ボクのそばに

『一期一会』
確かそんなふうに言ったはずだ。意味は知らんが、いい言葉だと思う。
俺様の生活がまさにそれだからだ。
『一期一会』
限られた時間の中で同じ奴に必ず会える保証なんて、どこにあるんだ?

ヒトリゴト

『一期一会』
確かそんなふうに言ったはずだ。意味は知らんが、いい言葉だと思う。
俺様の生活がまさにそれだからだ。
『一期一会』
限られた時間の中で同じ奴に必ず会える保証なんて、どこにあるんだ?
ましてや、これだ、この邪魔くさい鎖。何度咬みついたって壊れやしない。しまいにはこっちの歯が欠けちまうしよぉ…。
無駄に頑丈なもんだから、ちょっとやそっとじゃ無理みたいだ。
まだそこらのアリみたいだった頃には、それこそ自慢の牙でふっとそよ風を起こしてやるくらいで千切れちまいそうな紐でつながれていたってのに。
うちのあいつらは、よほど俺様のことが恐ろしいとみえる。…その割には扱いが雑なんだが……。


こいつとも、長いな。
こいつもいつの間にかに居やがった。
アブアブ言いながら俺様の美しい尻尾をyoda-reコーティングしくさった日々が懐かしい。 うん、思い出したくないな。
そんなこいつも、ひょろひょろ、夕方の影みたいに伸びやがって、前は俺様のほうがデカかったってのに。  ちっ。
偉ぶりやがって。
なーにがお前は平和そうでいいなぁだ。
そのぺったんこな面に咬みついて引っ張ってやろうか? え?そうすりゃ、ちったぁ、ましな顔になるだろうよ。
もっとシャキッとしやがれっ。


ん?どうしたんだ?

またいつにもまして崩れた顔になってやがんな。
おぉ、人間でもそこまであごが開くのか、てか、外れてね?

誰だおめぇ、近頃どうも眼が悪くてな、ぼんやりとしか見えねぇんだ。うちのバカはあんたを見て大バカ面になってるようなんだが。
ちょっとこっちに来な、なーに大丈夫、咬みつかねぇってば。  ちっ、届かないとこまで逃げやがったか…。

んーーーー。
………それにしても、どこか懐かしい匂いだな。

あ、あぁ、そうかそうか、お前か。長いこと見なかったな。



まぁ、なんていうか、ほんとあれだよ。

『一期一会』

明日会えるかなんてわからない。

でも。

もう二度と会えないなんて誰が言ったよ?
 
 
 
 

トキニハ、ムカシヲ…

それは遠い日の思い出、

といえば、少しは物語っぽく聞こえるのだろうか。

でも実際のところ、物語なんて大層なものではない。なぜなら僕は、
どこか異世界に飛ばされたりとか、
前人未到の秘境に分け入ったりとか、
実は夜な夜な悪霊を退治して回る少年陰陽師だったりするとか、
そんなちょっと煮詰まった感があるファンタジーの主人公ではないからだ。

平凡。

絵に描いたような、平凡。

RPGでなら、名無しで会話アイコンすら出ないような村人A。

中学の図書室に置いてある辞書でその字を引けば、『てめーのことだよ、バーカっ!』と落書きされていそうな雰囲気を、望んではいなくても、その身から垂れ流しているのが、僕だ。

天は各々に才を与えているらしい。

神が与えたもうた才、平凡。

嗚呼……。

どこの神だよそんな利用価値のないもんなんか押しつけやがったのはっ。
ちょっと降りてこいや!

