死に至る熱病 中編:ロベリアの花言葉

死に至る熱病 中編:ロベリアの花言葉

台本概要

◆声劇台本名◇
 『死に至る熱病(ねつびょう) 中編:ロベリアの花言葉(はなことば)

◆作品情報◇
 ジャンル:サスペンス
 上演所要時間:20~25分
 男女比 男:女:不問=2:2:1(合計:5名)

◆注意事項◇
 ・本作品は、フィクションです。
 ・本作品は、犯罪や自殺を肯定(こうてい)する内容ではありません。
 ・本作品は、暴力・残酷(ざんこく)的な表現があります。
 ・本作品は、精神的に弱っている状態での閲覧(えつらん)推奨(すいしょう)しません。
 ・登場人物のひとりである、「篠宮(しのみや) (はるか)」は性別不問のキャラです。

登場人物

 結城 正道(ゆうき まさみち) ♂
  本作の主人公で、警視庁捜査一課の刑事。
  正義感が強く真面目な性格で、面倒見が良く後輩の刑事たちから
  慕われている。

 村瀬 修史(むらせ しゅうじ) ♂
  結城(ゆうき)の大学時代の同期で、元々は警察官。現在は私立探偵(しりつたんてい)をしている。
  飄々(ひょうひょう)とし女性関係にだらしがない人物ではあるが、博識(はくしき)で頭の回転
  が早い。

 花衣 泉美(はなえ いずみ) ♀
  東京地検特捜部(とうきょうちけんとくそうぶ)の検事で、(りん)としたクールな女性。
  自分が担当している事件で、舞薗(まいぞの)が関与しているため結城(ゆうき)と協力する。

 篠宮 遙(しのみや はるか) 不問
  大学で心理学の教授を務めており、犯罪プロファイリングは右に出る者
  はいないと言われる程の有名人。警察の捜査にも時折協力している。
  クールでシニカルな性格で常に敬語を(しゃべ)る。

 舞薗 姫喜(まいぞの ひめき) ♀
  都内の名門女子高に通う女子高生で、天真爛漫(てんしんらんまん)な優等生で人気者。
  事件の元凶(げんきょう)であり、「他者に自殺をすることへの喜びを与える」悪魔(あくま)

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 台本名:『死に至る熱病 中編:ロベリアの花言葉』
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 結城 正道:
 村瀬 修史:
 花衣 泉美:
 篠宮 遙 :
 舞薗 姫喜:

【アバンタイトル】

舞薗:ねぇ、ロベリアっていう花を知っているかしら。

舞薗:日本だと「ルリミゾカクシ」って呼ばれているキキョウの仲間で、
   春に咲くの。

舞薗:それは(ちょう)のようにふんわりとした花びらが咲いて、

舞薗:暑さにも、寒さにも弱い、繊細(せんさい)な花。

舞薗:白やピンクのものがあるんだけど、私はスカイブルーが好き。

舞薗:でもね……私がその花を好きな一番の理由は――花言葉(はなことば)なの。

舞薗:ねえ、あなたはロベリアの花言葉(はなことば)を知ってる?


村瀬:()(いた)熱病(ねつびょう)
舞薗:中編(ちゅうへん)、ロベリアの花言葉(はなことば)

【Scene01】

<東京地検特捜部にある花衣の部屋。3人は目の前にある捜査資料を見ながら話し合っていた。>

村瀬:それにしても、舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)は一体何がしたいんだ?

花衣:動機だな?

村瀬:あぁ、やっていることはえげつないんだけどさ。
   自殺である必要があるのかなって。

結城:きっと、自殺である必要があるんだ。
   笑顔であるのも……ここまで儀式的要素が強いと
   何か理由(わけ)があるはずなんだ。

村瀬:けれど、何も見えてこないなぁ~
   シリアルキラーの考えは、本当に理解不能だ。

花衣:自らの手で直接殺している訳ではないから、殺人罪での
   立証(りっしょう)は困難だろうな。
   出来ても、自殺教唆(じさつきょうさ)だが……正直厳しい。

結城:どういうことだ?

