心に灯る

心に灯る


一匹の捨て猫がいました。

捨て猫は独りぼっちでした。

生まれてからすぐに親から引き離されました。

一か月前に一緒に暮らしていた人間に山奥に連れていかれて置き去りにされました。

でも捨て猫は気にしていません。

どうでもよかったのです。

自分のことも周りのこともどうでもよかったのです。

捨て猫は誰からも必要とされません。

誰からも愛されません。

でも捨て猫は気にしません。

どうでもよかったのです。

どうでもよいと思うようにしたのです。




その日は雨が降っていました。

捨て猫は雨の中、ずぶ濡れになりながら小路を歩いていました。

雨宿りできる場所は探せばいくらでもありました。

けれど捨て猫は探しません。

捨て猫にとってはどうでもよかったのです。

ずぶ濡れになろうと、凍えようと、どうでもよかったのです。

自分なんてどうでもよかったのです。

捨て猫はうつむきながら小路をとぼとぼ歩いていました。

すると何かにぶつかりました。

人間の足です。

捨て猫は人間を見上げました。

一人の男が道の真ん中で傘もささずに立っています。

男はずぶ濡れになりながら空を見上げています。

捨て猫は不思議に思いながら男を見上げていました。

しばらくしてから男は顔を下ろして足元の捨て猫をみました。

目と目が合います。

男の目は安らぎに満ちていました。

男はじっと捨て猫を見つめ続けていました。

やがて男はしゃがみこんで捨て猫の頭を荒っぽく撫でました。

ずぶ濡れの手でずぶ濡れの頭を撫でました。

捨て猫はされるがままじっとしていました。

男は捨て猫を抱いて持ち上げました。

そして胸の中で力強く抱きしめました。

強く強く抱きしめました。

捨て猫はびっくりして暴れます。

でも男はびくともしません。

捨て猫は抵抗を止めました。

男が何かを話します。

でも捨て猫には分かりません。

男は落ち着いた声でゆっくり話し続けます。

でもやっぱり捨て猫には分かりません。

雨に打たれながら男は捨て猫を抱きしめ続けました。

ずぶ濡れの体でずぶ濡れの捨て猫を抱きしめ続けました。

すると捨て猫は不思議なことに気づきました。

ずぶ濡れのままなのに、なぜか暖かさを感じるようになりました。

体は寒さで凍えたままです。

でもどうしてか胸の奥から暖かさが溢れてきました。

暖かさはやがて胸の奥から体全体に広がりました。

捨て猫はとても不思議に思いました。

やがて男は捨て猫を地面に下ろしました。

捨て猫は男の顔を見上げます。

でも太陽が眩しくてよく見えませんでした。

いつの間にか雨がやんでいたのです。

男は少しだけ何かを話してから通りを歩いて行ってしまいました。

捨て猫は男の後ろ姿を見つめていました。



その後も捨て猫はたびたび雨に打たれて凍えました。

悲しくてしょうがない時もありました。

でもそういう時はどうしてかいつも胸の奥が暖かくなりました。

その暖かさはずっと消えませんでした。




終わり

心に灯る

心に灯る

捨て猫は一人の男に出会いました

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-04

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