The World According to V
Vは体の痛みとともに目覚めた。自分の体がベッド上に拘束されていることに気づき、首を動かす。
「ここは……?」
事件にでも巻き込まれたのか? 昨日のことを思い出そうとするが、うまくいかない。
状況を把握しようとあたりを見回す。打ちっぱなしのコンクリートの壁、天井にはシーリングライトがあるが、部屋は全体に薄暗く、空気は湿っていた。
「おや、お目覚めですか? おはようございます」
「……誰だ? 何をしている?」
Vのすぐそばに、白衣姿の人間が立っていた。Vを見下ろしている。
「質問は1つずつでお願いします。それと、ひとに名を尋ねるときは、まず自分から名乗るものですよ」
鼻につく喋り方だ、とVは思った。
「おれはVだ。あんたは誰だ。ここで何してる」
Vはベッドに仰向けのまま、体を捻ろうとした。だが、腕も足も胴も、ベルトでしっかりと押さえつけられていた。ベルトで少し手首が擦り切れる。
「質問は1つずつと言いましたよね。まあいいでしょう。私はO」
「地球人か」
「はい。そして、私は今、あなたを人質にとっています」
Oは裾を翻し、Vに背を向けた。
「人質だって? なぜそんなことをする?」
「当たり前じゃないですか、ひとを呼び出すためですよ」
「ひと? 誰を」
Vは首を持ち上げようとする。だが体が思うように動かない。
Oは再び振り返り、Aを見る。ベッドに仰向けになっているAにとって、見下されている格好になった。
「もちろん、あなたの大切な親友です。"彼"にはもう、あなたが拘束されていると伝わったころでしょう」
不敵に笑うO。手元には何か握られている。
「……あいつは、おれなんかを助けに来ないよ」
「さて、どうでしょう? そんなことないのではありませんか?」
「いいや……、だっておれは、あいつに酷いことを」
「喧嘩をしたときに、ついトザマだと言ってしまった。そうですね」
「……、なんで知って……」
「わかりますよ。でもね、だからこそ友情を取り戻そうと、彼はここへ来るでしょう」
Oはそういうと、ポケットから鍵を取り出し、Vの拘束を解いた。
「……なぜ、拘束を解く……?」
「逃げようとしても、その体はどうせ動かないからですよ。おや、少し喋りすぎましたかね」
Vは腕を持ち上げようとする。しかしうまくいかなかった。さっきまでは、体を捻るくらいはできたのに……。
「……何をした」
「さっきから質問ばかりですね。まあ、いいでしょう。私ね、こういうの得意なんですよ」
OはVの目をまっすぐに見据えながら、フラスコに入っている液体を揺らす。
「くそっ……。あいつに何をする気だ」
「なに、殺しはしません。交渉したいだけです。彼には、ちょっと手伝ってほしくてね」
ヴヴヴヴヴヴゥゥゥゥヴヴヴヴヴヴウゥゥゥ…………。
………ゥゥゥゥヴヴヴ。
「来ましたね」
Oは振り返り、壁を見つめる。Vからは、Oの表情は見えなかったが、どこか興奮しているようだった。
Vはなんとか体を動かそうとするが、ベッドに仰向けのまま動けなかった。耳を澄ませると、わずかに何かの気配を感じた。
次の瞬間、ドゴン、と大きな音がして、次に、バターンと重いものが落ちる衝撃を体に感じた。
首は動きにくいが、眼球は動くようだ。目だけでそちらを見る。
壁に大きな穴が開いていた。
Vは驚きのあまり、声が出なかった。
嘘だろ。あれ、コンクリートだぞ。どんな重機だって、穴を開けるにはもう少し時間が……。
「おまたせV」
そこには、ヨギが立っていた。
「おまえ……なんで来たんだ……」
「なんでって。当たり前だろ、親友が捕まっているんだ」
ヨギは軽快な足取りで、Vのベッドに走り寄る。Vは目だけでその動きを追った。
「だけど」
パン、と音がして、Vは音のしたほうに注意を移す。視界に入ったOは、どうやら両手を叩いたようだった。
「はい、感動の再会終わり。ヨギさんはじめまして。ではさっそく本題に入ります。あなたにはこれから、地球人を殲滅してほしい」
「はあ? あんた何言ってんの?」
ヨギはOを睨みつける。
「あなた、トザマだトザマだと言われて、いやな思いをしてきたでしょう?」
Oは、少しずつヨギに近づく。ヨギは後退った。
「そんなこともあった」
「公園に捨てられたこともあった」
「あれは仕方がなかった」
「あなたも、公園に子供を捨てたことが」
「黙れ」
ヨギはOを睨み続ける。だがOは怯まなかった。ずんずんと近づき、ヨギの腕を掴んだ。ヨギの目を覗き込む。
「あなた、地球人が憎いでしょう?
