坂ノ上超常倶楽部 ①

──前略・未来の僕へ。
 そちらの世界は今、どんな景色なのでしょうか?
科学や常識では測り知れない、摩訶不思議な現象を体験しているのでしょうか?
それとも、やはり、緩やかな日々を過ごしているのでしょうか?
 今の僕は……


超常レポ1 『坂道の占い師』


 唐突ではあるが、自己紹介から始める。僕の名前は横溝清秀(よこみぞせいしゅう)。何ら特異な能力も持ち合わせない、そんなごく普通の一般高校生だ。著名な某作家と混同されがちな名前だが、僕自身さして文才が有るでも無く、いい迷惑なワケだ。で、現状を知ってもらう為には、少しばかし、この土地に関する曰くも語らねばならないだろう。
 僕の生まれ育った、この「坂ノ上市」は、外国との貿易で栄えた土地であり、所謂、港町と呼ばれる場所の1画だ。地図の上で確認すると、北を連峰、南を海峡に挟まれた、大変に窮屈な形をしている。両翼に開けた埠頭には、観光フェリーや大型の船舶が目まぐるしく往来し、そこから山の方角を見上げると、まず、デパートや高層ビルの乱立する港区が目に入る。そこから国道を挟んで、戸建てや市営住宅の密集する中央区。もう一つ国道を挟んだ先には、懐かしい古民家や異人館なぞ点在する山の手区が望める。その背後には悠然と連なる霊峰・御影山がどっしり聳えているのだ。
 どうだろう?少しでも想像して貰えたのなら、もうお気付きだと思う。そうなのだ。わが町は、山頂から湾岸へかけて、段だら状に分断されているのだ。もっと理解り易く喩えるなら、都市伝説級の巨大段々畑だ。なので、少し高い建物に登るだけで、海と山の双方を容易に見渡す事が出来てしまい、そこで気付かされる。截然された景観が、実際は近接地区同士で混ざり合い、さも喰み合うが如きの奇妙なマーブル模様を描いている事に。それは恰も、坂ノ上市全体が、ひとつの芸術作品のようにも映る。僕の住む中央区なぞはその事柄が殊更に顕著で、僅か数分の距離に、最先端の高層建築と戦前からの木造建築とが、ごく当り前に混在する場所が多々あり、天然のレトロモダンを醸成している。さぞや良い眺めだろうって?ふん、そんな事は当たり前だ。ここは観光地としても、全国的に有名なのだから。だが、生憎と僕は地元民だ。生まれた時からこの町で生活をしている。余所者には珍しく映る風景も、僕には只の日常でしかない。ただ……地理の谷先(谷川先生)が「この様な発展の仕方は貿易で栄えた港町において、さほど珍しくは無いが、如上を踏まえた上でも、これほど極端な例は希かも知れない」みたいな説を、授業中の閑談で宣っていた事があった。不思議なのだが、然したる理由も無く、何故か今でもふと、その話しが脳裏を掠める時がある。
 では、話しを戻そう。
 
