【500歩めの立ち止まり】

【7丁目の横断】

 勾玉がない。
筆箱に何気なくつけていた勾玉がある。それは高校の時の校外学習で、交流がめったにない隣のクラスの女子とグループになった際、神社に行ったときに土産ついでに買ったやつだった。何色が出るか気になりながら箱に手を入れて、何色が出るのか気になりながら包み紙を開けると、まあなんとも小さい水色の勾玉だったのだ。あまりの小ささに金を出して損したと思いながらしまおうとすると、包み紙に書いてあった文字に目がいった。
「勉強運」。これから数学Ⅲが待ち構えているその時の自分にとって、その文字はとてもよく目にとどまったに違いない。それから筆箱のチャックの穴の部分にひもを通して勾玉をつけていた。時間が経つほど愛着は湧いてくるもので、勾玉の丸みや透けたような線が入っている部分まで覚えている。勾玉は良かったのだが紐が良くなかった。ポリエステルかナイロンなのかわからなかったけれど、とにかくほどけやすさ満点の紐だったことを勾玉以上に覚えている。だからほどけないように、無くさないように、7回くらい結んでは様子見をしていたのだ。そのおかげか数学Ⅲのテストを含めたどの学校のテストも赤点は取らなかったし、大学に入ることもできた。しかし大学に入ってからというものの、勾玉の紐のメンテナンスはやっていなかった。そして大学に入って2か月たった今、無くしていたことに気づいたのだ。
 勾玉がないショックが大きくて、脳内に水色の勾玉を思い浮かべながらバスに乗っていた。そしてバスから降りて、ぼんやりとしたまま横断歩道を渡り、直線で家に帰ることができる道路をのろのろと歩いていた。
近頃はシロップをかけれるかと思うくらい、立体的な雲が空に浮かんでいた。もし勾玉だったらどんな雲に、と思った矢先
「キャンキャンキャンキャンキャン!!!!!」
まるで噛みつかれるかのような勢いでかわいいチワワに吠えられた。飼い主が申し訳なさそうにリードを引っ張っているけれど、チワワは何のうらみがあるのか、そこから踏ん張りながらも吠えてくる。私は逃げるかのように足早にチワワから離れていった。
 まだ直線の道は続いている。くたびれたように歩いていると、なぜか悲しくなってきた。
なんなのだ。かわいいチワワには吠えられるし、勾玉は無くしてしまうし、いったい何をしたっていうんだ。平穏に過ごす一般民じゃないか。なのにどうしてチワワに殺意に満ちて吠えられて、水色のきれいな勾玉を失ったんだろう。
 家の車が見えたので、もうご飯を頂いて風呂入って眠ろう。課題は...と悩んで首を傾げた時
 最初はおかしいな、変だな、という気持ちでいっぱいになった後、「怖い」という気持ちが全身を駆け巡って動けなくなった。
 左前に、人がいた。人がいたのはおかしくないけど、パッと見てからの色がおかしいのだ。
 街灯に照らされて、黒い服装なのは分かった。でも右手あたりが光っていたから瞬きをして再度よく見ると

 一瞬思いだしたのは、中学校の時の図画工作で木材を切る時、のこぎりを引いてもなかなか切れなかったこと。

 のこぎりに血がついていたのが分かったと同時に、ふいにこちらをその人が見てきた。
 家に駆けよろうとすると近づいてくるのが見えて間に合わないと判断して、体をねじってもと来た道へ全力で走った。
 この時、そろそろ整骨院へ行こうか悩んでいるほど、たまに骨盤のような部分が痛んでいて、体をねじった瞬間倒れこみたいほどの激痛が腰に来た。
 本当に痛かった。
 べつにあの人に何もされているわけでもないのに、のこぎりで骨を切られているかのように腰が痛くて、ただ無我夢中で走っていた。
 「待ってよ」
 確かにそう聞こえた。若いかもしれない。短距離なら自信があったから、このまま横断歩道を渡ってすぐ目の前にある警察署に行けば大丈夫だと思った。しかし青信号から赤信号になるのが走りながら見てわかったので、左に曲がってすぐそばにある公園に向かった。
 そして砂場へ駈け込んで、砂を握って後ろに投げつけた。
 切られる、そう思って腕で顔をかばうようにして後ずさろうとすると、砂場の砂にもつれて転んだ。
 最後までドジだ。と頭の片隅で思いながらうずくまっていると、気配がない。
 おそるおそる顔を上げると、誰もいなかった。いつあの人から逃げきれたのかわからない。でも殺されていない今があることに少しほっとして、腕やズボンについた砂を払っていると、
 「待ってよー」
 顔を上げると曲がってくる人が2人に増えて、ジョギングのように走ってきた。
 ここから逃げ込める場所がないか首を振って探るてと、探偵事務所と窓に書いてある建物のガラスの扉が目に付いた。
 砂場から出る寸前、靴が片方脱げてまたもつれかけた。前のめりになりながら靴を拾って走り、ガラスの扉のあと少しのところで、片方の靴を思いきり投げつけた。
 -続く?-

【500歩めの立ち止まり】

【500歩めの立ち止まり】

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-03

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