とうめいにつける色の名前
無色透明
景色は白く
憂いは藍色
涙は無色透明な血液
つかまえようのない
ひとつの感傷がある
ひとつの侘しさがある
気温が上がっていく
気圧は下がっていく
からだの水分は氾濫する
白くなる景色
藍に染まる憂い
遺伝子情報
月も隠れる夜の中
明かりもないまま
草むらをずっと走る
孤独な生き物がいる
遺伝子の情報だけで
生き延びてきた日々
この先へ進む悲しみ
棲家の安寧を捨てて
無防備ゆえに無敵
天敵もおののいて
辿り着く崖の上に
空へめがけた咆哮
孤独な生き物がいる
運命を引き受ける
遺伝子に逆らう
水分
雨音と共に私は落ちる
にぶい痛みが遠くなる
冷たい空気の中で汗ばむ
どこまでも落ちてゆく
沈むことに抵抗はない
地球から溢れることはない
重力がこの身を離さない
肉体がこの世にある証拠
安心して落ちる
雨の音と共に
地中深くまで
深く息を吸って
不明瞭
どこから来るのか不明の
泥のような眠気がこの身を覆う
水源まで持っていかれてしまう
意識と思考が土に吸われていく
重く重く
瞼が閉じる
頭はふらふらと
どこか他人事のように
呑気に軽々と宙を舞う
不明のままにしていたこと
不明瞭な視界のせいにすること
明日なんて最初から見えないのに
からっぽの美術室
描いた絵を窓から落とした
イーゼルもパレットも筆も
全部窓を割って地面に落ちる
何も残せない女がいる
それを悟って崩れ落ちる
美術室には誰もいない
微笑する石膏が西日に照らされる
天は何を与えた
天に何を捧げる
床に飛び散った油絵具
膝がスカートが汚れて
首を垂れて前髪が揺れて
ひとごろしの午後
発熱する硝子瓶
病魔が部屋を蹂躙
斜めになる扉から
白い腕が伸びてきた
目を閉じれば首は絞まる
赤い目をした女が見下ろす
いつかの嫉妬は姿を与えられた
醜悪な午後に私は殺されてしまう
硝子瓶が破裂する
カーテンが泳いでいる
青
青くて青くて青くて青い
瞼の裏に広がり続けて
気が遠くなってゆく
絵空事を描いた手
吸い込まなければ
今はただ、
呼吸を忘れない為
笑われているような
過去からの無邪気な声
残酷過ぎた幼さに刺され
虫かごの中で季節を越した
青くて青くて青くて青い
瞼の裏に広がり続けて
育ちざかり
地中深くで育っていく
私の腹の中と繋がって
むくむくと育っていく
禁忌とか異端とか
そういう類を背にする
トカゲの尻尾が落ちている
素敵なことなどひとつもない
だからここが現実だとわかる
単純な確認作業が続いている
ただただ、胎教に悪い
私のダダ漏れの思想たち
知性と教養
没後何年で生まれた思想だろう
何の関係もないところから
情勢と無理矢理合わせられ
純正のものは不純に塗れた
視野が狭い
考えが浅い
そうかもね
難しいことを難しい言葉で考えている
そういうソロプレイが教養ならば
私はそんな知性はいらなかった
血のめぐり
頭痛は脈を打つ
血管が通っている
だから血が巡っている
そこで複雑なことをしている
動物としても
人間としても
いつもどこか
自信が無かった
分かりやすい強さ
分かりやすい美貌
分かりやすい愛嬌
そんなものは幻想
鏡に映る自分さえ疑う
何もかも溢れていく
鏡を割って
血をこぼす
幽霊船に逃げ込んで
幽霊船が迎えに来る
港に立って霧の中ひとり
骸骨の船長が手を伸ばす
世界一優しいエスコート
もうここには戻れない
とても嬉しいことだった
海は緑色をしている
燻んだ赤のドレスを着て
船の肌は不気味な音を立てて揺れる
この町で今朝、女が死んだ
ありふれた出来事が海底に沈む
迷路
本を積んで塔を作って
その中で防戦一方の朝
誰にも備わるものが
足りない気がしている
寂しい通学路の夢を見て
ノスタルジアを捨てに行く
世が明けても星が残る空
どうして絶望は青いのだろう
ルールも理屈も捻じ曲げて
歩き慣れた道を複雑にする
説法
高いビルを眺めて
侵略の歴史を聞いた
お香の匂いが生活を消す
老いることは
自分より近しい者が
遠くにいってしまうようで
置いていかれる身が
つらくかなしいと
修行僧に話した
この目に見えていること
それは埃の作る幻影だ
高僧は教えを説いて
私の悩みは街の隅に置いていかれる
自然由来
幸せな熱が空から注ぐ
肌は光を受けて呼吸する
私と緑の違いを
池の鯉を眺めて思う
鬱蒼とする森が迫る
間もなく侵略は終わる
その時人は植物と和解できるのか
その時人は自然に受け入れられるのか
問題は山積みだった
プラスチックの言い分
池の鯉は口を開けている
穴
誰の心も揺らせないまま
ずっと震えている体を持て余す
平熱が続いて
生活はそこにある
目を背けて逃げたい
誰の言葉も届かないところまで
穴を掘って逃げつづけている
情けなくて涙が出て
穴の中で溺れている
月と太陽は絶対的に平等だった
だからいつも寂しくて仕方がなかった
三分で滅亡
今日も世界が終わった
空は広がったまま
鳥達は羽ばたいて
今日も簡単に滅亡した
風はやわらかく吹く
外から笑い声が響く
布団の上で終末を迎えた
洗濯が終わったと音が鳴る
緊急事態のアラートは鳴らない
メモリ
必要最低限がわからなかった
どこからどこまでのメモリか
なにもかもわからなかった
(だから苦しいなんて言えなかった)
期待はするのもされるのも
いつからか重いだけだった
ひとりで生きていきたかった
(自己完結できる生命体なんかじゃない)
矛盾と自意識に沈んで
そのまま目覚めなければ
焼け落ちる
平たい太陽が落ちてくる
気分は緑色の海の底にいる
深海まで落ちてくる
平たい太陽に焦がされる
弱い肌と目玉は燃えていく
海溝は受け入れてくれない
そのまま逃げ遅れて
まだ生きたかったと知る
魚になったら自由な気がした
鳥になったら自由な気がした
自分以外ならなんでもよかった
体内の停滞
体が破裂する
何かがたまって
空気以外のものが
体を巡ったままで
ある日弾けたようで
色彩は柔らかい
音は長閑なもの
それでも私には遠い景色
私の体は散り散りになって
曖昧な一人称だけが取り残された
神経性植物活動
神経は伸びてゆく
植物由来の感情が育つ
白い茎から綿毛のシナプス
夜空を遊泳して白夜が来る
神経過敏なまま夢を見て
薄紫の空の下にいる午後
それなら全体、私は何色なのかを
濁った沼に映る顔を見て確かめる
とうめいにつける色の名前