ふぅ……。

なんだかなぁ………。

平凡を与えられ、平凡に生まれ、その身に平凡を培い、平凡に生きる。
平凡に生きる、か。
世の中にはそのことを苦痛に感じる人もいるらしい。
僕は、というと、別に普通じゃん、っていうのが本音。
別に平凡も悪いことばっかりじゃないんだけどなぁ。
平凡、ってことはあれだよ。
他の人たちが経験するであろうことを、御多分にももれず僕も経験できる、ってことじゃないか。
その人たちの中に一人でも『日常』ではない『非日常』を経験している人がいれば、いつかは自分も、と思えてしまうのは僕だけだろうか。
僕だけなんだろう。

僕の考えることは僕の中だけでの正解で、他人にとっては不正解。そんなことばかりだから、僕の学校での成績はずっと低空飛行。
そう両親に言ったことがあったけど、その時は頭の形が変わるんじゃないか、ってくらいキュウリとダイコンで叩かれた。ちなみに、お父さんがキュウリでお母さんがダイコン。


ただ、これだけは間違いではないと確信していることがある。

たとえ、運よく『日常』ではない『非日常』を体験できたとしても、あの日より鮮烈な記憶を僕の胸に刻み込むことにはならないだろう、ってことだ。
あの時よりも成長した今でさえも、あの日のことは昨日のことのように思い出すことができる。
そして、今でも大切な思い出で、
でも思い出すのはものすごく恥ずかしくて、
なぜか泣きたくなって、
だけれど、ついつい思い出してしまって。

思ってしまう。

あの娘は今、と。
 
 
 
 
 

アノヒ、オモイデ

唯一の幼馴染が引っ越したのはあの日のことだ。
引っ越すといっても同じ町内を移動するだけだったから、今生の別れとなるわけではなかった。
それでも引っ越しで学区が変わり、転校、という現実は避けようがなかった。
まだ移動手段のない小学生の時のことだったから、僕の中で学校が変わるということは、二度と会えないということと同じだった。


寂しかった。


その頃から友達作りが苦手だった僕は、心の半分を千切り取られるような哀しみでいっぱいだった。

だけれど、絶対に涙を見せるわけにはいかなかった。


なぜなら、僕のほうが、おにいちゃんだったから。


     幼馴染が、女の子だったから。


僕は幼いながらもおとこのプライドっぽいものを見せつけるために、笑って、別れなければならないと本気で思っていた。
ホントは好きな女の子に幻滅されたくなかったんだろうけど。

だから僕は別れの気持ちを涙にのせることができなかった。

でも、独りではどうも心許ない、というか絶対に泣くと思ったので。
おともにアニエスを連れて行くことにしたのだった。
 




 


今日はいったい何なのだろうか。
散歩と思って喜んで来てみれば、近所で立ち止まったまま一向に歩き出そうとしない。それに小さいながらも人だかりができている。俺様、人だかりは嫌いなんだが……。イテっ、誰だ、今俺様のおみ足を踏みやがった奴は! 咬むぞ!

こいつはこいつで……。
なんなんだいったい、苦虫つぶしたような顔して。歯になんか詰まってんのか?
昼飯、チャーハンだったもんな。俺様にも食わせろよ。
 
「ほら、あんたも挨拶しな、いつも遊んでもらったんだろ」
「もらってねーし、やったんだし……」

なんか言われてら………ちょ、ちょ、ちょっと待て、そんなに引っ張んなって。首っ、絞まる絞まる絞まるっ!

「……………」
「ゆうちゃん……」
「………………………」

なんか喋れよ。
嬢ちゃんに食いもんでもとられたのか?
そんなに睨んで、嬢ちゃん、喋りにくそうだぜ?

「あっちの学校に行っても手紙書くからね」
「……別に……」
「お盆とかはこっちのおばあちゃんちに帰ってくるから、そのときはまた遊ぼ?」
「……無理だろ…」
「………ゆうちゃん……」

……………………………手、離してくんね?すんげー痛い。
いつの間にかこいつ、俺様の美毛を鷲掴みにしやがって……。変な曲り癖がついたらどうする気だ、毛並には気をつけてんだぞ。

「……ゆうちゃん、さみしくないの?もう、毎日会えなくなるんだよ?」
「……別に…お前なんていなくても、全然さみしくないし」

ん?それ、やばくね?たぶん、アウトだとおも、いいいいいいいぃぃぃぃぃてえええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!痛いっ、痛いからっ!そこの毛はそんなに伸びないからっ!抜ける抜ける抜けるっ!ああああああああぁぁぁぁ、なんかぶちぶちいってるぅぅぅぅ!!!