 僕、横溝清秀は「坂ノ上高校」に通う、高校2年生の健全たる男子学生だ。現在の時刻は6時16分。朝靄も薄ら立ち籠める、非常に清々しい時間帯だ。町全体がしっとりしていると言うか、空気に清涼感があると言うか、上手く表現できないが、兎に角、そんな感じだ。そこで僕は、自転車のペダルに全体重を乗せて坂道を上っている。交互に脚を踏み込み、額から大粒の汗水をタラタラタラタラと垂れ流しながら漕いでいる。流石に滝とまでは大袈裟だが、それは結構な量だ。当然、背中もグッショリだ。サドルから腰を浮かせ、重心を右に左に、また右に左に……互い違いに、徒歩とさして変わらぬ速度で、まるで酔っ払いの千鳥足の様相でヨタヨタと進んでいる。左様な現状には、2つばかりの理由がある。一つめは単純な話しで、僕が山の麓に建つ県立高校に通っている所為だ。上下に狭い町だが、登り坂となれば存外に時間も食う。毎朝、そんな苦労をして、さぞかし大変だろうって?いやいや、まさか。緩勾配の脇道は幾らでもあるし、現に僕は今まで、そういう道を通学路として選んでいた。で、そこで2つめの理由にくる。詰まり、では何故、今、この様な急斜面の通学路を利用しているんだい?と言う疑問の、明確な動機へと繋がるワケだ。是非、聞いて欲しい。
 それはつい昨日の事だ。時刻は早朝で、だいたい6時40分位だったと思う。小鳥が鳴いていた。いつもの僕は、7時半に起床、8時過ぎに家の玄関を出るというのが日課なわけだが、その日の朝は、たまたま早く目が覚め、たまたま気分が良かったので、何となし早朝の爽やかな景色でも眺めながら登校してみるか、などと思ってしまったのだ。いやいや、馴れない事はするものじゃあ無い。閑散とした通学路は何処か特別感が有り、最初の数分こそ新鮮で気分も良かったが、ややもすると何時もの見慣れた退屈な景観だ。しらけた空気の中、次第にロクでもない考えが頭を擡げ始める。真っ先に浮かんだのが、こんな時間に登校して如何するんだ?と言う、非常に単純な自問だった。僕が運動部にでも席を置くならば問題は無かろう。早朝の自主練なぞに汗を流すのも一興だ。が、生憎と僕は、その様な類いの人間では無い。常日頃から極力、身体を動かしたくない。そんな傾向の消極的な人間なのだ。そんな僕が、こんな朝っぱらから一人で教室にノコノコと出向いてどうする。一体どうやって時間を潰せば良いのだ?その様な事をいったん考え出すと、当然、次は校舎に入ってからの行動も次々と連想してしまう。ひっそりと静まり返った廊下。背後の窓からは弓道部の的を射る音がスコンッと断続的に聞こえたりするのだろう。教室のドアに指を掛ける。ふと気付く。向こう側に誰か居る。話し声は聞こえない。多分、一人なのだろうなと思う。早朝の教室に一人か。で、誰だ?僕は想像の中で、思い切ってドアを開けてみるのだ。開いたドアから向かって真正面。教卓の横で背を向け、一人の女子がポツンと立っている。手には花が挿さった小さな花瓶。髪型はボブカット。うなじから後れ毛がチョロリとたれ、背後からでも判るほど太い黒縁眼鏡の蔓が覗いている。身長はやや小柄で、体躯を一言で表すなら理系のソレだ。要するに、僕は頭の中で図らずも特定の人物を想定しているワケだ。最初に断っておくが、ロマンスの話しじゃ無いぞ。振り返った顔は思った通りだった。目尻のキツさと、への字型に硬く結んだ上下の唇が、その気難しい性格を如実に表している。高取 蒔絵(たかとり まきえ)。美化委員だ。コイツは僕が最も苦手とする女子の一人なのだ。きっと僕を一瞥した後、こう言うに違いない。「アンタ、こんな時間に何よ?」と。素っ気ない仕草で、さほど興味もなさげに、教卓の隅に小さな花瓶を置きながら、再び背を向けて、だが、明け透けに言葉を続けるだろう。「ど~せ、やって無いんでしょ?いい加減入んなさいよ、ぶ・か・つ!」そう、まるで、台所で家事をする母親が、手の掛かる子供に小言を聞かせるかの様に言うのだ。思春期の男子としては耐えられない言い草でだ。まして同学年の女子から言われたのではプライドが酷く傷つく。