村瀬:大手製薬会社のトップの親族だからだよ。

花衣:そうだ。
   きっと、厚労省(こうろうしょう)永田町(ながたちょう)の連中が黙っていないだろう。
   何かしらの圧力はかけてくる。

村瀬:こいつは、想像以上に闇が深い事件になりそうだ。

結城:そういえば……舞薗(まいぞの)はアメリカの大学に通っていたんだよな?
   当時は何もなかったのか?

村瀬:確かに!
   それは気になるな。

花衣:それが……無いんだ。

結城:えっ?

花衣:正確に言うと、詳細(しょうさい)足取(あしど)りがつかめない。
   わかっているのは、出身大学、専攻していた学科、卒業後に製薬大手
   のユナイテッド・メディスンの付属研究所にフェローとして
   働いていたことだけ。
   彼女の交友関係や私生活のことに関しては一切不明。
   どこに住んで、誰と仲良かったのか。
   それと――

村瀬:それと?

花衣:――誰も話したがらないんだ……彼女のことを。

村瀬:ここまで来ると流石(さすが)に気持ち悪いな。
   こんな可愛らしい子なのに……得体(えたい)のしれなさのせいで台無しになっている。

花衣:〝深淵(しんえん)〟のような存在だ。
   (のぞ)き込もうとすると、あちらもこちらを(のぞ)き込んでくる。

結城:……(のぞ)き込んでくるだけならまだいい。
   舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)は、獲物(えもの)を見つけたら決して逃がさない。
   引きずり込んで、息の根を止めるまで。
   だから、南羽良(みなはら)は殺されたんだ――

【Scene02】

<場面は、御茶ノ水駅前の立ち飲み屋へ>

花衣:本当になつかしい……あの時のままだな。
   店の雰囲気(ふんいき)も変わらないし、うん、学生時代を思い出す。

村瀬:でしょでしょ?
   あの時は、よく3人で飲んでいたねぇ~
   大学に遅くまで残っていたからさ。

結城:それはお前のせいだろ、村瀬(むらせ)
   まさか、他人の卒論(そつろん)を手伝う羽目(はめ)になるとは思わなかった。

花衣:言えてるな。
   本当だったら断っても良かったんだが……土下座(どげざ)してまで
   頼みこまれてしまったからな。

村瀬:いやー! あの時は、大変お世話になりました!!

結城:全く、色恋沙汰(いろこいさた)で大学生活をムダにするな。

花衣:他人の恋愛事を傍観(ぼうかん)するのは楽しいが、
   巻きこまれるのは本当に厄介(やっかい)だ。
   メンヘラ女がゼミの研究室に襲撃してきた時を覚えているか?
   私がこのバカの彼女扱いされた時は流石(さすが)に頭を抱えたぞ。

結城:あっー、あったな。確か、あの子は他大学の……

花衣:今でも思い出すとゾッとする。
   まあ、完璧な理論武装して返りうちにしたけどな!

村瀬:そのことについては、あの時に何度も謝ったじゃん!

結城:そもそもお前が七股(ななまた)かけるのが悪い。

村瀬:いや、ほら?
   かわいい女の子がいたらさ、口説(くど)かないと失礼だろ?

結城:浮気するほうが失礼だろ、バカ。

花衣:そうだな。バカ。

村瀬:おい! そうバカバカと言うな!!
   セイドウ、お前の恋愛遍歴(へんれき)を花ちゃんにばらすぞ!!

結城:なんで、俺が――

花衣:ちょっと待て! 私、気になるぞ!!
   それにセイドウに彼女がいたのか!?
   こんな堅物(かたぶつ)にか!?

村瀬:もう別れちゃったけどね。
   はずかしがり屋のセイドウくんは、花ちゃんだけじゃなく
   ゼミのみーんなにもナイショにしていたからな~

花衣:よし、聞かせろ!
   詳細(しょうさい)に、ひとつひとつ丁寧(ていねい)に!!

結城:お、おい……

村瀬:よっしゃあ! 盛り上がってきた!!
   とりあえず、酒がないと始まらないな!!