「そう…なんだ……」
「………………………………」

僕の幼馴染はそれだけ言葉を残すと、まだ片付けがあるといって家の中に引っ込んでしまった。
その様子を見ていた幼馴染のお父さんは、僕の頭を手荒くごしごしと撫で、幼馴染と同じように家の中に消えた。
母親たちは立ち話に夢中で何も気づいていない。他の大人たちも僕たち子どものことなんかには気を割いていなかった。
でもその中で、僕のおばあちゃんだけが、僕の横を通り過ぎざまに、思わず大人たちが振り向いてしまうほど大きな音で、ぱちーんっ、と僕のお尻を叩いていった。

「……アニエス……」

はいはい、了解。そんなに恨めしい顔しなくたってついていきますとも。
こんな頑丈な鎖でつながれた日にゃ、逃げられやしませんって。
本当に嫌になっちゃうぜ。

はぁ………。

だからほら、

もうちょっと我慢しな?


    
   

フタリノ ヤクソク

茜色に染まる空。
次第に濃くなる影はゆらゆら
早く早く、と
人びとを追い立てる。


  ずび……………


腹の底から湧き上がるような嬉しさは
誰かさんちの夕飯の匂いのせいだろう。


  ずびずむ………………………


そろそろ夏が、ずびびっ、始まるのだろう、ずいぶん緑の匂いも、ずびーむ、濃くなったな。残念ながら、ずびんびん、俺様は色がわからない。でも、この匂いだけで世界は十分に鮮やかだ。
 

  ずびびびびび………………ずび………………………


丘の、ずびびびびっ、ふもとから、ずびずむ……、吹き上がる風もいいものだな。俺様、ずびっ、の体を柔らかく撫で、毎日入、ずびーーーーーむっ、念に手入れされている美毛をさらさらと流していく。
まるで手から流れ落ち、ずずっずびむびむ、る絹の雫のようだ。
まあ、俺様は長毛種じゃないし、ずびむ、絹ってのがなんなのかも、ずび、知らない、それ以前に手はないけど。

そして町並みは、ずびーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーむっ、ずびっ、


  ずび……ずびびむ…………………………………………………ごっくんっ……


………………………………誰か席を替わってもらえないだろうか。

いったいいつまでこんなところにいるつもりなんだろうか。
何をするでもなく、俺様の体に顔を押し付けて、ずっとこの調子。
あんなに高かったお日様もとっくの昔になくなってしまってるっていうのに。
正直、早く帰りたいんだが。
腹も減ったし。
お前はいいがな、こっちは1日2食だぞ、2食。
1食の重さが違うんだ。そこんとこ分かってんのか?

まぁ、もういいか。
もうすぐ帰れそうだし。

「やっぱり、ここにいたんだ」

背後の林から聞こえたのは夜の空気よりも透き通るような声。
こいつは体を固くして、また俺様の美毛を鷲掴みにする。     だから痛いっつーの。
 
「さ、早く帰ろ?ゆうちゃん」

そうそ、帰ろう帰ろう。飯だ飯!

「・・・お前だけ先に帰れ」
「何言ってるの?早く帰んないと、おばさんたちに怒られるよ」
「・・・・いいからあっちいけっ」

ちょっと待って、俺様だけは帰してくれ。俺様まで罰で飯抜きは勘弁だ。ほら、嬢ちゃんにその鎖渡して、て・・・はあ、どうしてそんなに力いっぱい握ってんのかね、こいつは・・・。

「・・・ゆうちゃん、もしかして、泣いてるの?」

こいつはふるふると頭を横に振る。でも、バレバレなんだよ、やせ我慢。

「おなか、痛いの?」
  ふるふるふる………
「転んでケガしちゃったとか?」
  ふるふるふる………
「何かなくしちゃった?」
  ふるふるふる………

何か喋れよ。

「……さみしいの?」
  ふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるっっ!!