そんな事など気にも留めない無神経で明け透けな性格の持ち主。それが、僕の、高取蒔絵と言う人物に対する評価の全てだ。そこに青春の甘酸っぱい感情など入り込む余地もない。確かに僕にも色々と至らぬ点が在ったのかも、いや、彼女的にはおそらく在ったのだろう。事実、高取蒔絵は誰に対しても横柄と言う訳では無く、寧ろ、クラスの大半は思慮深い印象を持っているハズだ。僕がよほど気に障る事をしたのか?何故、僕に対してだけあんな態度なんだ?とにかく、そんな様なワケで、僕は彼女が苦手なのだ。このまま学校に向かうと、高確率でソレが現実のものとなるのでは無いのか?そう考えると、途端にペダルを踏む脚も重くなり気分も憂鬱になる。まだ薄暗く朝靄の掛かった商店街市場のアーケードを抜けると、車道を挟んだ先は再び住宅街だ。山側に近い為か、周辺を包む朝霧は更に濃く漂い、見渡しはかなり悪い。視界の先には対面の信号だけが鮮明に青く浮かび、そこを渡った先の辻角に、件の坂道が在った。先にも説明したが、わが町は山と海との距離が非常に近く、斯様なわけで急激な坂道が御影山の麓に着くまでに幾つも在るのだが、実はそれ以上に危険な急勾配が多いのは無数の活断層が地面のそこかしこに走っている所為でも在る。勿論、これは僕なぞの浅い見解では無く、この街に住む人間ならば誰でも知っている事実で、恐らく大きな地震がひとたび起これば、ひとたまりもない地区が数多も存在するに違いないのだが……まあ、詰まり何が言いたいのかと言うと、中でも、特にヤバイお化け坂が待ち受けていると言う事なのだ。当然、僕は徒歩を除き、通学にそんな坂道を利用した事なぞ一度も無い。具体的にどんな坂道なのかを説明しよう。そうだな……幅は車一台が辛うじて通れる広さ、左側に狭い路肩帯があり、高台に建つ家の礎石が上に着くまでの間を、ほぼ垂直に建ち並んでいる。入り口の辻角に道路標識、中程に電柱が一本と壁に地域掲示板がひとつ、電柱の影に見えるのは、アレは自転車か?まぁ、違法駐輪と言うやつだ。坂の右側は、下に建つ家々の裏面や屋根がずらりと並び、違法スレスレの勝手口が斜めの道路に対して歪に増築されている。小さい頃、神社のお祭りに行く時に何度か通ったが、子供の低い目線で見上げると、余りにも背が高い左の壁に対し、進むに連れ、右側に建ち並ぶ屋根が徐々に低くなる騙し絵の構図が平衡感覚を狂わす所為なのか、根源的な不安を覚えた。因みに、その時分は商店街に立ち呑み屋も多く、電柱に掴まって寝ている酔っ払いの姿をよく見かけたりもしたが、今にして思えば、大人であろうと、泥酔状態では登りきれない坂道だったと言う事だ。さて、それ等を加味した上で、結論を先に述べて良いなら、自転車なんぞでは絶対に登り切れない。他は兎も角、僕には無理だ。今なら断言できる。だが待て、そのイメージはあくまで子供の頃のもの。幾ら急勾配とは言え、距離にして40メートル弱の坂道だ。その日の僕は根拠も無く、イケるだろ?と軽く思ってしまった。いや、ホント。重ね重ねになるが、慣れない事はするものじゃあ無い。勢いに任せて挑んでは見たものの10メートルも行かない段階でペダルは異様な重さになり、半ばにして立ち漕ぎの状態で完全停止という失態を晒す羽目になってしまう。そうなれば、もう幾ら踏み込もうが頑として動かない。まあ、分かり切った結果だ。暫らく悪足掻きもしてみたが、諦めて自転車から降り手で押した。何とも惨めな気分になった。幸い早朝だった事もあり、通行人等に間抜けな姿を晒さず済んで良かった。と、その時はそう考えていた。大事なのはここからだ。半分ほど坂を進んだ所で、僕はある違和感を覚えた。誰かに見られている。理由なく、そう直感した。思い返せば今朝から全てが可怪しかった。らしくない行動ばかりを重ねている気がする。其れ等は本当に、僕の意志のもとでなされた決断なのだろうか?そんなふうに考えた。下から見上げた時は、確かに誰も居なかったハズの坂道で、今、得体の知れぬ視線を強く感じている。僕はある予兆に震えた。これは人生初の不思議現象に遭遇するのではないのか?