完結するひとり

完結するひとり

化粧

私の顔が私から離れていく
嘘は口紅のせい
笑顔は頬紅のせい
優しさは香水のせい
私をつくりつくりなおして
今日も虚構のわたしが歩く
どこに本音があるかなんて
探るだけ野暮な世界になれ
深入りしないなら世界は微笑む
あなたにもわたしにも
知ることはそれ自体罪だ
失望は知ることの罰だ

鈍痛

雨の日屋根の下に避難する私
雨はゆるさない 夢へ痛みを
古傷たちが 痛み出し心拍は不規則
見たくない 見たくない 見たくない
夢を 夢を 夢を 夢を 夢を 夢を

泣き出して硬直する身体
涙は幻 雨音が激しくなる
頭痛より酷い 心臓の痛み

死より恐ろしい悪夢が
低い雲の下笑っている

建築

全てがあまい糊づけされた土台
端からかたかたとたおれてゆく
大丈夫だと言い聞かせて
建築ごっこをつづけて
取り返しのつかない
そんなとこまで来なきゃ
かたかたとたおれてゆく
この頼りない建築物を
私は見ないふりをして
夢だけで作った設計図
どうかやぶかないで
どうかやぶれないで

恐怖

ここで怖い夢をつづけている
眠ることは避けられない
生きながら活動を止める
思考はゴミと記憶を分別
その化学反応と発光の影
眼球運動が追いかける
正体不明に耐えられず
怖い夢が続いても
健康体のまま
それでも、

心だけが気取る
目に見えぬ損傷
そして、
魂だけが気取る
汚染される精神

略奪

君を奪う色彩の笑みを
あの季節風に魅せられ
僕の手から離れていく
膨大な感情
膨大な情緒
膨大な心象
どれを捉えても
心理の大海原には刺さらぬアンカー
思春期を過ぎても年中春の不安定さ
抱えたまま大人になり生傷が絶えず
何度目の四季の一巡だ
その度に君は奪われる
鮮やかさ それは略奪者

海底

約束は忘れられて
ボトルの中に眠る
波に揺られて
いつかの約束
幼いことば
波に揺られて

散らばる景色は
すべて記憶のもの
確かなものがない
寂しくはないのは

そうなると知っていたから

約束がもう戻らない海の底

永遠に感傷の波に揺られて

私は何へ涙するのかも

既にわからずに

草原

草原と同じ色のスカートが
五月の風にふくらんでゆく

胸は焼けただれて
痛みは鮮烈な実体

歩みをすすめるためには
どれほどの酸素が必要か

自然色に染まる肌を
血行がもどる顔色を

進む日々に痛みの姿
とらえる視覚は辛い

草たちの鋭利さが朝露に磨かれ
裸足のまま 傷だらけの歩幅に

不和

ただの違和感をずっと持っていた
手乗りサイズのまま違和感は一緒

それを言語化できないままの今日
それを生きづらいで片せない今日
それを喜怒哀楽に整理出来ない今日

それは平凡と非凡の二択じゃない

ただの違和感をずっと持っていた
ただそれだけの今日が当たり前にある

ただそれだけの

矜持

何度か見ても
結局理解できないとわかる
それは私にはわからない
それだけのことでしかない
だからわからないものはわからない
わかったように言ってやるものかと
相手のいない喧嘩をいつもしている
だからいつも息があがっているらしい
だからいつも一人で戦いを続けている
穏やかさを求めながら

