死に至る熱病 後編:正義と悪のレゾンデートル
台本概要
◆声劇台本名◇
『死に至る熱病 後編;正義と悪のレゾンデートル』
◆作品情報◇
ジャンル:サスペンス
上演所要時間:30~40分
男女比 男:女:不問=2:2:1(合計:5名)
◆注意事項◇
・本作品は、フィクションです。
・本作品は、犯罪や自殺を肯定する内容ではありません。
・本作品は、暴力的・残酷的な表現があります。
・本作品は、精神的に弱っている状態での閲覧は非推奨となります。
登場人物
結城 正道(ゆうき まさみち) ♂
本作の主人公で、警視庁捜査一課の刑事。
正義感が強く真面目な性格で、面倒見が良く後輩の刑事たちから
慕われている。
村瀬 修史(むらせ しゅうじ) ♂
結城の大学時代の同期で、元々は警察官。現在は私立探偵をしている。
飄々とし女性関係にだらしがない人物ではあるが、博識で頭の回転
が早い。
花衣 泉美(はなえ いずみ) ♀
東京地検特捜部の検事で、凛としたクールな女性。
自分が担当している事件で、舞薗が関与しているため結城と協力する。
篠宮 遙(しのみや はるか) 不問
大学で心理学の教授を務めており、犯罪プロファイリングは右に出る者
はいないと言われる程の有名人。警察の捜査にも時折協力している。
クールでシニカルな性格で常に敬語を喋る。
南羽良 楓(みなはら かえで) ♀(※舞薗 姫喜の兼役です)
警視庁捜査一課の刑事であり、結城の後輩兼バディであった。故人。
明るくてまっすぐな性格をしており、先輩の結城と付き合っていた。
舞薗 姫喜(まいぞの ひめき) ♀
都内の名門女子高に通う女子高生で、天真爛漫な優等生で人気者。
事件の元凶であり、「他者に自殺をすることへの喜びを与える」悪魔。
上演貼り付けテンプレート
台本名:『死に至る熱病 後編;正義と悪のレゾンデトール』
URL:https://nigatsusousaku.wixsite.com/atelier-craft
結城 正道:
村瀬 修史:
花衣 泉美:
篠宮 遙 :
舞薗 姫喜/南羽良 楓:
【アバンタイトル】
舞薗:ひとつ、ひとつ、命の灯が消えていく。
舞薗:残りは、あと4つ。
舞薗:そして消え入りそうな1つの灯。
舞薗:残りの3つに、私が入っているのかしら?
舞薗:うふふ、なーんてね。
花衣:死に至る熱病。
舞薗:後編、正義と悪のレゾンデートル。
【Scene01】
<どこかの倉庫。手足を麻縄で縛られている花衣>
花衣:っつ……ここは……
舞薗:目が覚めましたか? 花衣さん♪
花衣:舞薗 姫喜……!
貴様……!!
舞薗:そんな怖い顔をしないでください。
綺麗な顔が台無しですよ?
花衣:ふざけたことw、今すぐお前を――
舞薗:無駄ですよ。
手足を縛られているんですから~
そ・れ・に♡
花衣:ぐっ!
舞薗:……抵抗するなら殺しますよ?
忘れないでください。
私は他人を自殺させることが出来ます。
本当だったら、今すぐにでも貴女には死んで貰ったほうが
いいんですけど……結城さんとのゲームのために、
まだ死んで貰っては困るんです。
花衣:ゲーム、だと?
舞薗:はい、そうです!
名付けて「正義と悪、どっち勝つでしょうか?」ゲーム!!
わーパチパチ。
花衣:ふざ、けるな……
舞薗:花衣さん。
私、まともな人間じゃないんです。
まともになれない、と言った方が正しいかも?
……生きているだけで他人の心を掻き乱してですって、私と言う人間は。
男には性欲を逆撫でし、女にはエクスタシーのような快楽を与える。
だから……友人と呼べるヒトなんかいませんでした。
いや、ひとりはいました……でも、結局はいなくなってしまいましたね。
想像できます?
寄ってきた男が必ず私を無理矢理犯そうとするんです。
実の父親にそうされました。
花衣:(絶句して声が出せない)
舞薗:だから……私、壊れちゃいました。
ねえ、花衣さん?
ヒトを殺すことがどうしてダメなんですか?
