最後の思い出
パパー。
そう言いながら手を振るちゆりの笑顔が、何ともまぶしい。その横で沙代子がうっすらと笑みを浮かべている。二人は巨大なコーヒーカップの中でくるくる回っている。遊園地特有の陽気なメロディーとともに。
笑い声を上げる娘と憂いをたたえた妻を眺めながら、私は、その前のベンチで缶コーヒーを飲む。時折ちゆりに手を振り返してやる。しかし内心は鬱蒼としていて、とてもじゃないが久しぶりの休日を楽しむ気にはなれない。
音楽はやみ、ちゆりと沙代子は私のもとへと戻ってくる。ちょっと目が回っちゃった、とちゆりがおどけて言い、それに応えるように妻は笑った。
今日だけ良き夫婦を演じるというのも、何だか嘘っぽくて空々しい。でも、嘘でもいいから最後の思い出くらい楽しいものにしよう、それが私と沙代子の、めずらしく一致した意見だった。
閉園時間が迫ってきた。沈む夕日と引き替えに、反対の空にはかすかに白い月が浮かんでいる。私たちは横並びに手を繋ぎ合い――ちゆりを真ん中に置いて妻は右、私は左側である――、入場口のゲートをくぐった。銀杏の並木道にはちらほらと人がいて、ほとんどが家族連れだった。遊園地の土産袋を片手に飛び跳ねている子。幸福しか受けつけないような笑顔。どの家族も家族として機能を果たしていた。
ふと、ちゆりが立ち止まり、私は右手を引かれる形で足を止めた。どうしたの、お母さん?
ちゆりの言葉に、沙代子は目もとを拭うばかりで答えない。きっと、嗚咽を堪えているからだろう。立ちすくんだままの私たちの横を、幸せな家族が通り過ぎてゆく。
ちゆり、と呼びかけながら沙代子は、娘の頬に右手を添える。お母さんはいなくなっちゃうけど……でも、あなたにこれを預けるわ。だからずっと一緒よ。
沙代子はそう言い残して、足早に歩きはじめた。
ねえパパー。ママはどっかに行っちゃうのー?
私は何と答えていいのかわからない。
ちゆりは、立ち去る沙代子の後ろ姿と、自分の右手に残された沙代子の左手を、交互に見ている。妻の左手の爪先には赤いマニキュアが塗られていた。
最後の思い出