SHIBAHAMA
――時は2022年、ネムール星。
「運転手さん、地球までお願いします。ユカ、頭に気をつけてね」
僕は宇宙タクシーにユカを乗せ、その隣に自分も乗り込んだ。
ありがとうタモツ、とユカはつぶやく。
運転手はミラー越しににこりと微笑んだ。
「かしこまりました」
ふわり、と浮かぶ感覚があった。宇宙タクシーはゆっくりと上昇した。
「楽しかったね」
ユカは僕を見て、にこりと笑う。
「うん」
「お土産買っちゃった」
「え、なに」
「これ」
ユカはリュックサックからキーホルダーを取り出すと、僕に手渡した。
そこには《ネムール星へようこそ》とネムール語で書いてあった。
「ええ? こんなの買ってたんだ?」
「こんなのって何よ。大切な思い出じゃない」
そっかそっか、と僕は言い、それをユカに返した。
タモツってそういうとこあるよね、とユカは頬を膨らませる。
まあまあ、今度アイス奢るから、と僕はなだめる。
大概のお土産はあとになると、なぜ買ったかと首を傾げるものだ。僕は、このキーホルダーもその類いだと思った。
アイスってなに、子供扱いしないで、とユカはポカスカ殴ってくる。僕はそれを軽くいなす。
「お二人は、ご旅行でしたか?」
ミラー越しに運転手と目が合う。
僕は、にこりと微笑んだ。
「そうなんですよ。新婚旅行で」
運転手もにこりと笑う。
「いいですね」
「うちはユニバーサル婚だから、とくにそういうの大事にしてて」
「へえ」
「僕がヒロミ・ヤナギサワ星で、」
運転手は頷きながら聞いている。
「こっちのユカが、地球人。地球人名でL、ヒロミ・ヤナギサワ星名でユカ」
ははあ、と運転手は相槌を打った。
「そうでしたか。奇遇ですね。実はね、うちもユニバーサル婚なんですよ。
私がネムール星人、彼女が地球人で」
「へえ。それはまた」
大変でしたね、と言おうとして、僕は言葉を呑む。
話を聞いていたユカはうふふと笑い、ミラーではなく実物の運転手を見て尋ねた。
「運転手さんの奥さんって、どんなひとなの?」
運転手は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「そうですねえ。とても逞しいひとでした」
――私、子供の頃にね。
地球へ疎開していたんです。先の戦争で。
それで、地球人の通う小学校へ通っていました。
ある日、学校からの帰り道、地球人の子供たちから石を投げられたんですよ。
「トザマは出てけ」ってね。
そんなときです、彼女と出会ったのは……。
「ははあ、そこで守ってくれたのが奥さんだったんですね?
あんたたち、やめなさいよ! とか言って」
僕は冷やかした。
「いいえ。彼女はね、石を投げた子供たちの中にいたんです」
僕がえっと驚くと、運転手は、ははと笑い、再び語り始めた。
――そんな出会いでしたが、十数年後に私たちは結婚しました。
子供はいませんでしたが、とても幸せに暮らしていました。
だけどある日、ひょんなことから私はやさぐれておりました……。
「あんた、ちょっとあんた。いつまで寝てんのさ。
たまには休みの日くらい、どこかに連れてっておくれよ」
「いーやーだ」
「なにふてくされてんのよ。ちょっとツノ触ったぐらいで」
「ぐらいってなんだ、これは大事なものなんだ」
「わかった、わかりました。謝りますよ。この通り。
ですから起きて下さい。しっかりして下さらなきゃ、やですよ」
「おめえはなんもわかっちゃいねえ」
「謝ったじゃないですか。そんなに拗ねるなら、お小遣い減らしますよ」
「おいおい、そりゃあねえよ、これっぱっかしの、ほんの雀の涙の小遣いなのによう」
「はいはい、だったら早く起きて下さい。いい加減、お夕飯が冷めますよ」
「おれぁなぁ、おれぁ……。ううん、わかったよ……」
「それで、仕事は見つかったんですか?」
「いいよ仕事なんか。こないだホラ、大金が転がりこんだろう、宝くじの。
なんだったかな、ユニバーサルジャンボ……?」
「なんですそれ?」
「だから宝くじだよ」
「うちで宝くじなんて買ったこと、ないじゃありませんか」
「なに?」
「そんなもの、買ってないって言ってるの」
「はあ? いや、確かにだって」
「どこにあります? 探しますか? いいですよ探しても。
この狭い部屋のどこに隠し場所があるっていうんです? え?
