心配はしてない。あくまでビジュアルに慄いただけだ。
「仕方ないだろ。戦いに決着がついたんだから」
「あー! お前! ネタバレは死罪だ」
「ネタバレじゃねえだろ。で、読むのか。読まんのか」
「読む読む。貸して」
 態度をころりと変えて 重低音の猫なで声ですり寄ってきた。
「慌てるな。今シエルダインのところにあるよ。次に回してもらえ」
「お前、最高にいいやつだな。お前の背中は俺が護るよ」
「前衛は前へ出ろよ」
 ビービーエックスはガハハと笑って兵員室を後にした。ティンカスは武力も財力もなにもないが、フィクションが上手いことで知られていた。嘘を吐かせたらGU内でも屈指の創造性があるそうで、FJもまた、欺瞞作戦の担当士官としてエルミタージュの派遣する軍に雇われていた。
 話が通じにくいトカゲ型惑星人に複雑な作戦を説明するのは非常に骨が折れるが、彼らはマンガや小説には理解を示した。物語として教えれば、スムーズ&スピーディに作戦概要を理解してくれたのだ。今回は孫子の兵法を応用した複雑な心理戦を展開する予定だが、『流星のハンニバル』でも似たような作戦を用いた描写があったので、それを教材として傭兵たちに回し読みさせていた。アホのビービーエックスでもちゃんと読んでいるようなので。今回もうまくいくだろう。
「なあFJ」
 ビービーエックスが戻ってきた。
「なんだビービーエックス」
「最終巻て何巻?」
「十三巻」
「え、十四巻読んだのに?」
「だからさ……」
 FJは必死に十二進法と十進法の違いを説明したが、結局ビービーエックスは正しく理解できなかった。翌日の作戦は成功した。ヒロミとネムールの連合艦隊はビービーエックスら〈セメンダイン砲弾兵隊〉の獅子奮迅の活躍により、宇宙の塵と成り果て、エルミタージュの勢力域はさらに拡大するに至った。エルミタージュ上層部は、FJというティンカス人傭兵のことを把握していたが、ティンカスはまだ正式にGUに加盟していないため、その存在は秘匿された。

ハイヤドのFJ

ハイヤドのFJ

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-25

Public Domain
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