執行人
#01
名のある武士なのかもしれない。
これから首を刎ねられるというのに落ち着き払った態度を微塵も崩さないのは見事な覚悟だと浅右衛門は内心感じ入っていた。
もう秋も深く、吹き付ける風も肌寒さを感じずには居られないが、男は頭を垂れたまま微動だにしない。
切腹ではなく斬首を賜るからにはそれ相応の罪を犯しているのであろうが、身の上や罪状は敢えて聞かないのが浅右衛門の矜持である。
一切の感情は無用。
そう己に言い聞かせ意識を刀へ集中させる。
息をゆっくりと深く吸い、軽く吐いて止める。
徐に刀を高々と振りかぶり、気合いと共に一気に振り下ろすと、刎ねられた首がドサッと鈍い音を立て転がり落ちた。
血に濡れた刀身を手桶の水で濯ぎ、それを拭い終わらぬ内に、側に控えていた白装束の男たちが地に落ちた首を拾い上げ足早に持ち去っていった。
咎人の首をどうするのかは浅右衛門にも知らされていない。また、知ろうとも思わなかった。
「いつもながらお見事な腕前」
「……務めなれば」
お目付の労いの言葉に対して、我ながら無愛想だとは思ったものの今更性分は変えようもない。尤も、旧知の仲であるお目付もそのようなことは気に留めてはいないようであったが。
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帰宅し、身を清めたあとで浅右衛門は座敷で畏まっている二人の息子に声をかけた。
「今日立ち会ってどうであった。恐ろしかったか?」
「いえ」
間髪入れずに応えたのは、弟の吉忠、数えで15になる。
先月元服を済ませたばかりではあるが、跡継ぎの候補として「仕事場」を見せるには頃合いだと考え、同伴させたのだった。
「無理をせずともよい」
言葉とは裏腹に青白い顔をした吉忠へ、労りのつもりでかけた言葉であったが、それが却って気に障ったらしく、吉忠はカッと顔を紅潮させ口答えをした。
「無理などしておりません!咎人の首を刎ねるはお役目なれば、取り立ててどうこうなどとは思いませぬ」
「左様か。吉親は、どうであった?」
兄の吉親は、今年で17、元服も2年前に済ませてある。刑場へ立ち会わせたのも今回が初めてではない。吉親は遠慮がちに口を開いた。
「正直、何度見ても気分の良いものではありませぬな」
「そうか」
「兄上は気が優しすぎるのです。咎人に情けなど無用。罪を犯して罰を賜るのは必定、それこそが正義と心得ます」
「吉忠、それは違うぞ」
心外そうな目をした吉忠を制するように浅右衛門は言葉を続けた。
「正義等というのは、お上のこじつけた大義名分にすぎん。人が人を裁くなど本来畏れ多きことじゃ。理由は何にせよ人を殺めていることに変わりはない」
「では何故父上は首を刎ねるのですか」
「それが儂の務めだからじゃ」
「咎人を斬り捨てるのに、一体何の躊躇がありましょうか」
吉親の表情が一瞬歪んだのを見逃さなかったが、浅右衛門はあえて気が付かぬ振りをした。
「武士たるもの、気概は必要じゃ。しかし、お前は考え違いをしておる。一切の感情は無用。ただ無心に職務を全うするのみぞ」
わかりませぬ、吉忠の顔がそう言っている。
「うむ、わからぬことにわかったふりをしないのがお前のよいところじゃ。
今はわからずともよい。だが父の言葉、努々忘れるでないぞ」
吉忠は無言で頷いた。
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祥雲寺。
突然訪れた浅右衛門を、住職が意外そうな顔で迎えた
「叔父上、お久しぶりです」
「珍しいなお主がここを訪ねようとは、しかもこのような土砂降りに」
「通り雨でしょう。ちと、雨宿りを」
「たまには先達の供養でも、と言うくらいは罰もあたらんぞ」
住職の皮肉に、浅右衛門は苦笑するほかなかった。
住職に案内された客間には先客が居た。吉親であった。
「近頃、よくおいでになる。父親と違って感心なことよ」
「父上」
「どうした、吉親」
「……吉忠にはまだ話しておられぬのですか?」
「何のことだ」
わざととぼけた浅右衛門を吉親は逃さなかった。
「無論、私の出自のことです」
――咎人の子。
16年前、幼子をつれた女が斬首の罪を賜った。身よりのない子を預ける先がないわけではないが、まだ子のなかった浅右衛門は、自分の養子として引き受けた。
別段不憫に思った訳ではない。首斬り人の息子として生きるよりもっとましな人生はいくらでもあるはずだ。ただ、浅右衛門にとっては後継者の選定は看過せざる問題であり、自分の養子として育てる事になんら支障はなかった。
ただし、浅右衛門は本人の元服を待って真相を告げた。それは引き取る時から決めていたことであった。また、そのことは叔父である住職を除き、一切他言していない。
表向きには、咎人の子では世間体も悪かろうと、さる旗本の家から跡取り候補として貰い受けたことになっている。
それでよいではないか、と諭す浅右衛門であったが、吉親は容易に納得できないようであった。
「気にせずともよい、そう言うたはずじゃ」
「しかし父上」
「無用じゃ」
浅右衛門が突っぱねると、吉親はようやく矛先を変えた。
「昨日の話、吉忠は納得しておりません。跡継ぎとしてやはりきちんと説き伏せるべきではありませんか」
「跡継ぎはまだ決めてはおらぬ。腕に自信がなければ他の道を探すのもよい」
「答えになっておりませぬ」
「辛ければ、逃げ出すこともできる。が、誰かが代わりにやるだけの事。
腕前のないものが斬れば、斬られた方は苦痛を味わうのみ。できるものができることをやる、ただそれだけよ」
「父上の『正義』はどこにありましょうや」
「儂の務めが正義なのかどうかはわからん。
ただ、いつの日か儂も必ず死ぬる時がくる。地獄にて、亡者となった先達に囲まれても、儂は自分の仕事を全うしたまで、と胸を張って応えたい」
吉親が沈黙すると、それまで二人の話を黙って聞いていた住職が静かに口を開いた。
「……繊細なのは尊いことじゃ、無理に切り捨てることはない。
ただし、あまり思い詰めると、身を持ち崩すぞ。この私のようにな」
浅右衛門がふと表に目を向けると、雨はいつの間にか上がっており、庭の松の向こうに虹が浮かんでいた。
また冬が一歩近づいて来たかのような冷たい風に吹かれながら、二人の息子の行く末に思案を巡らす浅右衛門であった。
執行人