と、僕は逸る気持ちを抑え、自転車のブレーキ・レバーを固く握り、その場で慎重に周辺を確認する事にした。まるで一大イベントを楽しんでいる気分で、ところが、その高揚はすぐに終演を迎える。電柱の影に居た。要するに、どう見ても実際に生きている人間が、そこに存在して居たワケなのだ。じゃあ、なぜ直前まで認識が出来なかったのかと言うと、それもまた単純な理由で、要は、角度の問題で見えていなかったと言うか、そもそも壁と電柱の隙間に、自転車が停められていた話しを思い返して欲しい。下から見上げた際、電柱と壁の隙間に、その1台の遮蔽が在り、その上、周囲は朝靄が濃く視界も良好とは言い難かったワケで、つまり、なんだ、人が居ないと言う前提そのものが僕の完全な思い込みであったワケだ。内心ガッカリはしたさ。相手に罪はないが、ホラ見た事か、超常現象なぞ常識的に起こるものか、こんなモンなんだよ、と毒づいた。だがしかし、もう暫らく話しに付き合って頂きたい。寧ろ本題はここからなのだ。いつまでも動こうとしない僕に気付いたのか、その人影は、朝靄の中で少しユラユラと左右に揺れたかと思いきや、ゆっくりと此方に向かって近付いて来るではないか。一瞬ぎょっとなったが、まあ、向こうにすれば僕の方が余程の不審者であるワケで、咄嗟の対応として、休憩してるだけ、と言う体で相手の警戒を解こうと考えた。些か不自然だが、他人の行動なぞ凡そはそんなものだ。ここぞと待つが、車道を隔てた距離が縮まるにつれ、朝靄でぼやけていた相手の全貌がハッキリとした像を結び、僕は計らずも、その姿にハッと息を呑む。人影の正体は女性だった。それも胸が大きく張り出し、腰には豊かな丸みがあり、輪郭は柔らかな曲線を描く……詰まりは、大人の女性だった。誤解しないで頂きたいのだが、真っ先に目を奪われたのは確かにソレであり、何ら言い訳する積りも無いのだが、実際に僕が惹き込まれた理由は別で、上手く伝えられないが、雰囲気と言うか空気感と言うか、まあ、兎に角『顔』なワケだ。いや、これではまだ語弊があるが、切りが無いので話しを進める。目鼻立ちが整ってるのは勿論だが、特に印象的だったのが、その『眼』で……あ〜、クソッ!どう表現すれば……そうだ、例えば『黒髪の美人霊能者』と言うワードを聞いた際、頭に浮かぶ最もポピュラーな姿を想像してみて欲しい。どうだろう?何となくこうだと思う。妖艶で鋭い目尻。長いまつ毛。顔に枝垂れる濡れた前髪の隙間で虹彩を放つ瞳。腰で絞られた紫のワンピースと、真っ赤な裏地の黒いケープを纏った禁忌の存在感。これらの形容が須らく当て嵌る。正に、そんな女性だった。朝靄を纏う幻想的な肢体に、僕の心は完全に魅了されていた。ワケだが、それも数秒で裏切られる嵌めになる。切っ掛けは、彼女の発した一言で、「あのぉ~……な、何か?」と、僕に向けそう言ったのだが、言葉の内容は置いて、その際に見せた表情とか、声色とか、仕草とか、なんだかこう全てがチグハグで、相手の反応を窺う保守的な姿勢も、困り眉での空笑いも、おずおずと視線を泳がせて話す所作も、それが外見にそぐわず拙いと言うか、弱々しいと言うか、概括すれば、見た目から受ける印象との剥離が余りに酷かったのだ。まあ、現実はそうだよな、何を求めてるんだ、と、そんな風に思い直し、軽く会釈をして再び自転車を押し始めると、彼女も重ねて軽い会釈を返し、モソモソと元いた電柱の所へ戻っていく。その後ろ姿を見てハタとなる。彼女は朝っぱらから、何故そんな狭い場所で、一体なにをしてるんだ?当然の疑問で、僕は性格的にも、謎はハッキリさせたくなる質だ。少し嫌な状況も頭に浮かんだが、よくよく見ると、自転車は彼女の所有物らしかった。後ろの大きな荷台には水晶玉が乗った化粧箱が載せられ、フレームの側面に60センチ四方のベニヤ板と角材が括り付けられている。折りたたみ式か、成程な、と納得した。どうやら彼女は『占い師』らしい。どうりでの格好だったワケだ。市場の下は繁華街。飲み屋から帰宅する客を、ここでキャッチする狙いで場所を確保していたのだろう。