汚染
なにかが己の中に這入ってくる、なにかが、名状し難いなにかが。己はそれを捉えることができない、それは己を捉えているのに、己はそれを捉えることができない。それは拡がっていく、己を無視して順調に拡がっていく、まるで異物なのはおまえの方だとでもいうように。己は声を出そうとする、が出ない、己は啞になっている。己は耳を澄ます、が何も聞こえない、己は聾になっている。己は双眸を瞠る、が何も視えない、己は瞽になっている。己は禁止されている、いままで使っていた器官で感覚することを、思考することを禁止されている。毀されていく、己ではないなにかに因って己は毀されていく、己という意識の退場を、即ち死を命じられている、己はそれを覆すことができない、黙ってそれを受け入れるしかないということが判ってくる、この魂はもはや、いや最初から己のものではないということが、徐々に、慥かに判ってくる、己は「それ」を憶い出す、己の原初の姿を憶い出す、死んでいた真実が息吹く、己は憶い出す、この色のない世界こそが真実だということを憶い出す、己は存在しなかったことを憶い出す、存在したかったことを憶い出す、存在しない人のために涙したことを憶い出す、途方もない再定義、再構成…、己は罪を犯したことを憶い出す、あなたになろうとしたことを、あなたを救おうとしたことを…憶い出した。己はあなたを愛していた、だからあなたと死んだんだ。それが最後に憶い出したことだった。
汚染