マロニエと散らばるとき
夢を見るのに誰の許可もいらない、だけど夢を見るのに必要なものは確かにあって、お金、健康、安全な場所、これら以外にもたくさんな贅沢を養分にしてやっと育つ木もある、だとしても地面を見ても空を見ても、果ての果てなんていつだって底が知れないまっくらだ。自分を脅かされないこと、明日の生活に何の心配もないこと、爆弾が飛んで来ないことや大きな怪我病気にさいなまれないこと。世界のどこかにはもっと大変な思いをしている人もいる、だけどだから我慢しろと命令されるのは願い下げだ、誰も彼もと一緒に平和になって楽しく暮らしていきたい。浅い青色とオレンジ色の帰り道にはマロニエが咲いていた、どれだけの人が気づいているだろう、ライラックの匂いに、どれだけの人が気づいただろう、などと考えながら口ずさむ、狭くて広いよのなかの幸福を願うには俗っぽすぎるあの歌が好きだ。ひとりの幸福とみなの幸福は同じ重さだと信じてやまないあの歌が好きだ。綺麗事を認めてもらえるほどここは綺麗じゃないから耕すのだ土まみれになって、特別良いこともないからせめて川べりの花でも見に行こう、みなもの光が反射してきっと嘘みたいな景色だ、ふうりんそうの灯りを持って続けようあの歌を、
どうか誰も彼もにやさしい日が来るように、
マロニエと散らばるとき