はい、ビンゴ。本当に分かりやすい奴だな、お前は。

「……さっきはさみしくないって言ったよね?」
「……さみしくなんかあるか」

嘘つけ、声が震えてるじゃないか。
どうしてこうなのかね人間ってのは。大人たちが他人の顔色をうかがって話すのはよく見るが、こいつらは、なんだ? 子どものうちから自分の本音を言わないようにしてんのか? なんでそんな面倒なことするんだ?
 
 
 
「私はすごくさみしい……」
 



「!!」
「ずっとゆうちゃんといっしょにいられるんだって思ってたから………」

へぇ、中には本音を言える奴もいるんだな。
でも、誰にでもってわけじゃないらしい。この場合はおそらく・・・俺様にだな!いやぁ、前から嬢ちゃんだけは俺にへの態度が他の奴らと違ってたからなぁ。なんていうの?畏怖?近づくことさえ恐れ多いって感じだったからなぁ。
照れるぜ。

「ゆうちゃんといっしょに学校に行って、ゆうちゃんの卒業式に出て、また同じ中学に通って、…たまには喧嘩して、…… それでもやっぱり最後にはいっしょに笑って………ずっと」

嬢ちゃんの声はだんだんと湿り気を帯びていく。それに伴って、どんどん小さくなって、絞り出さないといけないくらいひどく聞き取りにくい声になった。
 
  

 
「……さみしいよぉ、ゆうちゃん……ゆうちゃんとはなれたくないよぅ………」

   

  

「っつ」
「ずっといっしょにいたい、ゆうちゃんと離れたくない、でもお父さんたちともいっしょにいたい………私、どうしらいいの?ねぇ、ゆうちゃん………」

ついに嬢ちゃんは肩を震わせながら嗚咽を漏らし始めちまった。
せきを切ったように溢れ出した涙は、真っ赤な夕日を浴びて、嬢ちゃんの頬を傷つけていく。
たぶん、溜め込んじまってたんだろうなぁ……。嬢ちゃん、いい子だし………。

ほら、なにやってんだ、いつまでめそめそやってる気だ。

お前にしかできないことがあんだろ。それくらい分かってるはずだ。

俺様はまだ俺様の美毛に顔をうずめていたこいつに体をぐっと押し付ける。

ぶちぶちと何かが千切れる音。……今回だけだからな、見逃してやるのは。


深く息を吸い込む音が聞こえた。


「泣くなっ!」

  
  

お前が言うのかよ。

「泣くなっ!めそめそすんなっ!そんな弱虫、大っ嫌いだっ!」

誰に向けていったのか、こいつは勢いよく立ち上がると、突然の大声に驚いている嬢ちゃんにつかつかと近づいた。
こいつの剣幕に嬢ちゃんは思わず後退りする。
その嬢ちゃんの肩をつかんで引き止め、こいつは、

   
   


「僕がお前を守ってやるっ!」


   

 
「えっ」
「辛くなったら言えっ。あっちの学校でいじめられたら言えっ。さみしくなったらいつでも呼べっ。絶対に助けに行ってやるっ」
「ゆうちゃん……」
「引っ越しがなんだっ、転校がなんだっ! そんなの全然関係あるもんかっ!」

うわっ、こいつ嬢ちゃんを抱きしめたよ。なんか壊れ物を扱うようにそっと、でも強く強く………意外とやるな、こいつ………。メモっておこう……。

「いつでも僕が、……俺がそばにいる。俺がお前の横でずっと守ってやるから、胸張って行って来いっ」

こいつは耳を真っ赤にしてぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら。

嬢ちゃんは思わず見惚れてしまいそうな笑顔で甘い涙を流しながら。

どちらも永く、その涙が枯れることはなかった。



   
   