花衣:それについては同意だ!
   すいませーん! とりあえず、生ビール3つ、大ジョッキで!!

結城:俺に拒否権が――

花衣:ある訳ないだろ!
   セイドウ! 今日は酔いつぶれてもらうぞ?
   それで村瀬(むらせ)、セイドウの彼女というのは?

村瀬:まあまあ、落ち着きなさい。
   (うたげ)は始まったばかり。
   あれは、1回生の夏でした。文学部の――

舞薗N:そう言って、村瀬(むらせ)花衣(はなえ)は恋愛トークで盛り上がる。
    結城(ゆうき)はそんな二人に半場(あき)れながらも、どこかなつかしさを覚えた。
    政治的な争いや、明日の生活の心配などを考える必要はない。
    他愛(たあい)のない話をして、呑気(のんき)に飲み屋でバカ騒ぎ
    をする学生時代の日々を。
    あの時に戻る事は出来ないけれども、今の時間がかつての
    思い出を想起(そうき)する。
    少しでもこの時間が長く続いて欲しいと彼は思った。

結城:おーまーえーらー!
   ヒトのプライベートを好き勝手に話しやがって
   ……勝負しろ、どっちが先に酔いつぶれるか!

花衣:ほう……それは酒豪(しゅごう)と呼ばれた私に宣戦布告(せんせんふこく)か?
   下戸(げこ)結城(ゆうき)が?

村瀬:おいおい、やめとけって!
   セイドウ、マジでつぶされるぞ!!

結城:学生の頃の俺だと思っては困る。
   日々のストレスは酒で発散しているからな。

花衣:ふっ、いいだろう。売られたケンカは買う主義だ。
   ……後悔するなよ?

結城:望むところだ。

村瀬:……アーララ、こりゃあセイドウがつぶれるに一票だな。
   まっ、面白そうだから良しとするか!

【Scene03】

<場面は、車の中。運転席には村瀬がおり、助手席には結城がいる。>
 
結城:っつ! 頭が……!!

村瀬:二日酔い?

結城:あぁ……飲み過ぎた……

村瀬:だから言ったじゃん、やめとけって。
   花ちゃんに挑むなんて無謀(むぼう)すぎるんだよ。

結城:アイツの酒の強さは異常だ……バケモノだ……

村瀬:そのバケモノさんは、普通に出勤しているそうだ。大したもんだよ。
   3件ほど裁判を抱えているそうだ。

結城:本当にバケモノか……それよりも、村瀬(むらせ)

村瀬:んっ?
   吐きたくなったら、さっき寄ったコンビニで袋をもらったから。
   それに――

結城:ちがう。俺たちは、一体どこに向かっているんだ?
   いきなり車で迎えに来て、気が付いたら高速に乗っているし……

村瀬:先生に会いに行くんだ。

結城:先生?

村瀬:そっ、先生。今回の事件解決に必要不可欠な存在だ。
   先生のプロファイリングについては、右に出る者はいないからな。

結城:そんなにすごいのか?

村瀬:すごいなんてもんじゃない――あのヒトは本当に天才だ。
   舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)も天才だ。
   天才に挑むのなら、同じぐらいの天才の力を借りた方がいい。

結城:……そうだな。
   確かに、俺たちだけだと心もとないのは確かだ。

村瀬:あと、覚悟(かくご)しておけよ?

結城:んっ?

村瀬:先生の前では、どんな人間でも丸裸(まるはだか)にされるからな。

結城:…………。

村瀬:俺が言ったことが大袈裟(おおげさ)に聞こえるだろ?
   でも……会えば嫌でもわかる、大袈裟(おおげさ)じゃなくて事実だとな。

【Scene04】

<ある一軒家の扉の前に結城と村瀬が立っていた。村瀬がインタホーンの鳴らす。>

篠宮:はい、どちら様ですか?