法律的な問題ですか? 倫理的な問題ですか?
そうしないと、自分を守ることが出来ないとしたらどうします?
『悪』ってなんですか?
花衣:そ、それは……
舞薗:教えてください。
『正義』ってなんですか?
【Scene02】
村瀬:それじゃあ、セイドウ。
5時に事務所に来てくれ。
結城:わかった。
事件を担当している所轄の警察署に知り合いの刑事がいる。
行く前に、ソイツと会ってみる。
村瀬:了解した、俺の方でも別ルートで情報を集めてみる。
結城:別ルートって、それは――
結城・村瀬:企業秘密。
村瀬:その通り! それじゃあ、後で。
結城:あぁ、わかった。
篠宮N:そう言って、村瀬は乗っていた車を発進させて何処かへと向かった。
すると、結城の携帯から着信音が鳴る。
ディスプレイに表示されていた番号は、花衣 泉美のものだった。
結城:もしもし、どうした?
まだ、待ち合わせの時間じゃ――
舞薗:ハロー!
結城:……誰だ? 花衣じゃないな?
舞薗:初めまして、結城さん。
マイ・ネーム・イズ、ヒメキ・マイゾノ。
あなたが話したがっていた相手ですよ~
結城:どういうことだ!?
どうして、花衣の電話でかけてきている?!
舞薗:サプライス、大成功!
てか、そんなのわかりきっているじゃないですか~
だって、今、花衣さんの近くいますもん。
結城:ふざけるな!
花衣は無事なんだろうな?
舞薗:安心してください。
もちろん、生きています。
手足を縛りつけられていますけどね。
ねえ、結城さん。
少しお話ししませんか?
結城:話だと?
舞薗:はい、楽しい楽しいお話です。
本当だったら、直接お会いしてお話したいのですけど……
でも、そしたら……私のモノにしたくて殺したくなります。
結城:くっ! それがお前の本性か!
舞薗:これが私です、本当の私です。
結城:ひとつ、教えて欲しい。
なぜ自殺であることにこだわる。
舞薗:……結城さんは、イシュタムを知っていますか?
結城:それは薬の名前――
舞薗:ぶー! 残念、半分不正解です。
確かにお薬の名前ですけど、私が今聞きたい事は違います。
イシュタムは、マヤ神話に登場する女神の名前です。
死者を楽園に導く役割を持ち、〝自殺〟を司るんです。
結城:自殺……
舞薗:楽園に行けるのは、聖職者、生贄、戦死者、お産で死んだ女性、
そして――首を吊って死んだヒトでした。
結城:っつ!
舞薗:イシュタムは彼らの魂を巨大樹「ヤシュチェ」を中心とした楽園へと導くことで、
すべての欲望から開放されます。
要は、生による苦しみから解放されるのです!
私、感動しちゃいました!!
だから……同じことをしようかなって。
苦しいのなら解放してあげようかなって。
結城:なら、どうやって彼らを殺した?
舞薗:私は、ただ誘っただけ、それだけです。
私は昔から無意識に他人を惑わすことが得意なんですよ。
詳しい仕組みはわからないんですけど、精神科の先生に言われました。
――「キミを見ていると、キミの言う事を聞きたくなる」って
だから、試してみたくなりました。
何て言ったと思います?
結城:……まさか。
舞薗:「先生、死んで?」
結城:っつ!
舞薗:そしたら、あーら、不思議!
先生が自分で首を吊って死んじゃいました、笑顔のままで。
結城:狂っている!
キミには罪悪感というものがないか!!
舞園:そんなものがあったら、こんなことはしていないと思いますよ?
はぁ、結城さん。
一目惚れしちゃったんですから、そんな残念な事
を言わないでください。
結城:はっ?
舞園:聞こえませんでしたか?
大事な事なのでもう1回言いますね
――私、貴方に一目惚れしちゃったんです。
貴方を私のものにしたかった。
だから、邪魔な南羽良さんを殺したんです。
結城:ふざけるなああああ!!
舞園:うふふふふふ、あはははははははははは!!
その声を聴きたかった!!
だけど、残念。
そろそろ、お客様がやって来る時間だから。
花衣さんと、村瀬さんの相手をしたら会いに行くからね。
Have a nice day♪
結城:ま、待て! 切れた……くそ!!
今、村瀬の名前を……まずい!
頼む、出てくれ! お願いだから!!
