抗争の果てには

 かつて彼女と熾烈な争いを繰り広げた。これからその時のことを話そうと思う。
 発端は何だったっけ? と忘れてしまうくらい狭小な問題であったが、とにかく彼女は手酌で酒を飲みながら僕の欠点をねちねちと取り上げ始めた。僕もみすみす黙っているような人間ではないので、反論を試みた。一応五つも歳が上だということもあって、初めは鷹揚に構えていたのだが、彼女があんまりねちねちねちねちと煩いので、僕はついカッとなって手を上げてしまった。乾いた音の後、室内に静寂が降りる。彼女は自分の頬を押さえたまま、僕を睨みつけ、目に涙を浮かべていった。
 ばつが悪くなったので謝ろうとした瞬間、彼女は出し抜けに二つに分裂した。そして右側の彼女も左側の彼女も一緒になって、僕の悪口をねちねちねちねち言い始めた。お願いだからやめてくれ! と哀願するが、その嵐のような呪詛は続く。明け方近くになり、発狂寸前の僕は台所から包丁を持ってきて、まず右側の彼女を刺した。血飛沫が顔にかかる。すると左側の彼女が悲鳴を上げ、たちまち三つに分裂した。僕は恐怖のあまり彼女を悉くメッタ刺しにしていく。しかし彼女も悉く分裂していき、そのスピードと生産量はめくるめく拍車がかかっていった。部屋は死体に埋もれ、気づけば僕達は町に出て攻防を繰り広げていた。近所の人達は「あらあら、お熱いねえ」やら「懐かしいわあ」やら「ヒューヒュー」やら、好き勝手に言い合っている。僕は彼女を殺す殺す殺す、彼女は増える増える増える。それは半月ほど続いたのだが、僕が包丁を振り回している際にアキレス腱をやってしまい、不本意な形で終戦となった。
 今、その思い出に浸りながら、僕と彼女もとい妻は並木道を散歩している。互いに懐かしいなあと言い合いながら。午後の気だるい日差しが目に眩しい。
 その時、近くのベンチに座っていたカップルが騒がしく口論を始めた。それは僕達が過去に繰り広げたものとほぼ同質の内容だった。だが、最初に相手を泣かせたのは、女性の方であった。無論、やられた男は分裂を開始する。女はバッグからバタフライナイフを取り出し、容赦なく男の腹部を刺す刺す刺す。たちまち辺りは男の死体で埋めつくされる。
「……今は女の子の方なのか」
「まあ! あなた、知らなかったんですか?」
「ううむ」血飛沫がここまで飛んでくる。
「時代が時代ですからね」
「なるほどなあ」
 僕と妻は同時に微笑んで、歩みを再開する。

抗争の果てには

抗争の果てには

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted