深海少女

 むずかしいはなしをしているあいだに、火は、きえてしまった。薄暗い海底を歩いているような感覚で、おおきな水槽のまえで、なにかに対しての、途方もない祈りをつぶやく少女。ぶあつい、透明な壁越しに、さかな。ひたいをあわせて、つうじあって。(call my name)
 型番。アルファベットの部分は忘れてしまったけれど、数字はたしか、258。それがなまえの、少女。まよなかみたいに暗い、深海を想いながら、さかなたちのささやきをきく。(あなたは、わるいことはしていないよ)(好きになってはいけないひとを、好きになってしまっただけ)(それは、罪ではない)(そもそも、好きになってはいけないという思い込みが、罪なのでは)(にんげんは、じぶんではないものの意見を、たいせつにしている)(たいせつにしすぎているのよ)(いいなりみたいに)
 わたしは、あたらしい火をつけながら、少女とさかなたちの交流を見守っている。
 夜が明けないまま、七日が経つ。

深海少女

深海少女

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-13

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