村瀬:先生、俺です、村瀬(むらせ)です。

篠宮:あぁ、少し待っていてください。
   (とびら)のロックを解除してきますので。

村瀬:了解です。

結城:驚いたな……先生と言うから年配(ねんぱい)を想像していたが……
   インターホンの声を聴く限りだと、若い。
   声だけ聴くと、俺たちよりも年下と思ってしまうな。

村瀬:あぁ、そうだよ。
   先生の名前は、篠宮(しのみや) |遙|《はるか》。年齢は19歳。

結城:19!?

村瀬:ギリギリ未成年だな。
   でも、(あなど)るなかれ!
   セイドウ、3年前に解決した池袋風俗嬢連続殺人事件
   を知っているだろ?

結城:それはもちろん知っている。
   あと3週間で時効が成立していたコールド・ケースだったからな。
   事件が解決した時には、えらく話題になったからな。

村瀬:先生のプロファイリングのおかげで犯人逮捕の重要な証拠
   が見つかったんだ。

結城:それは初耳だ。

村瀬:当然だろうな。
   上層部(じょうそうぶ)が自分たちの手柄(てがら)にするために公表しなかったからな。
   卑怯(ひきょう)なヤツらだよ。

結城:まったくだ、昔から変わらず情けないことをする。
   そんなことをされて、不満や抗議とかしなかったのか?

村瀬:流石に俺もどうかなって思ったけどさ。
   前に聞いたら、「興味がない」の一言さ。流石だよ。

<扉のロック音が解除される。すると自動的に扉が開かれた。>

篠宮:お待たせしました、どうぞお入りください。

篠宮:玄関に二人分のスリッパが置いてあるので、履いて2階に上がってきてください。

村瀬:だとさ。さっ、行こうぜ。

結城:ああっ。

【Scene05】

<篠宮遙の自宅2階。応接室のソファには結城と村瀬が座っていた。>

篠宮:コーヒー、どうぞ。

結城:ありがとうございます。

篠宮:マンデリン産のコーヒーですので、苦みがよくきいています。
   特に二日酔(ふつかよ)いの結城(ゆうき)さんには、
   良い気付(きつ)け薬になると思いますよ。

結城:えっ? どうして……

篠宮:アルコールとタバコが混ざった(かす)かな(にお)いがするので。
   それに顔色が悪そうなので、昨日あたりに沢山(たくさん)飲まれたのかな、と。

結城:は、はい……その通りで――

篠宮:結城(ゆうき) 正道(まさみち)

結城:!

篠宮:8月13日生まれ、警視庁捜査一課第三強行犯(きょうこうはん)捜査(そうさ)
   殺人犯捜査第二係所属。
   階級は警部補で、帝都(ていと)大学は大学法学部法律学科を卒業。
   大学時代はテニス部に属しており、大学選手権で準優勝など優秀な
   成績を修めている。
   利き腕はひだりで、左下肢(かし)骨折の既往歴(きおうれき)あり。

結城:えっ、あの、その――

篠宮:動揺(どうよう)した時に両目が左向きがちになり、下唇(したくちびる)を軽く()(くせ)がある。

結城:えっ、なぜ、それを!?

篠宮:服からはタバコの(にお)いがしますが、その感じだと非喫煙者(ひきつえんしゃ)ですね。
   それにお酒はそれなりに飲めるが、決して強い方ではない。
   体つきから……毎日、適度な筋トレを欠かさずにやっており、
   特に体幹のトレーニングを重視している。

結城:どうして、そこまでわかるんですか……?

篠宮:出身は福岡県、標準語で話そうとするも(なまり)が出てしまう事に困っている。
   (なまり)の感じから博多と北九州が混じった感じがするので……
   宗像弁(むなかたべん)ですね。

結城:は、はい……せい、かいです……

村瀬:なっ? 言った通りだろ?
   お前の事については履歴書(りれきしょ)に書いてあるようなことしか伝えていない。
   にも関わらず、一目見ただけでここまでわかっちゃうんだもんな~

篠宮:それはそうと、村瀬さん。
   物騒(ぶっそう)なモノを隠し持っていますね。

村瀬:あらら? それもわかっちゃう?