いつの間にか、夜になっていた。

   
    
   

イチゴイチエ

「ていうことがあったの、覚えてる?」
「……知らねぇ」

こいつはなんか苦虫つぶしたような面で縁側から庭先の木を睨みつけている。
姉ちゃんはそんなこいつの真っ赤になった耳を見ながら、スズランのようにくすくすと笑う。
そして俺様は嗤う。

「いつ、こっちに来たんだ?で、いつまでこっちにいるんだ?」
「あれ?ゆうちゃん、おばさんから聞いてないの?私、この春からこっちのおばあちゃんちから学校に通うんだよ?」
「……初耳だ……ったく、また母さんは………」

姉ちゃんは嬉しそうに昔話から今までの話を話す。
そしてこいつは、表面上は面倒くさそうに、一言たりとも聞き漏らすまいと姉ちゃんの話に相槌を打っている。
ああぁぁぁぁぁっ!
なんだこの桃色の空間は! 桃色ってなんだっ!

「あっちの学校ではなんともなかったか?」
「あるわけないよぅ。みんないい人ばっかりだったんだから。それに、なにかあったらゆうちゃんが助けてくれるんでしょ?」
「……その話を蒸し返すな……」

姉ちゃんのはじけんばかりの笑顔を見て、こいつは盛大にため息をつく。

「おまえなぁ、そんなんじゃ彼氏の一人もできないぞ」
「ん?いるよ?彼氏くらい」
「…………………、ゑ!?」

わぉ、こりゃまた初耳だな。いや、めでたい。こいつには訃報だったようだけど。
 
「そ、そりゃ……よかった………物好きも……いたもんだ……」
「それ、どういう意味よぉ」
「それで?どんな奴なんだ?そんな物好きな野郎は」
「……気になる?」
「べ、別にぃ?ただ会ってみたいなぁ、なんて」

いや、むっちゃくちゃ気になってんじゃん、声が上ずってんじゃん、言ってること矛盾しまくりじゃん。
相変わらず、なんというか……はぁ………。

「会ってどうするのよ」
「……………………そうだなぁ」

すっかり温くなってしまったガラスのコップに入った麦茶を見つめ、こいつは黙りこくる。

  
   
   

どれだけそうしていたか、肺に溜まっていた空気をすべて吐き出すようにして、

   
   
      


「殴るかな」

   
   

 
「!なんで!」
「『こいつのことをよろしくお願いします、この野郎っ』て言ってさ」

こいつは何か憑き物が落ちたように、清々しい笑みまで浮かべて言った。

「自慢じゃないが、俺はお前のことをよく知ってんだよ、それこそ良いところも悪いところもな。そして、お前が一時の感情に流されてしまうような奴じゃないってことも知ってる。物好きのことが好きになったんだろ?そりゃ、お前なりに十分考え抜いた結果だろうから、それなら俺はそのことについてとやかく言うつもりはないよ」
「でも、殴るんでしょ」
「まぁ、それはなんだ、………こっちにもいろいろあんだよ」

少し不機嫌になるこいつ。いい歳して拗ねんなよな。

「………ゆうちゃんはいないの、その、彼女さんとか」

ぎゃっはっはっはっはっはっは。
こいつに彼女?
ないない、いるわけないから、こんなヘタレにいるわけないから!
姉ちゃん、ナイスジョークセンスッ!
 
「…………………………………………………いませんが、なにか?」

痛いほどの沈黙に耐えかねたのか、あろうことか沈黙を破ったのは黙秘を貫くと思われたこいつだった。

「………そうなんだ……んふふふふ、そうなんだぁ」

彼氏持ちの余裕からか、はたまた、立場の優位性からか、姉ちゃんは嬉しそうに笑う。
そしてまた俺様も嗤う。
そしてこいつはさらに拗ねて黙る。
いやー。
なんか、悪循環?
それともカオス?