繋がらない……クソ!!
【Scene03】
<舞薗がいるとある倉庫に村瀬の車が止まる。焦った表情で村瀬が車から出てくる。>
村瀬:ここに花ちゃんが……それに舞薗も……
確実に罠と理解できるけど……でも、好機だ。
篠宮N:村瀬の元にも舞薗から連絡が来た。
これが罠であることを理解しておきながらも、彼は
彼女が指定した倉庫へとやってきた。
村瀬:あちらからわざわざ誘い出してきたんだ。
……だったら、敢えて乗ってやるよ。
篠宮N:そう呟いて、彼は扉を開いた。
倉庫内は僅かに灯された電球以外の光がないと
真っ暗闇に包まれた世界。
そして――
村瀬:花ちゃん!
篠宮N:倒れている花衣を見つけた村瀬は、彼女の元へと駆け込んだ。
村瀬:おい! しっかりしろ!!
泉美……頼むから、しっかりしろよ!!
花衣:うっ……あっ……
村瀬:泉美!!
花衣:むら、せ……?
村瀬:良かった……生きてる。
花衣:私は、一体――
村瀬:倒れていたんだ、ここに。
花衣:そうか……っつ!
こんなことをしている場合じゃない!
舞薗が! 舞薗 姫喜が!!
舞薗:はーい、呼びましたかー?
村瀬:君が、舞薗 姫喜か……?
舞薗:はい、そうです。
よろしくお願いしますね、村瀬 修史さん。
村瀬:へぇ……俺を知っているわけ?
舞薗:勿論ですよ。
ただの女子高生だと思わないでくださいね。
こそこそ周りを嗅ぎまわるネズミさんを捕まえるのは
昔から得意ですから。
村瀬:おいおい、JKとは思えない殺気の持ち主だ。
なるほど……これなら納得だよ。
多くの人間を殺すことが出来るね、キミは。
舞薗:あら? それは、いわゆる猟犬の嗅覚というものですか?
とは言っても、村瀬さんの場合は元が付きますが。
村瀬:生意気なことを言うじゃないか。
花衣:村瀬! 彼女とあんまり話すな!!
村瀬:えっ? 何を言って――
舞薗:余計なことを言わないで、花衣さん。
篠宮N:突然のことだった。
舞薗が鉄パイプで村瀬を殴りつけてきた。
予想外のことでかわすことが出来ず、彼の脇腹に直撃する。
村瀬:ぐうっ!
花衣:村瀬!!
舞薗:よそ見をしている場合じゃないですよ。
まずはあなたからです、花衣 泉美さん!
篠宮N:すかさず、舞薗は鉄パイプで花衣の足を打ち付ける。
花衣:ああ!!
篠宮N:悲痛な声を挙げ、その場で倒れ込んだ。
動けることが出来なくなってしまった花衣の元に、
舞薗は鉄パイプをひきずりながら徐々に近づいてくる。
『死』を覚悟するも、舞薗がとった行動は
彼女に予想外なものだった。
耳元で舞薗は囁き、バタフライナイフを花衣に
渡すと彼女から離れた。
村瀬:クソ……!
泉美に何をしやがった……
舞薗:まずはひとつです。
村瀬:ひとつ?
舞薗:命の灯がひとつ消えるんです。
花衣さんは今から、バタフライナイフで自らの頸動脈を切ります。
大量出血で死んでしまうでしょうね。
村瀬:そんなことさせて――
舞薗:次は村瀬さんの番。
篠宮N:そう言って、舞薗は村瀬の耳元で囁いた。
すると、村瀬に不思議な感覚が襲い掛かる
――自分が欲情している感覚が。
けれども、それは性欲とは似て非なるもの。
村瀬:あぁ……死にたい……
篠宮N:希死念慮が現れ、それは徐々に強くなってくる。
村瀬:早く……死なないと……
舞薗:うふふ……はい、もうひと――キャ!
花衣:村瀬!!
篠宮N:花衣は、村瀬に思いっきりビンタした。
村瀬:いず、み……?
俺、今……
花衣:正気に戻ったか、大馬鹿者。
いいか、よく聞くんだ……今すぐ逃げろ。
村瀬:でも、お前を連れて――
花衣:……私はもうダメだ。
おまえはセイドウを、助けるために今すぐ逃げるんだ……!
村瀬:何を言っているんだよ! 一緒に!!