あんな仕事まで押しつけられて……。
ひどい人生を歩まなければならなくて……」
ヨギとOの顔は数センチメートルほどまで近づいた。
「おい……」
Vは呻いた。
ヨギとOはお互い睨み合ったまま、しばらく動かなかった。どちらも視線を外さない。Vは体が動かないことがもどかしかった。二人を制止することはおろか、声を出すこともままならなかった。
「ねえ、ヨギ。だから、地球人たちに復讐してやりましょうよ」
「はっ、ふざけるな。するかよ」
「宇宙のためですよ?」
「宇宙のため?」
「そう。地球人なんかいないほうが、宇宙は平和なんです」
「ふん」
ヨギは鼻で笑った。
Oの体をどん、と押す。
ようやく二人の体が離れた。
「そんなのは、自己欺瞞だね」
「なんですって?」
「みんなのためとか綺麗事言ってっけどさあ、あんたは、あんた自身を欺いてるのさ」
「そんなことは一切ありませんね。私はいつだって素直で正直です。他人にも、自分自身に対しても」
「そう思いたいんだろ。だが事実は違う。
あんた自身のなかに、地球人を殲滅したいほどの何かがあるはずだ」
「私はただ、」
「大方、地球人が原因で愛するひとを失った、とかだろ」
Vの耳に、ハッと息を呑むような音が聞こえた。目だけでOを見ようとするが、ヨギの体が邪魔でよく見えなかった。
「あんた地球人か? ちょっと違うな。
しかもよく見ると……。
髪も短くして、いかにも男性っぽい声を出しているけど、あんたに合ってないな」
Oは何も言わない。
ヨギは続ける。
「ああ、そうか。あんたあれだろ、最近起きている連続テロ事件の、ジョーソーブとかいう……」
ヨギはそこまで言うと、よろめいて、どたん、と尻もちをついた。
「あなたに……なにが……」
Oがヨギを突き飛ばしたのだ、とVは悟った。
「痛てて……。おいおい、いきなり突き飛ばすなよ。痛いだろ」
ヨギは立ち上がり、パンパンと服についたほこりを払う。
Oはすかさずヨギに襲いかかる。
ヨギは抵抗するが、壁際まで追いやられ、押さえつけられる。Oはヨギの首に両手をかける。
「あんた……意外と、力強いな……」
Oは、手の力をさらに強める。
「あなたなんかに、なにが……わかる……」
「おれには、わからんさ……ぐぐ……。
ただなあ……、喋りにくいから、少し弱めてくれない?
おれはさ……、Oから……聞いたんだ……」
ヨギの首を締めつける力が、わずかに緩んだ。
「……あんたが名乗っている、そのOっての、本物のほうのO先生さ」
「なに……? 彼はもう死んだのだ」
動揺した隙を狙い、ヨギはパッと体を離した。ゲホッ、ゲホゲホ、と大きくむせる。
「ふうー、苦しかった。少しは手加減しろよな。もう少しで死ぬところだっただろ?
そう、O先生は死んだ。
だから、死ぬ前の日付にタイムトラベルしたのさ。
おれね、舟、操縦できんだぜ。すごいだろ」
「……だからなんです? 私のやることは変わりませんよ」
Oは余裕のある素振りで言った。しかし声は震えている。動揺を押し隠しているな、とVは思う。
「それでねえ、きょうは特別に、」
ヨギは、ふわっと飛ぶように後退る。Oから充分に離れたところで立ち止まる。
その時、ふっと影が現れ、Oを羽交い締めにした。
「やめないか」
男性の声。
誰だ? Vは首を動かす。Vの体は、少しずつ動くようになっていた。
また誰か来たのか?
「来てもらったんだ、本物の、O先生に」
「……O先生!」
「アイ、もうやめろ。こんなことしたって、何にもならないじゃないか」
「ふざけないで!」
アイは強い力でO先生を振り切った。
Vはようやくベッドから起き上がる。
アイとO先生は、正面から対峙する。
Vとヨギは、息を詰めて二人を見ていることしかできなかった。
「だいたい……O先生、あなたのせいじゃない! あなたが私を産み出したから! だから私は苦しまなければならなかった!
あなたが、あなたのせいで……!」
O先生はひどく悲しそうな顔で、アイを見つめていた。
「あなたが死んで……! 私が、どんなに、悲しかったか……!」
「ごめんよ、アイ」
「私は……こんなに苦しいなら、私は……」
Vは、それを言ってはいけない、と思った。おい、あんた……、Vは呼びかけようとして、しかし声は出なかった。
アイは手に、何かを持っていた。
「私は!
こんなことなら!
産まれて、
こなければ、
よかっ」
カシャン、と何かが壊れる音をVは聞いた
アイの足元に、壊れた注射器が転がっていた。
Oがアイの手から、注射器をはたき落としたのだ、とVはさとった。
「悪かった」
O先生はアイを抱きしめる。
アイは声を上げて泣いていた。
わんわん泣くアイを、O先生はいつまでも抱きしめ、なだめていた。
※
「なあ、ヨギ」
Vは、先ほどから静かなヨギのほうを見た。
「ん?」
ヨギはベッドに腰かけて、O先生とアイの様子を見ていた。
「おれたち、お邪魔かな」
「そうだなあ。これは、おれたちがW主演の話だと思っていたが、そうでもないみたいだ」
「うん。じゃ、そろそろ行こうか」
二人は壁に向かう。
ヴヴヴヴヴウウゥゥゥウウウゥゥ…………。
壁に丸く穴を開けると、二人はその穴に飛び込んだ。
アイとO先生の話から飛び出した二人は《こちら側》にやってきて、全体を見渡す。
Vが言う。
「この話って、#11だっけ」
ヨギは過去の話を見ながら答える。
「そうだな。時系列でいうと……」
「でもさあ、あの二人、あれからどうなったのかな?」
「さあな。それより、あのアイってやつ、力が強くてまいったぜ」
「まあ、許してやんなよ」
「おれは死にかけたんだぞ。他人事だと思って……」
「ところで、シェアード・ワールドっていうんだろ、ここ?」
「同じ設定ではあるけど、それぞれは独立した話なんだよな」
「そっか。それで君は、#4からここへ飛んで来たってわけだね」
「親友のピンチだからな」
「今後どうするの? 辻褄が合わなくならない?」
「そのへんは、気楽にやるさ。なあ?」
二人は《こちら側》に向かって、にやりと笑った。
私は彼らに笑い返す。
そしてスマートフォンから顔をあげた。電車の窓外には、曇り空が広がっていた。
The World According to V