   
   

「わっ、もうこんな時間。私、帰るね」

姉ちゃんの言葉通り、頭の上の空はもう真っ赤だ。きれいな茜色に染まっている。
 
「さつきっ!」

門扉へと向かう姉ちゃんを呼び止めるこいつ。
何かを決心したかのように息を吸い込み、

「?なに?ゆうちゃん」
「…………………………気を付けて帰れよ」

この数年でヘタレに磨きがかかったらしいな、お前………。
姉ちゃんはこいつにお礼を言うと微かにきしむ門扉を開き、道路へと出る。

「あ、そうだ、ゆうちゃん、私の彼氏さんに会いたいんだったよね」

俺様たちに背を向けたまま、思い出したように姉ちゃんは言う。

「明日の朝、見せてあげるよ」

おほっ、いいねいいね、その顔。苦虫のフルコースでも食ったのか?晩飯食えんのか?食えねぇなら俺様にくれ。


  
   
「起きたらすぐに鏡を見てね。
そしたら、私の彼氏さんに会えるからさ」
    
  


それだけ言うと姉ちゃんは一度だけこちらを振り返って笑い、そしてすぐに夕日に向かって走って行ってしまった。
こいつはしばらくの間ぽかんとした表情を浮かべ、ってなにしてやがる!姉ちゃんを追いかけろ!


   
  
「わふんっっ!!!」

   
「はっ!さつき!?」
   
  



こいつはじかれたように走り出した。

今度は俺様は必要ないらしい。

まぁ、いっか。ゆういちも大人になったってこった。めでてぇこった。
別に寂しくなんてないさ。
どっちみち、犬の俺様には関係ないことだからな。

そうさ。


家々の窓に明かりがつき始める。


自分の影に追われるように帰宅を急ぐ人たちの流れも絶えはじめる。


食欲をそそる匂いが漂い、俺様の鼻をひくつかせる。


空は茜色から群青に。


 

俺様の一日が今日も終わろうとしている。
 



今日は面白い『一会』があったな。そのかわり、

もう会えなくなっちまったのもいるけどな・・・。まぁ、それはそれで、


 

「アニエスっ、お前も一緒に来てくれっ。一人じゃだめだ、まともにさつきの顔すら見れやしない。だから、ほらっ、行くぞ!」

 
 

だぁぁぁっ!

まだガキなのかっ!ヘタレなのかっ!
せっかく手のかかる子どもが大人になった瞬間に感じるような何とも言えない感情に浸ってたっていうのに!

このガキっ!

ああ、ああ、ついて行ってやる、ついて行ってやるから、そんなみっともない顔すんなよな。ほら、シャキッとしやがれっ!

嬉しくない、嬉しくなんかないぞ。全然嬉しくなんかないんだからな!また頼ってもらえて嬉しいなんてこと、あるわけがないっ!


ほら、いくぞ!姉ちゃんを追いかけるんだろ。


 
 

大切な「一期一会」だ。

 
 



絶対に離すんじゃないぞ。


 


                                                       完

ボクのそばに

初めて書きました。
初めて投稿しました。

やっと完成です。
完成のつもりです。

この短編を書くにあたって自分なりに考えたことというか、テーマ?みたいなものは、題名です。
誰が、なのでしょう。
誰と、なのでしょう。
そんなことを考えてました。

まぁ、今回は初めて、ということで、「(自分なりに)完成させる」ということを第一目標としていたので。
これでよかった、     のかな?

ボクのそばに

こいつはいつの間にかここにいた。 そしていつも何かを思い出しては悶えている。 はっきり言って、おかしい、不気味だ。 これは、あまりにもこいつが気持ち悪いから、心優しい俺様がこいつの思い出を少しのぞいてやっただけのことだ。 断じて興味本位ではない。 暇つぶしだ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-04-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ヒトリゴト
  2. トキニハ、ムカシヲ…
  3. アノヒ、オモイデ
  4. フタリノ ヤクソク
  5. イチゴイチエ