花衣:いいから!
……私は、もう、歩けない。
見ろ、足を。
村瀬:えっ……血が……
花衣:お前も感じただろう……彼女にささやかれることで死にたいという
気持ちが強くなった。
どうにも止められない。
だから……足をナイフで思いっきり刺した。
ちょっとやりすぎたけど、な……アハハ……
村瀬:あっ……あっ……
花衣:行くんだ……まだ間に合うはずだ。
今だったら、セイドウを死なすことだけは回避できるはずだ。
……悔しいが、私たちは見誤ったんだ。
今回の事件は、手を出すべきじゃなかったんだ。
こうなってしまったのも、全部、私の責任だ。
だから、頼む言ってくれ……
村瀬:っつ! くそおおおおおおお!!!
篠宮N:そう言って村瀬は倉庫から逃げるように出た。
舞薗:もう終わりましたか?
突き飛ばされて、すっごく痛かったんですけど。
花衣:すまなかったな……こうするしかなかった。
舞薗:別にいいですけど……かすり傷程度でしたし。
……上手くいったと思っているようですけど、無駄ですよ。
村瀬さん、この後、死にますよ。
花衣:それでも、最後まで諦めない……お前の思い通りにさせてたまるか……
舞薗:……ムカつく。
決めました、花衣さん。
あなたは私が殺してあげます。
花衣:やれるものなら、やってみろ。
花衣M:とは言ったけど、私はどうやらここまでのようだ。
すまない、2人とも。
頼む……目の前の悪魔を必ず――
【Scene04】
結城:どうしたらいい、あいつらは一体どこにいるんだ?
俺は一体どうしたら……携帯が……もしもし?
篠宮:結城さん、篠宮です。
村瀬さんに連絡がつかなくて、それで
結城さんにお電話をしたんですが――
結城:先生! 俺はどうしたら……
篠宮:落ち着いてください、何があったんですか?
結城:舞薗が……舞薗 姫喜が花衣と村瀬を……
篠宮:えっ?
結城:まだ生死はわかっていません。
けれど、花衣は拉致されて、
村瀬はそれを餌におびき出された可能性があります。
舞薗は、他人を自殺させることが出来ます。
このままではあいつ等が……えっ?
篠宮:どうしました?
結城:パソコンにメールが……送り主は……村瀬!?
なんだ、この動画ファイルは……
篠宮N:添付されていた動画ファイルを再生する。
そこには、麻縄で椅子に身体を縛られた花衣 泉美の姿。
顔は苦悶の表情を浮かべ、荒い息を立てていた。
舞薗:はーい、見ていますかー?
結城さーん?
結城:舞薗!?
舞薗:今から見ていただきますのは、花衣 泉美さんの
一世一代の大舞台です!
ジャジャジャーン!
篠宮N:モニターに映っていた花衣の姿に驚愕と
憤怒の表情を浮かべる結城。
花衣の掌に多数の釘が打ちつけられ、
太腿にはバタフライナイフが刺されており、
足元には血溜まりができていた。
結城:花衣!!
舞園:花衣さんは決死の覚悟で村瀬さんを逃し、
結城さん、貴方を助けようとしました。
でも、そんなことは許さない。
私、言いましたよね? 一目惚れしたって。
私、狙った獲物は地の果てまで追いかけます。
だから、貴方が逃げないように――花衣さんを殺します。
私、自らの手で。
結城:やめろ……やめてくれ!!
舞園:よーく、見ていてくださいね。
イエス・キリストの磔刑のように散々痛ぶったので、
最後は楽にしてあげます。でも、すごいんですよ?
命乞いのひとつや、泣き叫んでくれたら助けてあげようかなって
思ったんですけど……我慢しちゃうんだもんなぁ……
花衣:……誰が貴様なんかに屈してやるもんか。
命乞いをするなら……死んだ、方が……マシだ……
舞園:へぇ……それじゃあ、殺しますね。
ご要望の通りに。
篠宮N:そう言って舞園は花衣の髪
を掴んで顔を上に向ける。
剥き出しになった花衣の首筋にカミソリを突きつける。
舞園:最期に何か一言ありますか?
