海の雪
雪がふっている。
夏の、海のなかで、しずんでゆく人形を横目に、浮かんでいくのは、肉と、血と、臓器がつまっただけの、からだ。夜明けにあらわれる、ばけものの慟哭に、目を覚まして。うつくしいものでうめつくされた、夢の街が、チーズを削られるみたいにがりがりと、どこかの側面から粉々になって、ふりつもっていく。
もう、あれは、遠い日の記憶。
わたしたちの楽園を燃やした、誰か。森のなかの、喫茶店で、おおきなくまが淹れてくれたコーヒーと、手作りのガトーショコラの味。にんげんの、コールドスリープを監視しているという、オレンジジュースを飲んでいた、なまえもしらないひと。わたしの、内なる混濁を、濾過してくれようとした、あのひと。やわらかい陽射しに、ゆっくりとまぶたをとじた、その瞬間の、スロー映像。と、わすれがたい、無限の、赤。
わたしの手をとる、人形。
微笑みもせず、つめたい指で、ただ、ひとりにしないでと訴えてくる。つくりものの瞳に、白くて細やかな、ダイヤモンドダストのような雪が、うつってる。
海の雪