恐らくは無許可で。奥まった見え難くい場所に居たのも、パトカーの巡回から逃れる為かと、そこまで推察し、僕は逆にホッとした。流石に、こんな美人さんが自転車泥棒なんて事は考えたくも無かったからだ。まぁ、『辻占い』はまるで商売に成らず、虚無の状態で夜を明かしてしまったと察する。良くないが、そう思わせるに確証たる負のオーラが、彼女の荷造りする背からは滲み出ていた。それでも学生である僕としては、容姿を武器とせず、水商売で働かない彼女の様な生き方には、少なからず好感を覚えるのだ。いや、でも、もし将来、彼女とそっくりの女性が居るお店が在れば、通ってはしまうのかな。なぞと邪な妄想をしつつ、自転車を押し、再び坂道を上り始めたワケだが、その時、背後から急に呼び止められた。無論、その主はさっきの女性だ。「あ、あ、あのぅ~……」その声に僕の心臓は飛び出しそうだった。何故かと言えば、頭の中で彼女の良からぬ姿を思い描き、ズボンの前が少し膨らんでいたからで、変に思われたのでは?早く鎮めなければ、なぞ混乱するも、どこか冷静な自分もいて、そんな事でいちいち呼び止めるだろうか?別の理由では無いのか?とも考えた。一瞬の内に様々な思考が巡り、ある可能性が浮かび上がる。彼女は生粋の『占い師』なのか?と。もしかして、本業は水商売で、つまり、その、欲情した僕を見て声を掛けてきた。そうゆう意味で……とか、一度そう思うと、そうにしか思えなくなる。恋愛経験のない僕は急に怖くなった。それは自然崇拝にも似た、未知に抱く怖れの感情に等しい。「あ、ぼ、僕、まだ学生なんで、お金持ってないです!」考え倦ねた末、咄嗟に出た言葉がこれだ。彼女はキョトンとした稚い顔で「はい?」とだけ呟やき、ふたりの間で一瞬の沈黙が訪れ、その直後、あの不思議な事件が起こった。パアンッ!異様な破裂音が間近で鳴り響いた。場所故か、空気の震えが左右から木霊して大空へと抜ける。突然の出来事。僕は進路方向に目をやり、肝を冷やした。看板だ。一部が変形し、地面にはゴムの破片が飛散している。消費者金融の看板が頭上から落下し、自転車の前輪部に直撃したらしかった。スポークは飴細工が如くへしゃげ、タイヤはぺしゃんこ、まさにチューブが破裂した音だったのだ。あと数歩、進んでいたら……呼び止められたのが、数秒違っていたら……ぞわわっと脊椎に電気が疾走り、『占い師』の3文字が脳内をフラッシュバックする。ハッとして踵を返すも、居ない。彼女の姿が煙りの如く消えている。急いで周りを確認すると、坂の下、朝霧を揺らし自転車で辻角を曲がる長い後ろ髪を見つけた。僕はある種の使命感に駆られる勢いで、自転車をそく反転させた。急いで跨り、全体重を使ってペダルを踏み込むが、後はお察しだ。その場でクルンと前転して、背中から地面へと叩き付けられた。前輪がへしゃげている事すらも失念していたのだ。それぐらい全身が熱くなっていた。自分でも信じ難い行動力で立ち上がり、自転車を担ぎ上げ、彼女の居た電柱の隙間へ向けて放り込むと、全力疾走で、脇目も振らずに急勾配を駆け下りた。が、間に合わなかった。しぶとく路地なぞも見て廻ったが、影も形も、そもそも実在していたかすらも疑わしくなってくる。彼女は何処へ消えたのか……それとも、朝霧が生み出した幻影とでも言うのか……

 どうだろう?
 これが僕、横溝清秀が体験した、人生で初の不思議体験である。そして、気になったのではないか?2つ目の理由が尻切れトンボになっている事に。当然、話しには続きがあり、これを切っ掛けに、僕は様々な超常事件に触れてゆく事になるのだが、其れに関しての記述はいずれ行う事とする。以上。

坂ノ上超常倶楽部 ①

坂ノ上超常倶楽部 ①

じゅうぞうです。よろしくお願いします。

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更新日
登録日
2022-05-12

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