星を拾う人

落ちた星はどこへ向かうのか

「おい、怒られるだろ。さっさと戻るぞ」
厚着はしているが場所が場所だ。分厚い手袋を冷気が貫通して手の感覚が失われていき早瀬のことを叩いてもじーんとしびれる感覚だけを感じる。
「怒られるのが嫌ならお前だけ戻ってればいいだろ。無理に俺に付き合わなくても誰も怒らないぞ」
早瀬は氷の上を這いつくばりながらもこちらに声を飛ばしてくる。その声も少し意地を張って引くに引けなくなった震え方をしていてどれだけ頑張っても報われなければ滑稽で悲しいやつになるだろうな。
いや、馬鹿みたいに高い費用払って早瀬についてきた自分もなかなか滑稽なのかもしれない。現に長い時間かけてたどり着いた場所は地球の果てで、到着後もやることは珍しい動物を見学しに行ったり別に最高においしいわけではない雑な料理を食べてじっと待っているだけだ。
そもそも早瀬がなぜ南極に来たかったのかがわからない。
「さっきから何這いつくばってんだよ。探し物か?」
「隕石を探してるんだよ」
唐突に今回の旅の目的を明かされて呆然としてしまう。
「隕石?」
見渡す限り白い大地のいったいどこにそんな石ころが落ちているっていうんだろうか。
早瀬はそれでも懸命に目を凝らしながら氷の表層を透かすようにして隕石を探している。極夜のせいか常に辺りは薄暗いため隕石探しも手に持った頼りない懐中電灯を近づけて行なっている。
「お前、そんなもののためにわざわざ南極まで来たのか」
今回の旅の目的も分かったし、その目的も果たされそうにないのでさっさとテントへ暖を取りに戻るため、早瀬を連れていくことにした。
「隕石なんて近所のプラネタリウムで買えるだろ」
早瀬の家から自転車で五分走ると大き目のプラネタリウムがある。そこのお土産屋では多種多様な星に関するグッズを取り扱っているはずだから、本物かどうかはさておき隕石を手に入れることはここに来るよりかは容易だったろう。
早瀬は話をきちんと聞きながらも隕石を探す手を止めないで少し考えこみながら反論をしてくる。
「それはさ、本物感がないじゃん。そんなチャリで行けるところにある隕石なんて大体偽物だよ」
子供のようなこだわりを見せ始めた早瀬に少しだけため息をついてしまう。どうしてこんな奴と世界の果てまで来たのだろうか。
変わらず立ったまま早瀬のことを見ているがそろそろ足の裏からも氷の温度が伝わってきて小指からずきずきと痛んでくる。正直ここからテントに向かって帰るのかと思うとうんざりしてしまうのでここで突っ立ている。一人で帰るには気力がいるから。
朝が明確に来ないからどれだけここにいたのか、今が大体何時なのかも判断することが難しい。スマホとか電子機器類は寒さで動かないためツアーから離れたここにいる事がそもそも危険なのだが、早瀬は未だに真っ白な地面に這いつくばっている。
探し物が隕石だと聞いてからかなり気が抜けてしまったと同時に、まず隕石を探しに南極まで来る意味がわからない。隕石が欲しい理由もだが、かなりの額の旅費を支払って南極まで来た意味がわからない。
「世界で一番、隕石を手に入れられる場所が南極だったってだけだよ」
質問しなくても疑問に答えてくれた。
「ほとんどの隕石は海に落ちて消えるか、そこら辺の石ころに混ざってわからなくなるんだよ。ここなら一面が氷で石と混ざることはないし」
ならばなんで北極じゃ駄目だったのかとか、どうでもいい疑問が浮かび上がってくるが口に出す元気もない。
じっとしているからか体が冷え切ってしまったが、動き続けている早瀬は湯気を立てながら手をスコップにして雪を払い少しづつ見ていない場所を進んでいく。
さっきから全く動きが変わってなくて機械のように動く早瀬。
早瀬って結構頑固な奴だったよなとふと思い返してしまう。自分が決めたことを絶対に曲げず、そのさまがかっこいいとも思うけど問題のほうが多くて今この状況もその頑固さからくるものだと思うと自分は振り回されているなあと感じる。
「突っ立っているだけなら手伝えよ。早く帰れるぞ」
「なんで隕石なんか欲しいんだよ」
「そりゃ、願いごとが叶いそうじゃん」
想像よりもロマンチスト的な言葉が飛び込んできたし、物凄い笑顔でそう言われてしまうとムカつく気にもならない。
「隕石ってつまりは流れ星の果てだろ。たまに空でしか見かけない星を拾ったら願いとかあっという間に叶えてくれるかなって」
「マジで言ってるの?その流れ星のかけら、誰かの願い叶えられなくて落ちたやつかもしれないのに?」
「それならたくさん集めれば一つくらい叶えてくれるでしょ」
頭の中がお花畑すぎて会話が通じない。通じないだけならいいものの否定すれば更におめでたい反論が返ってくる。
「早瀬お前さ。この旅行決めた飯の時に傷心旅行とかボソボソ愚痴ってたけど、こんな事で癒されんの?」
落ち込んでるかと思ったら、全然いつも通りで旅行先が南極でツアーから離れて隕石を取りに行き始めて、人間はとち狂うと何にでも縋りたくなるのは分かるがついてきた自分を納得させるものであって欲しかった。
腕を組むようにして体を縮こまらせてしゃがみ氷の粒を見続けて、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「鈴原って覚えてる?俺の友達の」
