海へいきませんか

好きな人をイメージした詩です。

  1

 海へいきませんか、
 愛らしいひと、亜麻色の髪の貴女、
 ぼくといっしょに、海へいってくれませんか、
 ぼくは──貴女が好きなのです。

 海へついたら、
 綺麗な貝をば、ひろいましょう、
 貴女は仄白く、気品を帯びるそれがお似合いでしょう、
 深い オリーブ色のブルゾンに、
 黒いトラウザーズを、少年めいて颯爽と着こなした、
 ひと懐っこく きびきびと溌溂とした貴女から、
 ときどき照りかえす、優美な色のやさしい香気に、
 かのアイボリーの貝の殻、おのずと宮廷音楽を追懐しながら、
 貴女の亜麻色の髪を飾り 貴女を海の王女にみせることでしょう。

 貝殻さがしに疲れたら、
 貴女はなにをしたいでしょうか、
 ぼくはなにをすれば、貴女は喜ぶでしょうか、
 言ってくれないと解らないぼくで ごめんなさい、
 ぼくの気持で好いんなら、貴女の素敵さ つまびらかに伝えたい。
 よかったら、巌にハンカチをひいて、隣に坐ってはくれませんか、
 無辺際の淋しさ横臥わるような海、ならんで眺めてはくれませんか。
 貴女のとくべつな手 にぎる勇気のない代わり、
 ぼく ひろった貝殻、貴女を描いた絵画に添えるため、
 手のうちで、きらめくまでに磨きましょう、
 狡く臆病なぼくでありますから、手渡すとき、
 天の陶器の貴女の手 かすかに触れてしまうでしょう、
「狙いました」、そう伝えもしてしまう ぼくの弱さをさらしましょう。

 夕も暮れたら、
 暗くなるまえに帰りましょう、
 暗みに貴女が沈みもしたら、きっと、みたことのない貴女が美しくなる、
 されど感謝と、きょうの喜びだけ伝え、貴女を駅までおくりましょう、
 ぼくはね、愛に憧れ、優しい身振を模倣する、エゴイストの人魚です。

  2

 はじめて貴女をおみかけしたとき、
 さばさばと自然体の愛らしさをもった貴女なのに、
 まるで御姫様のような印象 ぼくを打ったのです、
 唇から洩れる飾り気のない声、清潔な歯で果実を齧るような、
 柑橘の パウダリーなオレンジの香気がとおくで散った、
 星々さながら 遥かへ往った。金平糖を、帰りに購った。
 ──ぼくいつも、恋したせつな、勝手に失恋するのです。

 愚かな片恋に耽るぼく──伝えられもしないのだけど──
 貴女は御伽噺の、かのラプンツェル姫に似ていると想っているのです。
 されどろくにお話もできないぼく、もし話しかけられでもしたならば、
 頭はまっしろ、放つ言葉はしどろもどろ。
 君の恋、そのひと知らぬ美化である、そうもひとはいうけれど、
 然り ぼく、貴女の翳、投影と抱いてるだけであり、
 真実らしくもみえるのは、恋の感情だけであり、
 (「恋」、その定義は、
  ぼくの考え、「貴女とずっと一緒にいたい」というそれなのです。
  「愛」、その定義は、
  ぼくには 生涯わからないのです)
 その恋を、瑕と淋しさで磨くほかはないのです、
 わが恋が すべて報われないならば、
 せめてぼくの片恋を、美と善の落す、翳の重なる処にある、
 真紅の情念・真蒼の理念 綾織るアメジストの光で包み、
 されば独りで海へ往き、祈るがように、淋しい神殿へ抛るのです。
 ──本音をいえば、恋を清ませて 貴女へそっとてわたしたい、
   まるでこどもが大切なひとに、綺麗な石ころ贈るがように。
   もっというなら愛し合いたい、とわに隣にいてほしい、
   愛されないなら愛したかった、愛せないから清ますしかなかった。
 独りで眺めるかの海は、厳しく非情で淋しくて、硬く冷たく美しいのです。

  3

 海へいきませんか、
 愛らしいひと、亜麻色の髪の貴女、
 ぼくといっしょに、海へいってくれませんか、
 いいえ、いいえ、
 ぼくと、海なんかいかなくていいのです、
 いかないでください、むしろ ぼくとはいかないでください、
 貴女は 貴女を幸せにしてくれるひとと結ばれて、
 その美しい 幸福に形づくられた笑みを、
 そっと盗み見るぼくを赦してくれさえしたら、それでいいのです。
 ぼくは信じる、貴女と無関係でいつづけて、
 忍ぶ苦しみを背負うことが、ぼくにもできる、
 愛ではないとも言いきれぬ、唯一の 優しい努力であることを。

  *

 ──魂のない人魚の詩人、暗い海中に沈みこみ、
   愛の不在の欠陥の 自己憐憫の呻きに浮ぶ、泡沫の詩がこれなのです。

海へいきませんか

海へいきませんか

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-21

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