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大量生産されてるよね。人類も、そういうふうにならなければいいと思う。だれかの思惑のまま、うみおとされるばかりなのは、やっぱり。ひどいよ。
右近がそう云うと、左近は、右近はちょっと、とあるジャンルに特化した小説を読みすぎなのだと呆れ、ぼくは、まぁ、右近の愁いはなんとなくわからないでもない、と思いながら、夜明けのホットケーキをたべてる。バターはちいさめのキューブ。メープルシロップではなく、はちみつ。ふたごは、ご両親でもまちがえるほどに、瓜二つであるというのに、なぜか、ぼくにはわかるので、兄の右近と、弟の左近のちがいは、でも、もうしわけないけれど、せつめいするのはむずかしい。コーヒーをのみながら、たばこを吸うのが、右近で、ナポリタンをたべながら、ミルクをのむのが、左近。未来のことを想像して、しかも悪い方向に、それで悩んでいるのが右近ならば、あしたはあしたの風が吹くという調子で、きょうを生きているのが、左近。
森が鳴いているようにきこえるのは、れいの、アルビノのくまのせいであり、彼に付き従っている動物たちが、夜ごと、うたをうたっているからだ。かなしいうた、だと思う。おそらく。
街のはんぶんが、ずっと、停電している。
電力使用過多。
もうはんぶんに、にんげんがあつまってきてしまったから、そのうち、きっと、おなじことが起こるだろう。
紫煙をくゆらせながら、右近がためいきをつき、左近は、ぼくのホットケーキをはしっこから、勝手につまみぐいしていく。
喫茶店の照明は、いつも、理由のない不安をやわらげるようにやさしくて、あたたかい。
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