篠宮:――銃の種類は、ベルギーのFNハースタル社製
   のファイブ・セブン・マーク・ツー。
   オートマチック銃ですね。

村瀬:(※口笛を吹いて)まるで超能力だ。

篠宮:観察力、知識、そして論理的思考を(もっ)てすれば誰にでも出来ますよ。

結城:それよりも村瀬(むらせ)、お前、どうしてオートマチック銃
   なんか持っているんだ!!
   銃刀法違反((じゅうとうほういはん)だぞ!!

村瀬:いや、ほら、護身用として一応持っておかないと……ね?

結城:「ね?」じゃないだろ!

村瀬:まあまあ、セイドウちゃんにはリボルバーがあるからさ。
   サクラで良かっただろ? 使い慣れていると思うしさ!

結城:……おまえ、まさか裏社会と――

村瀬:んなわけあるか!!

篠宮:そのヒトは嘘を言っていませんよ。

結城:どうしてそう言える?

篠宮:そのヒトは嘘をつく時に、右手でズボンをつかむ奇妙な癖があるんです。
   本当のことを言っているときは左手でズボンをつかむんです。
   ほら、見てください。

結城:本当だ……

村瀬:信じていただけて、何より……サンキュー、先生。

篠宮:どういたしまして。
   そういえば、自己紹介がまだでしたね。
   初めまして、結城(ゆうき) 正道(まさみち)さん。
   私の名前は、篠宮(しのみや) (はるか)
   都内の大学で、臨床心理学の教授をしていて、
   時々警察にも捜査協力をしています。
   どうぞよろしくお願いします。

結城:よ、よろしくお願いします。

篠宮:資料を拝読(はいどく)させて頂きました。
   厄介(やっかい)な事件を抱えていますね。

結城:はい。是非とも先生のご協力が必要なんです。

篠宮:引き受けることは構いません。

結城:それじゃあ――

篠宮:ですが、個人的な意見ですが――この事件には関わらない方が
   いいと思いますよ。

結城:えっ?

篠宮:結城(ゆうき)さん。
   大切にされていた部下を亡くされたことは心中お察しします。
   ですが、あなたはそのお陰で此処にいることが出来るんです。
   それが、わからない程の(おろ)か者なんですか?

村瀬:先生、それはちょっと――

結城:いいんだ、村瀬(むらせ)……先生が言っている事は間違っていない。
   篠宮(しのみや)先生。

篠宮:なんでしょう。

結城:確かに今回の事件はかなり危険なものだと理解しています。
   もしかしたら、南羽良(みなはら)に助けられた、この命を落としてしまうかもしれません。
   ……けれども、彼女の死を、無念を、俺は果たしたい……!
   彼女は自殺したんじゃない、殺されたんだ!!

篠宮:…………。

結城:復讐(ふくしゅう)と言われれば、否定出来ません。
   しかし、舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)には殺された人間は彼女だけじゃない。
   他にも多くいる。
   (くさ)っても自分は警察官です。
   正義と、ヒトを守ることが自分の仕事です。
   だからこそ、それを(おびや)かす存在を放置(ほうち)しておくわけにはいきません。

結城:いや、放置(ほうち)してはいけないんです!

村瀬:セイドウ……

結城:だからこそ、お願いします……あなたの力を貸してください。

篠宮:……驚きを通り越して(あき)れてしまいます。
   結城(ゆうき)さん、その言葉に後悔(こうかい)はありませんね?

結城:後悔(こうかい)はもう……沢山しました。

篠宮:そうですか……村瀬(むらせ)さんもそれでよろしいんですか?

村瀬:そんなのわかっているでしょうに。
   だったら、先生に紹介しませんよ。

篠宮:わかりました。お引き受けいたしましょう。

結城:ありがとうございます!

篠宮:……頭をあげてください。
   舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)ですが、私も知っています。
   私も彼女と同じギフテッドで、その上、同じ大学でしたので。
   交流は一切ありませんでしたが、彼女は学内で有名人でした。
   並外れたカリスマ性の持ち主で、彼女を信奉(しんぽう)する
   学生や教員もいました――ところで、結城さん。
  『カリスマ性』とはなんなのか、説明できますか?