錯誤

冷めた料理で火傷する
あたたかさに飢えている
想像だけで損傷は与えられる
人の頭は思いよりもっと非合理だ
意識の粒が部屋に満ちて私自身は散漫

グラタンとかき氷の違い
蝉の声で条件反射の舌先

選ばれた標語に胸焼けを覚える

想像だけで致命傷は与えられる
意識が飛ぶ 思いは行方不明に

自動

食卓に毎日違う花
誰も席につかない
毎日運ばれる料理

オートマティックの家庭
全自動の人間関係が在る

必要な友達の数が出力され
付き合うパートナー像が指定され
ライフイベントの適切な年齢も分かる

ただ、生きていれば、
完璧な幸福が運ばれてくる
鮮明な日常は静物画になる

閉館

今日が人類最期の日
滅びの前に愛と平和の断末魔

古い映画館の最終営業日

その日だけ人は駆け込んで
古いSF映画を見て泣いている
「今日が人類最期の日」
モノクロの光、女優の口が動く

観客は今まで
何処にいたのだろう

終わりがわからなきゃ
惜しむことが出来ない

いつも不思議だった

肖像

奇才と言われた青年の在りし日の肖像
存外に平凡なものであり画家は正直者
鬼気迫るものをその表情に出さぬ
ただ日に焼けた肌と目鼻の凹凸が
カンバスに描かれているだけで
彼の名が付かなければ素通りしそうな
そんな平凡な青年の顔が美術館に並ぶ
そう、生きたかった、
絵の具の上をなぞる影、

残響

囲われた海の中で自由
長い鎖に繋がれて自由
塀の外にあるのは過酷

知っているから逃げる
本当の愚か者になれず
耳を塞いだまま泣いて

自分が嫌いだから見る夢は
いつも酷い展開で悲しくなる
思考がうねりになって飲み込む

吐き出された朝
凪いだ海が見える
音のない夢の残響

繊維

弦楽器が鳴っている
植物の繊維で作られた
今はもう存在しない
原始の楽器が鳴る
懐かしさの分析が
どれほど進んでも
私たちは戻れない
寂しい気持ちを
破壊に変え
不安な気持ちを
攻撃に変え
あの楽器の作り方を
忘れても
消し去りたい弱さを
覆う力を
どうしても選択する

賞賛

それでもこの絵は素晴らしい
黒く塗られたカンバス
その下にどんな残酷な世界が
存在していたとしても
その世界がカンバスを黒く黒く
染め上げてしまった結果だけで
思考も感情ものまれたとしても
この絵の価値はゆるがない
悲観を叫ぶことは容易い
しかし表現は難攻不落
だから芸術だと私は言う

雪原

割れていく氷の天井
崩壊してゲレンデに落下

雪は煙になってホワイトアウト

雪山で夏の匂いを嗅いだ
季節は凍結されて保管される

誰にも守れない遺伝子情報
自然淘汰の日まで
この雪の下に

平等

命はずっと歩いていた
メビウスの輪の上を
目的を後ろに
動機を超えて
ただ前進する

意味の有無は箱の中
空間が狭いほど
においは増す

雨と晴れの合間
水と空気の隙間
心と意識の接点

分離してまた戻って
ずっと回転を続ける

秘密なんて無かった
事実は命の前に平等
提示されている今も

一人

空は割れて
嵐が吹き込む

黄色と緑色の空
龍が泳いでいる

時間の氾濫
空間の決壊

いつか机の中に仕舞い込んだ
いつかの孤独を対価に成した

あの小さなノート
ひとり寿命までに
ただ向き合った

ひとりの決意が
逆さまに見えた

それは私だった
苦しいほどひとり
そういう魂だった

契約

月が満ちて血潮が弾け飛ぶ
鈍い光を放つ断面
開いた眼に黄昏

誰が泣くか
誰が鳴くか
誰が啼くか

烏が夜空に漆黒を運ぶ
群青の真夜中、街の誘蛾灯

不吉だけを呼ぶ
人間だけを愛し
文明を排斥して

エンゲージリンクが光る
あの目玉の最期の風景は

完結するひとり

完結するひとり

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-05-17

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 化粧
  2. 鈍痛
  3. 建築
  4. 恐怖
  5. 略奪
  6. 海底
  7. 草原
  8. 不和
  9. 矜持
  10. 錯誤
  11. 自動
  12. 閉館
  13. 肖像
  14. 残響
  15. 繊維
  16. 賞賛
  17. 雪原
  18. 平等
  19. 一人
  20. 契約