花衣:……フッ。
舞園:おかしなヒト、笑うなんて。
花衣:くたばれ。
篠宮N:不敵な笑みを浮かべた後、花衣は首を切られて絶命した。
それと同時に動画は終了した。
電話口から篠宮が何度も結城を呼びかけるが、
彼の耳には声が届かない。
携帯が手から落ち、彼の身体が怒りで震える。
結城:あああああああああああ!!
篠宮N:怒り叫び、机に置いてあったものを投げ飛ばす。
やがて、徐々に疲れが出るにつれて冷静になっていく。
結城:はぁ……はぁ……行かないと……アイツを捕まえに……
篠宮N:マンションの駐車場に向かうと、そこ――
村瀬:セイ、ドウ……
結城:村瀬! 無事だったのか!
おい! しっかりしろ!!
村瀬:へへっ……花ちゃんが助けてくれたから……
こんな醜態をさらすことになっちゃったけどさ……
それよりもコレ……
結城:カギ……お前の車のか?
村瀬:逃げろ……
結城:えっ?
村瀬:逃げ、るん、だ……出来るだけ、遠くに……
結城:何を言っているんだ、お前……
村瀬:お前を、生かすためだ……! セイドウ……!!
そのために、花ちゃん……泉美と俺は犠牲になるんだ……!!
結城:なあ、お前どうしたんだよ!
舞薗に何をされたんだ!!
村瀬:あの女はおかしいよ。
いや……おかしいのは俺だ。
アイツに囁かれただけで勃っちまった。
すると、どうだ……馬鹿みたいに欲情が収まらない……
同時に「死にたい」っていう気持ちが湧いてくるんだよ
ああ……ああ……もうダメだ、我慢出来ねえよぉ……
篠宮N:そう言って、村瀬は腰につけたホルスターから拳銃を取り出す。
そして、それを自身のこめかみにもっていった。
結城:お、おい……やめろ……馬鹿な真似はよせ
村瀬:……セイドウ。
結城:な、なんだ……
村瀬:……悪い、就職先は別のところにしてくれ。
篠宮N:そして、村瀬は引き金を引いた。
頭から噴き出す鮮血。
硝煙と血の薫りが辺りを漂う。
結城:村瀬……おい、起きろよ……起きろよ!!
どうして笑顔なんだよ!!
おかしいだろ……クソ……くそおおおおおおお……!!!
篠宮:結城さん!!
結城:せ、んせい……?
篠宮:早く乗ってください!
結城:先生、でも……村瀬が……
篠宮:何、馬鹿なことを言っているんですか!!
舞薗 姫喜が警察を呼びました!
このままだと貴方が彼女の罪を被ることになる!!
早く!!
結城:あっ、ああ……わかりました……
(※小声で)村瀬、すまない……本当にすまない……
【Scene05】
篠宮:どうぞ。
とりあえず、コーヒーを飲んで落ち着けましょう。
結城:……はい。
篠宮:すいません……何も役に立てませんでした。
結城:何を言っているんですか、先生のせいじゃないんですよ。
篠宮:いえ、元を言えば、彼女を見過ごしてしまった事が今回の結果です。
私が、彼女から逃げなければこんな事にならなかったのかもしれません。
結城:何を言って――
篠宮:これを見てください。
結城:これは……写真?
篠宮:アメリカの大学にいた時の写真です。
結城:――なっ!
隣にいるのは……!!
篠宮:舞薗 姫喜です。
結城:あんた、まさか――
篠宮:誤解しないでください!
彼女とは連絡をとっていません!!
日本に戻って来てから、ずっと!!
結城:……教えてもらってもいいですか?
舞薗 姫喜との〝本当の〟関係性を。
篠宮:はい……ご存じの通り、彼女とは同じ大学でした。
最初から知り合いという訳ではありません。
ですが、彼女は〝天才〟として学内で有名人でしたからね。
知らないヒトは珍しいぐらいでした。
多くの学生が彼女の周りにいつもいました。
……でも、しばらくすると〝ある噂〟が流れてきたんです。
結城:噂?
篠宮:……ファム・ファタール。
彼女はファム・ファタールだ、って
結城:ファム・ファタールって確か……男を破滅させる魔性の女、ですよね?
篠宮:はい。
でも、彼女の場合は本来の意味とは異なります。
オブラートと言うか、皮肉と言うか……
彼女と付き合った男性は全員死んだんです。
結城:全員、自殺ですか?