結城:えーっと……

村瀬:始まった、先生の講義だ。

結城:確か、「他者を惹きつけ感銘(かんめい)を与えることができる、
   一部のヒトが持つ強力な個人の性質」です。

篠宮:凡庸(ぼんよう)な回答です。
   学生ならば次第点ギリギリですが、結城(ゆうき)さんの場合は評定(ひょうてい)は不可です。

結城:うっ! 久しぶりに聞いたぞ、その単語……

篠宮:『カリスマ性』は、他者を支配する要素のひとつです。
   ドイツの経済学者、マックス・ウェーバーによって科学概念(かがくがいねん)
   が持ち出され、普遍化(ふへんか)されたことで産み出された言葉です。
   そして、それにはいくつかの要素で構成されています。
   〝預言者(よげんしゃ)や英雄のような超人的性質(ちょうじんてきせいしつ)〟、〝物事をうまく
   語る雄弁(ゆうべん)さ〟、そして〝周囲に自分たちを非日常へともたらすのを
   期待させる信頼感(しんらいかん)〟。
   ――多くのカリスマと呼ばれたヒトたちは、それらを
   全て持っているわけではありません。
   ですが、舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)は違う。
   彼女にはすべて()ね備えられていると考えられます。
   かなり恐ろしい存在と言ってもいいでしょう。
   そして、彼女はそれを「他者を自殺させる」ことに使用しています。
   詳しいメカニズムについてはわかりませんが、人心掌握(じんしんしょうあく)については
   天才と言っても過言(かごん)ではありません。

村瀬:それで先生、舞薗(まいぞの)の次の行動はどう予測しますか?

篠宮:資料を読んだ限り、イシュタムの治験に関わった人物が標的になっていることは自明です。

結城:けど、関わった人間は全員が――

篠宮:いいえ。一人抜けています。

結城:えっ?

篠宮:治験資料(ちけんしりょう)には名前が掲載(けいさい)されてはいませんが、
   ひとりの医者がイシュタムの論文に名前が掲載されています。
   名前の位置からして、筆頭著者(ひっとうちょしゃ)である医師の指導医(しどうい)と考えられます。

村瀬:本当だ!

結城:まずい、これは流石に警察もノーマークだ。

<結城の携帯電話が鳴る。>

結城:んっ? 電話だ。

村瀬:誰からだ?

結城:花衣からだ。もしもし。

花衣:突然電話をかけてすまない。
   セイドウ、今、大丈夫か?

結城:あぁ、まあ……どうしたんだ?

花衣:さっき目黒警察署から連絡があったんだがイシュタムの
   治験(ちけん)に関わっていたとされる、医師が遺体(いたい)先程(さきほど)発見
   されたと連絡(れんらく)を受けた。

結城:なっ……!

篠宮:どうやら手遅れだったようですね。

花衣:被害者の名前は、カジワラケンジ。
   イシュタムの治験(ちけん)を行っていた、聖隷(せいれい)マリア精神医療センターの医師。
   治験(ちけん)チームの名前には入っていなかったが、論文(ろんぶん)著者(ちょしゃ)である医者
   を指導していた。
   一週間前に体調不良を理由に仕事を休んでいたそうだが、
   連絡(れんらく)がとれないことを心配した病院側がカジワラの元に
   スタッフを派遣(はけん)したことで発見につながった。

花衣:死因なんだが……自宅マンションで首()ったことによる自殺、となっている。

結城:自殺……それで、俺たちはどうしたらいい?

花衣:そうだな。今、私も迂闊(うかつ)に動く事が出来ない。
   18時頃に検察庁の7階にある、私の自室に来てくれるか?
   警備員には伝えておくから。

結城:わかった、村瀬(むらせ)と一緒に向かう。
   俺たちの方でも何かしら情報を集めておく。

花衣:あぁ、頼んだ。それじゃあ、後で。

<携帯電話の会話が終了となる。>

村瀬:花ちゃんはなんて?