夢でも見ていたんじゃありませんか?」
「……あ、ええと、はい、すみません……。
急に怒るなよ……こわいだろ……。
怒るならだんだん怒ってくれよ……」
「それで仕事は?」
「ううん……宝くじが夢だったってんなら、探すしかねえなあ」
「はい。じゃあ明日、必ずいってらっしゃいよ。さっ、早く。夕飯、食べちゃいなさいよ」
「ただいま」
「おかえりなさい。お夕飯はあんまんとにくまん、どちらがいいですか?」
「……いや、もう少し、なにかこう……」
「冗談ですよ。きょうはウマリンチョが手に入りましたから、煮付けにしましたよ。さ、早く手を洗って」
「おっ、それはおれの好物の。急にどうした」
「たまたま手に入ったんですよ。お隣の星の、あれはなんていったかしら。
それより、ぼうっと突っ立ってないで、早く手を洗っていらっしゃいな」
「お、おう」
「それで、きょうはどうでした? もう仕事には慣れましたか?」
「うんまあ。右にあるものを左に動かすような仕事だけど、近ごろちょっと認められてきたようだよ。
みんな最初はトザマ、トザマと言っていたが、近ごろは、そこのネムール星のひと、に変わったんだ」
「それって嬉しいの?」
「充分だろう」
「……そう」
「いやあ、しかし、こんなごちそうが食べられるなんて嬉しいなあ。おっかぁ、いつもありがとうな」
「……え?」
「ありがとうって」
「……ああ、はい」
「……えっ、どした? 泣いているのか? どこか痛いのか?」
「いえね……。あんたが、そんな風に……。
あ、味付け薄かったわね。そこの醤油とってくれる?」
「えっ、醤油? あ、はい」
「あんたが、そんな風に言ってくれるのが、
……このくらいでいいかしら。うん、美味しい……。
私は嬉しいんですよ。なにね、実は宝くじ、ほんとに当たっていたんですよ」
「……え? だってあれは夢だって」
「あんた、あのとき、そうでも言わなきゃいつまでも拗ねて、ずっと寝て暮らしていたでしょう」
「ああ……」
「だからね、隠していたの」
「そうか……」
「すまないね」
「だけど、そうか。
おっかぁが宝くじを隠してくれたおかげで、おれは職場のひとに、ネムール星のひと、と呼ばれるようになったわけだな」
「あんた……それほんとに嬉しいの……?」
「いやまったく、おっかぁのおかげだな。
ありがとう、ほんとうにありがとう」
「あんた……小遣いは増えないよ……、
あと醤油少し多かったかしら……」
「ほんとありがとう……ウマリンチョうまいな……。ありがとう……。
うまい」
「ほら、宝くじ。お金に替えてきなよ」
「うん……」
「……なにしてんのさ」
「……いや、やめとこう」
「なんで? これ交換すれば、大金が転がり込むんでしょう?」
「いや……だってこれ、期限、切れてるし……」
「あっ、そう……。じゃあ、新しい宝くじを買いなさいよ」
「お、そうか。新しい宝くじ……。
……いや。やっぱりよそう。
うん……。
またトザマんなるといけねえ」
――ってなことがありまして。
運転手は首を左右に振りながら話していたが、ようやく話が終わったと見え、前方を見据えていた。
僕はただ、
「ああ……」
と声を漏らした。
途中、ちょっとなに言ってるかわからないところがあった「ああ」であり、また、運転のうまさに驚いた「ああ」でもあった。
運転手は、これだけ話すことに夢中になっているのにも関わらず、デブリにもぶつからず、途中からユカが眠りだしたたほどの安全運転だった。
「へえ……じゃ、奥さんには頭が上がらないわけですね」
「ええ。感謝しきりですね」
「でも、ツノは触らせない?」
「それは絶対にだめですね」
ハハハ。運転手と僕は、顔を見合わせて笑った。
隣で眠るユカは、とても幸福そうな顔をしていた。
僕は、ユカのリュックサックからお土産のキーホルダーを取り出す。
自分のボディバッグから家の鍵を取り出すと、そこにキーホルダーをつけた。
アイス……とユカが寝言を言った。
SHIBAHAMA