早瀬は目線は下を向きながらも、星を探すのを一旦やめて独白みたいな調子で声を飛ばした。
「幼馴染というか腐れ縁というか、まあ古くからの知り合いで仲よかったんだよ。それが結婚してさ」
多分、早瀬の傷心の原因である人物の話なのだろう。なんともわかりやすい男だ、好きだった女が結婚して傷心旅行なんて女々しいにも程がある。
「一緒にいて楽しいが好きになるか分からないけど、多分好きだったと思う。というか今も好きなんだと思う」
自分はこの早瀬という男の語りが好きだ。特に好奇心で様々な場所に赴き聞いたこともない体験を聞かせてくれる間は自分もそこにいて馬鹿をやっているような感覚がして好きだ。
「その傷心旅行が南極で隕石探しか?なら拾った星に願うのか?想いが届きますようにって」
最後のは余計なこと言ったかと後悔したが、少し棘のある言葉で早瀬の真意を探ってみた。
「それもある。いやきっとそれが一番やりたいのかもしれない」
「女々しいね、なんも変わらんのに」
違う、本人が納得できる行動ができたらそれで良いはずだ。
「いや、変わるよ。俺の行動が少しでも意味のあるものになってほしい」
早瀬はずっと要領を得ない話しをし続けている。願望が言い訳の中に入り込んで口を開けば芯の無いことを言う。
「もう良いよ、痛々しいよ。愚痴とかなら聞くからもう戻ろうよ」
「駄目だよ。ここで隕石見つけられなかったら本当に馬鹿になっちゃうから。何も話せなくなるから」
痛々しい早瀬が意地になる姿は、イライラしてこっちまで辛くなる気がした。
「もう結婚した過去の女は忘れる事。そいつの眼中に早瀬は存在しないんだよ。だからこんな事しても無意味なんだよ」
早瀬はそう言われてようやく、こちらに顔を向けた。来ているジャケットはビショビショになりニットの帽子もクタクタと情けなく、ネックウォーマーは息の湿気によって霜が降りている。早瀬は細かく小さい白い息を口から吐いている。
「鈴原がさ。妊娠したって教えてくれたんだよ」
特に声の調子は変わらずに言った。
「久しぶりに連絡があって、全然忘れてたんだけどすごい懐かしくてさ。その時に結婚とか妊娠とか聞いて、すごい幸せそうな普通な人生送ってそうで」
さすがに気持ち悪い。初恋をこじらせてもう伝えることができない思いをぶつけるために世界の果てまできて、想い人の現状を連れに話し始めるのはこっちだってどうしたらいいかわからない。
「そしたら、もしかしたら死ぬかもって」
はっきりと話しているはずなのに、風の音で早瀬の声がか細くなっているように聞こえた。
「出産のときに死ぬかもだから、その前に仲の良いお前と話ししとこうかなってさ。そんなの聞いちゃったら困っちゃうよな」
別に声は震えていない。泣くほどの悲しさもない。でも知ってしまったのだから考えてしまうのだろう。
「好きなんだったら、会いに行けばいいじゃん。なんでこんなとこ来てるんだよ」
「きっと向こうは俺に会う時間なんて惜しい」
卑屈だ。
「なら連絡だってしてないだろ」
「みんなに連絡したかったんだろ。俺だけに連絡したわけじゃない」
理論立てて言い返してこないで。
「ならなんでそんな、早瀬に見向きもしない女を振り向かせるために隕石拾うんだ?」
早瀬は静かに、それでいてしっかり伝えるようにして声を発す。
「俺はね。隕石拾って思いを伝えたいわけじゃないの。ただ無事に出産を終えてほしいって願いのために今探しているんだよ」
本当にそれだけなんだったら早瀬には何も残らないんだよ。ほんの少しおかしな面白いことをしたやつだって。
「好きな人が幸せになれるように、好きな人を少しでも元気づけることができるなら何でもやれる」
お前いつもはそんなに頑張らないじゃん。なんでそんなに割に合わないことしてるんだよ。
「これはきっと鈴原にとって面白い話になるだろうし、俺にとって強い願掛けにもなるんだよ」
「好きな人ってだけで、そんなことするのか」
「するよ。そんできちんと見つけて鈴原に伝えるんだ、星を拾って願ってきたよって」
早瀬はそういってこちらに背を向けてまた進み始める。
好きな人のためにこんなことまでするか。こんなことして好きな人が幸せになるかどうかすらわからないのに、その人の幸せのためにと星を拾おうとする。
きっと拾えなくても奇譚として鈴原さんに伝えるんだろう。
こんなくだらない会話をしている間にいつの間にか頭上にはオーロラがゆらゆら揺れている。
早瀬はそれに目もくれず落ちた星を探す。
さっき自分が言った言葉が自分を傷つけ始める。そうだよな、そんなことまでしちゃうんだよな。
そう思いながら、私もオーロラを見ず俯きながら早瀬のために星を探す。

星を拾う人

星を拾う人

南極まで星を追いかけに来た男。 星を見つけることができれば願いが叶うと思っている。

  • 小説
  • 短編
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-05-11

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