篠宮:はい……誰もが「彼女が殺した」、そう思っていました。
しかし、警察の捜査が入るも一切の手がかりが掴めない。
やがて警察は匙を投げ、それによって彼女の潔白は証明されました。
けれども、周りは彼女と関わることを避けました。
「彼女に興味を持ってしまったら自分は殺される」
それは学生だけじゃなく、教員もでした。
彼女は孤独になりました。
けれども、彼女は笑顔だったんです。
その曇りない笑顔が……綺麗だったんです……
結城:まさか、あんた……
篠宮:はい、私は……舞園 姫貴を愛してしまったんです……!!
そして、私は彼女が殺人鬼である事を知り、彼女の凶行を止めようとしなかった。
彼女が殺人を犯した証拠を、私は――
結城:ふざけるなああああ!!
篠宮:ぐぅ!!
結城:アンタが、アンタが!!
どうして止めなかったんだ?!
アンタが彼女の罪を暴けばこんなことにはならなかった!!
花衣も! 村瀬も!!
それに……っつ!
愛したヒトを……死なすことはなかった、のに……
篠宮:……南羽良さん、ですよね?
付き合っていたんですね……
結城:そうだ……
こんな仕事しか取り柄のない、面白みがない男を愛してくれたんだ。
彼女と一緒に居たいと思った。
南羽良が……楓が死ぬ二日後に一緒に旅行をする予定だったんだ……
そこで彼女にプロポーズをしようって……
わかっている……わかっているんだ……
アンタに怒りをぶつけてもどうにもならないと言うことは……
篠宮:待ってください……どこに行くんですか……!
結城:舞園のところだ。
直接決着をつけてくる。
篠宮:彼女の居場所を知っているんですか?
結城:……目星はついている。
あそこに現れるだろう、南羽良が自殺したボロアパートに。
きっと来るはずだ。
篠宮:だめです! 行っては!!
結城:……離してくれ。
篠宮:このまま行けば、貴方まで死んでしまいます!!
彼女はきっと貴方を殺します!
まだ、貴方は引き返すことができる!!
だから、ぐっ!!
結城:……悪い、もう放っておいてくれないか。
篠宮:かはっ……っつ……
結城:鳩尾に一発食らわせたから、暫くは動けないだろう。
……先生、アンタは引き返すことができるって言った。
確かに村瀬と花衣が犠牲になって俺を守ってくれたのかもしれない。
だけど、南羽良が死んでから俺は立ち止まったままだったんだ。
いつまでも情けなく、現実に目を逸らした。
もう引き返すことなんか出来ないんだよ。
それはアンタも一緒だよ。
篠宮:えっ?
結城:俺たちは熱病に犯されたんだろうな。
死に至るぐらいのな。
村瀬N:そう言って倒れている篠宮の元に、一挺の拳銃を置いた。
死んだ村瀬 修史の拳銃で、残り3発の銃弾が装填されていた。
結城:渡しておく。
使うかどうかアンタの自由だ。
世話になった。
村瀬N:バタンと扉が閉まり、部屋が静寂に包まれる。
やがて嗚咽が聴こえてきた。
篠宮:私が……逃げた、からだ……
私が、彼女に……自分に向き合わなかったからだ……
ううっ……うわあああああああああ!!!
【Scene06】
村瀬N:ふらふらとした足取りで、結城 正道は歩き続ける。
舞園 姫貴によって彼は指名手配の身となっていた。
彼女の罪を、彼のものへとされたのだ。
捕まれば死刑は免れないだろう。
神経が擦り減らされる。
そして、やっとの思いで一棟の木造づくりのアパートに辿り着いた。
二階の隅の部屋に――南羽良 楓が自殺した場所に入る。
あの時は散らかっていたけれど、今は鑑識の現場検証
で整理されていた。
疲労困憊の結城はその場で座り込む。
結城M:疲れた……
村瀬N:目を閉じる。
すると、懐かしい記憶が呼び起こされた。
南羽良:先輩!
結城:えっ……あれ……?
南羽良、なの、か?
南羽良:なーに、寝惚けているんですか?
それよりもお仕事、終わりました?
あっ、もう終わっているじゃないですかー!
行きましょ!
結城:えっ、どこに?
南羽良:なにって……
先輩と一緒に行きたいって言ってたフレンチレストランですよ!
奇跡的に早く仕事が終わったんですから!
早く! 早く!!
