缺落の不可侵領域
言葉が死ぬのが先か、記憶が死ぬのが先か…嗟、言葉に出來ない記憶の美しさ、疎ましさ、悍ましさ…俺は他でもない自分自身と訣別した人間、そんな悲慘な人間に殘された延命の手段は夢想だけか、言葉が記憶を形成するなら記憶は言葉の奴隸なのか、不完全なものが不完全なものに仕える、これほど滑稽なことがあるだろうか…。人生は不可能だ、と言った詩人がいた。そう、不可能こそが人生だ…実現可能な事柄には詩情が缺けている…詩情のない人生など生きるに値しない…。現実と非現実の間隔で俺は引き裂かれる、裂け目から血液が、即ち詩情が迸り出る、哄笑する、泣きながら哄笑する、全身が悦びに顫える、文脈を嘲笑え、単数性を燒き尽せ、哄笑せよ哄笑せよ、永遠への絶え間ない輕蔑で俺を滿たしてくれ。空の空、空の空なる哉都て空なり。空の空、空の空なる哉都て空なり。空の空、空の空なる哉都て空なり…。…………俺に歸る場所などない。俺は故郷をもたない。地図をもたない。路銀も、身分も、約束も。俺は未來に自己を委ねはしない、語らせはしない、人間は過去の、即ち記憶の集積なのだから、俺はそれを蔑ろにしたりはしない…。言葉は記憶を生かし、記憶は人間を生かす。愛を、未來を、永遠を騙る凡ての人間に禍あれ。
缺落の不可侵領域