結城:18時に検察庁(けんさつちょう)に来てくれ、と。

篠宮:なら、今回の件についての情報を教えてください。
   彼女の次にどう動くか予想できるかもしれませんので。

結城:わかりました。
   行くぞ、村瀬(むらせ)

村瀬:善は急げ、だな。
   それじゃあ、先生、お邪魔(じゃま)しました~

【Scene06】

<結城たちがいなくなって静寂に包まれた部屋。>

篠宮:行きましたか……

舞薗N:篠宮(しのみや)は自室へと戻り、ある写真立てへと目を向ける。
    それは見えないように()せられており、ひとつ溜息(ためいき)をついた後
    にそれを戻す。
    そして、哀愁(あいしゅう)の色をまとった表情(かお)となった。

篠宮:ロベリアの花言葉――それは『悪意(あくい)』。
   ……本当に大馬鹿者(おおばかもの)だ。
   あなたはそうでもしないと、自分を保つことが出来ない
   のですか……姫喜(ひめき)

舞薗N:写真は、笑顔を浮かべる篠宮(しのみや) (はるか)舞薗(まいぞの) 姫喜(ひめき)であった。
    そして、場面は移る。
    東京都千代田区・中央合同庁舎(ちゅうおうごうどうちょうしゃ)第六号館、東京検察庁。
    ひとりの少女がご機嫌(きげん)に鼻歌を歌いながら、どこかへと向かう。

<花衣の仕事部屋。部屋には彼女しかおらず、資料を読みながら思案に更けていた。>

花衣:ふむっ……これは少し厄介(やっかい)な――

<扉のノック音がなる。>

花衣:んっ? 誰だ?

舞薗:ヤギハシ事務官です。
   花衣(はなえ)検事に至急(しきゅう)お渡ししたいものがあるんですが。
   入室してもよろしいでしょうか?

花衣:あぁ、構わない。入りなさい。

舞薗:失礼します。
 
<花衣は書類に目を向けていたため、入ってきた人物が舞薗姫喜とは気づいていない。>

花衣:すまないな、少し急ぎで目を通さないといけない資料
   があって手を離せないんだ。
   そこのテーブルに置いといてもらえないか?

舞薗:はい、わかりました。
   あの……

花衣:んっ? まだ、私に何か用が――

舞薗:こんにちは、花衣(はなえ)さん♪

花衣:なっ! お前は、舞薗(まいぞの)――

舞薗:はーい、おやすみなさい。

<舞薗は素早くスプレーをかける。>

花衣:ゲホッ……ゲホッ……!
   な、なんだ、これは……!!

舞薗:ねむくなーるお薬をかけました。
   花衣(はなえ)さんには、彼をおびき寄せるためのエサになってもらいますね。
   ――だから、出番まではゆっくりとおやすみなさい。

花衣:眠気(ねむけ)が……ぐっ……こんな、ところ、で……

舞薗:あらあら、おバカなヒトですね。
   笑気(しょうき)と同等の麻酔(ますい)効果があるんですから、(あらが)っても無駄ですよ。

花衣:くそ……私は、最後ま、で……負ける、わけに……は……

舞薗:――ふぅ。
   まったく、しぶといヒトは嫌いなんですよね。
   ……さて、準備しちゃいますか!
   舞薗(まいぞの)急便(きゅうびん)迅速(じんそく)かつ正確に目的地にお届けしまーす!
   ――なーんてね。



(END)

死に至る熱病 中編:ロベリアの花言葉

この作品はフィクションです。作中で描写される人物、出来事、土地と、その名前は架空のものであり、土地、名前、人物、または過去の人物、商品、法人とのいかなる類似あるいは一致も、全くの偶然であり意図しないものです。

This is a work of fiction. The characters, incidents and locations portrayed and the names herein are fictitious and any similarity to or identification with the location, name, character or history of any person, product or entity is entirely coincidental and unintentional.

死に至る熱病 中編:ロベリアの花言葉

  • 自由詩
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2022-05-31

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
  1. 台本概要
  2. 登場人物
  3. 上演貼り付けテンプレート
  4. 【アバンタイトル】
  5. 【Scene01】
  6. 【Scene02】
  7. 【Scene03】
  8. 【Scene04】
  9. 【Scene05】
  10. 【Scene06】