結城:あぁ……わかった、すぐ用意する。
結城N:思い出した。
確か事件の1週間前に彼女とデートをした日だ。
あの時は奇跡的に仕事が早く終わって……
でも、どうして今になって……あぁ、夢を見ているのか、俺は。
村瀬N:舞台は予約していたフレンチレストランへ。
ホテルの高層階にあってか、煌びやかな都内
の夜景を、バイオリンの心地よい演奏を楽しみながら
望むことが出来た。
南羽良:先輩、すごく美味しそうですよ!
結城:そりゃあ、予約が中々取れないところだからな。
一番高いコースを頼んでおいたから。
南羽良:やったー! 楽しみ!!
結城:…………なあ、楓。
南羽良:どうしたんですか? 先輩。
結城M:これは夢だ。だからこそ聞いてみたかった。
結城:どうして俺のことを好きになったんだ?
南羽良:えっ?
結城:俺はつまらない人間だ。
正直仕事しか取り柄のない男だ。
だから、そんな俺と一緒にーー
南羽良:そんなこと言わないでください。
結城:えっ?
南羽良:私は、そんな先輩の言葉を聞きたくありません。
それに、私の好きな人の悪口を言わないでください。
結城:す、すまん。
南羽良:誰かを好きになるのに、面白いかどうかなんて関係ないですよ。
前に言ってましたよね?
「全ては、その本人が強い理想を以って
行動し続けた結果にすぎない」
「愛する者ができること。何かを始めるということ。
誰かを傷つけること。何かを終わらせるということ。」
「だから善とは、その何かを続けること」
「悪とは、その何かを終わらせること」
不思議な感じがしました。
ただ単純に善悪を判断しない。
だからこそ、興味を持ったんです。
あなたの事をもっと知りたい。
そしたら、いつの間にか大好きになってしまいました。
それでいいじゃないですか。
ヒトを好きになるのに決まった理由なんてないんです。
結城:楓……。
南羽良:――って、なんか恥ずかしいですね!
なんか偉そうに語っちゃいました!
結城:……ありがとう。
南羽良:えっ?
結城:本当にありがとう。
南羽良:ふふっ、大袈裟ですよ。
先輩……いえ、正道さん。
【Scene07】
結城:……やっぱり、夢か。
今、何時だ?
そんなに時間は経っていないのか……
舞園:こんにちはー
ねぼすけさん。
結城:――来たか。
舞園:あら、意外と冷静でビックリ。
今までの貴方だったら、怒り狂うもんだと思っていました!
どうしちゃったんですか?
結城:頭を冷やす時間があっただけだ。
それに……お前を待っていたからな。
舞園:私が来るのを待って頂けたんですね、嬉しい。
でも、こんな辛気臭い所じゃなかったら良かったな~
そう思いません?
結城:そうだな。
できれば、出会いたくなかった。
舞園:それはショック。
私は、結城さんに出会えて嬉しいのにな〜
貴方と一緒だったら普通の女の子に戻れたかもしれないのに
結城:普通の女の子、か。
それは本心か?
舞園:えぇ、勿論。
結城:その言葉を篠宮にも言ったのか
舞園:……やっぱり。
遥も関わっているんだ。
結城:やはりな……舞薗、お前は殺人鬼だ。
篠宮の名前を出したときに顔色が変わった。
それに人間の眼をしていない。
今まで捕まえてきた犯罪者たち……いや、
奴ら以上の凶暴性がある。
舞薗:それで、私を殺すんですか?
そんなちっぽけな小銃で。
いいですよ。
どうぞ殺してください、出来るものなら
結城:……舞薗。
お前は、『善』とは何なのか、わかるか。
舞薗:質問を質問で返しちゃってごめんなさい。
私は、それを聞くために此処に来ました。
――結城 正道さん。
『善』、もしくは『正義』とは何ですか?
結城:――愛する者ができること、何かを始めるということ。
だからこそ、『善』とは――その何かを続けることだ。
舞薗:それじゃあ、『悪』とはなんですか?
結城:――誰かを傷つけること、何かを終わらせるということ。
すなわち、『悪』とは――終わらせることだ。
だから、他者を殺すことは『悪』なんだ。
舞薗:そうですか……でも、その答えは不完全なモノですね。
結城:…………。
舞薗:けれど……人間臭くて良いですね。
その不完全さが、貴方を表している……
本当に真っすぐなヒト……あぁ、そんなところが大好きです。
私、自分が間違いを犯したなんて一度も思ったことが無いんです。
結城:……そうか、わかった。
舞薗:引鉄を引いたら最後ですよ?
