ダーナのDNA

ダーナのDNA

 あの星に行けば稼げるよと、センパイが言ってた。
 だから来てみた。けど。
 この星はまだGUに入ったばかりだから、なんかまだ宇宙人に慣れていないアトモスフィアがあって、なんか「トザマ」とかまとめて呼ぶんだよね。トザマって言葉はちょっと悪意があるらしく(そのへんのニュアンス的なものはわたしにはわからないけど)、友好的な個体は「カナタ」って呼びたがるってことだけど、ジモティとそうでないのを区別するっていう鎖国根性に違いはないんじゃないかなって思う。言わないけど。
 トザマの中でもわたしのような稼ぎに来ているのを「マイグラ」って呼ばれる。だからわたしは「トザマのマイグラ」になる。マイグラもちょっとバカにしているニュアンスはある。エレガントに言い換えると「カナタのゴロンドリン」なんていい方もあるけど、だいたい聞き返される上に、どのみちよそ者扱いだから、言い換えたところで気分が変わるわけではない。
 この星はまだ若いので、科学も文明も未発達だ。通貨はGUの平均に比べて全然低い。センパイはなんで稼げるとか言ったのかなと思っていたら、ちょっとしたカラクリがあったわけ。行けばわかるっていうから何も聞かずに来てみたんだけど、わかるまでに結構かかったよ。結局わかったけど。普通に労働して稼ぐなら、もっと中央の星に行ってインテリな仕事をした方がいいに決まっている、けど、こんな未開の星でどうして稼げるのかっていうと、それはDNAだ。
 みんなはNFTは知ってるよね。いまさら説明はいらないよね。そう。この星の生物はみんなそれぞれの単体が固有のDNAを持っているの。すごくない? めっちゃ無駄だよね。なんか進化の過程でエラーがあったみたいで、DNAフラクチュエーションっていう状態で固定されてて、この星の生物はみんな微妙に違う顔とかカタチをしているってわけ。確率的に同じのが3体ほど出るらしいけど、基本的にはそれぞれ違う。直径の子孫でも同じにならないし、そもそもDNAが不安定だから単性生殖や近親生殖のリスクが高いので、交配生殖が基本方式になっている。変な星でしょ。ただひとつメリットはあって、個体がみんな固有DNAを保有しているので、コレクション要素が強いってわけ。わたしはマニアじゃないからよくわかんないけどさ、DNAバトルとかやってるリッチキッズなんかは、もう目の色変えてDNAを集めているわけよ。でも、手元では交配できないじゃん? ああ、なんとかいう法律で禁止されてんじゃん。ホムンクルス禁止法だっけ。あと勝手に配列作ってもだいたいうまく行かない。暗号要素強すぎるんだよね。でも実際に交配で生成されたDNAはちゃんと動く。試行錯誤して自作するよりも、この星で採集したものを買ったほうがよほど安上がりなわけ。わかるっしょ。まあ話は長くなったけど、とにかくこの星のやつらのDNAを採取して転売すれば、うちらみたいな低層種族には結構オイシイ稼ぎになるってわけよ。
 でね、最初は街で声かけて「汁ください」みたいなこと言ってたんだけど、めっちゃドン引きされるし、たまにあたおかなのが乗っかってきてもあとあといろいろめんどいわけじゃん。トザマだからなんだかんだとかわけわかんないこと言われて粘着されたり、ぶっちゃけめんどいわけよ。100人ぐらい相手にしてみたけど、気づいたのよ。効率悪いって。あと、中に出されちゃったのを回収するのもいちいちめんどいし、品質もよくない。これはだめだなーって思ってたわけ。そしたらさ、なんか専用のゴムバッグがあるじゃん。しかも枕元に常備されてんじゃん。まじかよって思ったよね。試しに使ってもらったら、そりゃ便利よ。すごいよね。こんな未開惑星のくせにナマイキ。ちゅるんと外して、きゅっと締めたら、あとはそのまま持ち替えるだけ。生殖体としては活動停止するけど、DNA的には劣化もほとんどない。ばっちりよ。
 それでね。しばらくそれで回収してたんだけど、そもそも街で声かけるのも結構面倒なことに気づいたよね。だいたいなんか警戒されるから、金取ったりしないってわかってもらうまで話が長いし(だいたいそれでもバックに傭兵がいるんじゃないかってずっと警戒されている)、街コンとか合コンとか婚活パーティってのも試してみたけど、前段が長いし、アフターも引きずるんでこれもめんどくさい。あたし考えたよね。もっと効率よく稼ぐ方法はないかって。お芝居ムービーで何人も集めていっぺんにってのも試してみたけど、あれはダメ。何人分も混ざっちゃうからあとで仕分けが面倒。分離にコストがかかるので稼ぎが伸びなかった。
 そんで、ちょっと考えて、というか、まあこの星の通貨もそれなりに必要になってきたので、生殖用宿泊施設の清掃の仕事ってのを紹介してもらって来たわけ。これがビンゴ。ゴミ回収しようと思って中のものを取り出したらさ、例のゴムバッグにすでに収められた状態で、きれいに封もしてあるものがザクザク回収できたわけよ。すごくない? すごいっしょ。 あたし勝ち組!
 そこでね、同じ星から来ているのを集めて、上がりの1割をもらう代わりにノウハウを教えて、あちこちの施設に派遣する会社をはじめたわけよ。これが大当たり。一晩でこの星の住民の平均年収ぐらいは稼いでるよね。ウハウハ。
「ダーナさん」
 風呂の掃除を終えて出たところで、名前を呼ばれた。同じアルバイトのカミヤさんだ。聞くところによると、この島の出身ではないらしい。いつかこいつのDNAも抜き取ろうと思っている。
「ハイ。ドウしましたか?」
「ダーナさんて、カナタってやつ?」
「え? ああソウですね」こいつがカナタと発音する前に一瞬トの口になったのをわたしは見逃さないが、大差はないので気にはならない。トザマでもカナタでも、それをいちいち話題にする時点でユニバーサル感覚が欠落していると思うよボーイ。
「そうなんだ。前に違うラブホにいたときもカナタの人いたんだけど、やっぱこういう仕事じゃないとダメなの?」
 なぜかこの島の住人はこの仕事をアンダーなものとジャッジしていることが多い。DNAフラグチュエーションの価値を理解していないせいもあるのだが、どういうわけか生殖行為をタブー視するという謎の価値観が蔓延しているせいでもあるらしい。お前らどの穴から生まれてんの? まったく理解不能な生物だが、その謎感覚のおかげでわたしたちはDNA取引で儲けられているのだから、一種のライフハックみたいなものだ。
「ワタシたちの価値観では問題ないです。ヨロこんで働きます」
「ふうん。そうなんだ」
 期待していた答えではなかったようで、話が膨らまなかった。じれったいな。
「ねえねえ、カミヤさん、こんどオイシイモノ、オゴッてくださいヨ」
 この星の食べ物に興味はないが、なぜか連れ立って食事をすると高確率で生殖行為を伴うので、いつもこう言っている。センパイに教えてもらったノウハウだ。
「え、え、マジで? いいよもちろん。何食べたい? 今日何時あがり?」
 あざっす。この惑星の住人はだいたいチョロい。

ダーナのDNA

ダーナのDNA

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2022-06-05

Public Domain
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