まるで捨て猫みたいに

まるで捨て猫みたいに

「センダガヤくん、ちょっといいかな」
課長に呼ばれたので慌てて事務所に戻ると、着慣れない制服を着た見慣れない顔のトザマがいた。
「御用でしようか」
「君ひまだよね?」
「自分のシフトをご覧になってなおそうお考えであれば自分はひまなのだと思います」
「ああ、そうなの。まあ呼んだら来るぐらいにはひまってことでいいよね。彼ね、カナタなんだけど新人さん。教育係よろしくね」
「……わかりました」
 俺は課長に何を言っても無駄なのはよく知っているので、わかるしかなかった。とりあえず一日連れ回せば明日から来なくなるだろうから、何も気負うことはない。教育係は教育が目的であって、後継者育成とは無関係だ。後継者にするならトザマは使わない。一緒に来て、と声を掛けて、事務所から出た。

「名前は?」
「ヨ、ヨギです」
「ヨヨギくんね」
「あ、い、いえ、いやはい、ヨヨギでいいです」
「よろしく。俺はセンダガヤ。わからないことがあったらなんでも聞いてね」
 毎度こう言うが、自分から聞いてきたヤツは一人もいない。だいたい初日は何がわからないかすらわからないものだからだ。そしてトザマは二日目は来ない。もっとも地球人だって三日目からは来ないのだけどな。
「じゃあ仕事に出るから、一緒に乗ってね」
「はい」
 ヨヨギはハキハキと返事をして、回収車の助手席に乗り込んだ。俺はそれを確認して運転席に乗り込みドアを閉じてモーターを始動した。
コンソール(携帯端末)に今日のオーダーが来ていた。とてもじゃないが、ひまなんて言える状況ではない。クソ課長め。コンソールのオーダーを車載コンピューターに転送する。自動的に最適なルートを構築して、提示してくれるが少しタイムラグがある。
「ヨヨギくんは、地球長いの?」
「ああ、ええ、ま、まだ半年ぐらいです」
「あー。じゃあ新市民権のため?」
「あ、はい。就業実績が要るので」
 新市民権なんか獲ったって市民になれるわけじゃないのに、とは思うが、半年以上ここで暮らすには何もナシってわけにもいかないししかたない。回収事務所はいつでも求人しているし、必ず採用はされるから、給料は要らないってことならうってつけではある。この仕事は俺のようなサイコパス気質でもなければ、確実にメンタルをやられるので、まともに働きたいなら他の仕事をおすすめしている。

 最初の仕事はカブキタウンのヤクザマンションだった。半分崩れたような古い建築物だが、権利関係が複雑すぎて当局もうかつに手が出せず、今ではトザマしか住んでいない。俺も来た頃住んでいたが、その頃の住人はもう誰もいないだろう。
「じゃあついてきて。見てるだけでいいから」
「あ、はい」
 回収車を路肩に止めて、「回収中」の看板をルーフに乗せる。これでミドリムシにパクられなくて済む。俺はコンソールで部屋番号705を確認して8階へ向かう。
 805号室の前で中の様子を伺っていると、ヨヨギが小声で話しかけてきた。
「あ、あの、ここでいいんですか? そ、その部屋番号が違うような」
「黙ってろ」
 ヨヨギは口に手を当てて、もうしゃべらないというジェスチャーをした。おれはうなづくとドアノブに手をかけた。ぐっと力を込めると、ステンレス製のドアノブはクシャクシャに潰れて、引っ張ると内部のキー構造ごとずるっとついてきた。これでドアは開くはず。穴に指をかけて引くと一瞬チェーンの抵抗を感じるが、ドア自体歪み切る前にぐにゅっと手応えがあって急に無抵抗になった。あまり大きな音を立てないようにドアを開くと、ヨヨギについてくるように合図をして、土足のまま部屋に踏み込んだ。

 部屋は物は多いが整頓されていて、小綺麗にしているが、独特のにおいがした。トザマの匂いだ。コンソールのデータではここには軟体系水生生物がいるはずだが、部屋には見当たらなかった。どうせ風呂で寝ているのだろう。この部屋には用はないので無視してリビングへ踏み込む。リビングの中央のコーヒーテーブルを蹴り飛ばして床を露出させたところで、ゲンコツを振り下ろした。1回では足りないようなので、3回殴りつけたらどうにか凹んだので、軽く跳んで天井で勢いをつけて両足で蹴り下ろした。俺は床をぶち抜いて、下の階で眠っている不法滞在トザマの脳天にカカトをめり込ませた。
 705のブヨブヨしたトザマは解読不可能な罵声をあげながらバタついたが、追加で2発ほど拳をめり込ませたら静かになった。俺は紫の汁を口とか耳から(逆かもしれないが)垂らしているトザマが首から下げている滞在証を掴んで引きちぎると、705の玄関から外に出た。ヨヨギは階段で走って降りてきた。
「そんなに急がなくていいから」
「あ、いや、はい、でも」
「いいんだよ」
「はい」
 俺は次に行くと言って、ヤクザマンションを後にした。705のブヨブヨがこの後どうなるかは知っているがどうでもいいし、805のタコが昼寝から目覚めて部屋の惨状に青ざめても俺には関係がない。

 こんな調子でノルマの3件を済ませて事務所に戻り、滞在証を課長に引き渡したら、今日のお仕事はおしまい。ヨヨギは課長から就業証明書を受け取っていた。
 事務所から出て帰ろうとしたらヨヨギが声をかけてきた。
「あ、あの明日は何時に来ればいいですか?」
「は? ああ、9時でいいよ」
 トザマにそんなことを聞かれるとは思わなかった。明日も来るのか?
「わかりました!」
 こんなクソ仕事でも、続けようと思えるなら才能があるのかもしれないな。俺のように。
 そして翌日ヨヨギは来なかった。
 別に驚きはしなかったが、なんで時間を聞いたのか気になっていた。俺はすぐに忘れて壁やら扉やらを破壊する仕事を繰り返していた。トザマにできる仕事なんてこんなのばかりだからな。
 三ヶ月後、ニューブリッジの路地裏のダンボール箱に廃棄されていた宇宙猫の中にヨヨギと同じ個体を見かけたときは驚いた。ヨヨギがなぜ時間を聞いてきたのかは、結局わからなかった。俺はヨヨギの滞在証を回収して課長に渡した。それきりそいつのことは忘れた。

まるで捨て猫みたいに

まるで捨て猫みたいに

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-05

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