結城:そうだな……終わりにしよう。
舞薗:ふふっ、さようなら大好きな人、永遠に。
結城:最後までお前は欺瞞に満ちているな。
村瀬N:一発の銃声が鳴り響き、舞台は暗転する。
【Scene08】
花衣N:雨が降頻る曇り空。
雨の勢いは強くなり、窓に打ち付けられる音が聞こえてくる。
篠宮 遙は黄昏の表情を浮かべ、窓を眺めていた。
テーブルには朝食の準備をしていたのだろうか。
一枚の皿にはバターが塗られたクロワッサン、もう一枚の皿
には1本のバナナが置かれていた。
しかし、それには一切手を付けていなかった。
突然、部屋の扉が開かれる。
そこには――
篠宮:待っていましたよ……姫喜。
きっと来ると思っていましたから。
舞薗:お久しぶり~
元気にしていた?
変わらないね。
篠宮:ええ……貴方も〝あの時〟と変わらないんですね。
舞薗:変わるはずないもの。
変われるはずがないもの。
一体、どういうつもりなの?
篠宮:どういうつもりとは?
舞薗:また貴方は私の邪魔をした。
篠宮:……殺したのですか? 結城 正道を。
舞薗:ご想像におまかせするわ。
篠宮:そうですか……左肩、撃たれたんですね。
コートで隠していてもわかりますよ。
そして珍しいですね。
あなたは興奮していて、動揺もしている。
舞薗:その通りよ、遙。
あの時はしなかったけど、今思うとやるべきだったわ。
――他のみんなと同じ様に殺してあげる。
篠宮:わざわざ、あなたの手を汚さなくとも……
その前にひとつお話をしませんか?
元恋人――いえ、幼馴染のよしみ、ということで。
舞薗:ええ、いいわ。
篠宮:ありがとうございます。
……姫貴は、J・D・サリンジャーという作家を知っていますか?
舞薗:もちろん、知っているわ。
『ライ麦畑でつかまえて』、傑作よね。
篠宮:それじゃあ、『バナナフィッシュにうってつけの日』は?
舞薗:――それは知らない。
篠宮:物語の主人公、シーモア・グラースという男が、ビーチで黄色の水着を着た少女、
シビル・カーペンターに出会うことで話が始まります。
親しくなった彼ら、そこでシーモアはある提案をします。
――バナナフィッシュをつかまえよう、と。
そして、彼は付け加えてこう言います。
――今日はバナナフィッシュにうってつけの日だ、と。
2人はバナナフィッシュを捕まえるために海に入り、
やがてシビルが「バナナフィッシュが一匹見えた」と言いました。
海を出た2人、シーモアはシビルの土踏まずにキスをし、
自らが泊まっているホテルへと戻っていきました。
彼が戻ると、部屋には彼の妻が眠っていました。
彼女を見つめながらシーモアは……何をしたと思いますか?
舞薗:――あなたの悪い癖よ。
そんなこと知る筈もないじゃない。
あらすじもよくわからないわ。
篠宮:あはは、すいません。
そうですね……その通りですね――これが答えです。
花衣N:1発の銃声が鳴り響いた。
それは、舞薗 姫喜の胸を貫く。
そして、遅れてもう1発が鳴り響いた。
今度は彼女の額を貫いた。
糸が切れてしまったマリオネットのように、ドサッと音を立てて倒れ込んだ。
血だまりが徐々に出来てくる。
篠宮:――「篠宮 遙が自分を殺す筈がないだろう」
きっと、貴女はそう思ったのでしょう。
……でも、私は償わなきゃいけないんです。
あなたを救わなかった罪を、結城さん達を殺してしまった罪を。
だから――。
花衣N:そう言って、彼は拳銃を自身のこめかみにつきつける。
そして、彼は苦笑いを浮かべた。
篠宮:……結城さん、本当に私たちは……死に至る熱病に
犯されていたんですね。
なんとまあ、最悪な結末……三文小説としては
上出来かもしれないけど……あぁ、本当に最悪だ。
花衣N:そして、銃声は鳴り響いた――
(END)
死に至る熱病 後編:正義と悪のレゾンデートル
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