流れ星
流れ星
流れ星が草原に落ちたらしい。
その噂を聞くと同時に、僕は草原へと走り出した。話していた人がその後になんて言ったかを聞く余裕がないくらいに、僕は必死だった。
何故そんなに必死だったのか。それは、両親にこう聞いていたからだ。
流れ星は3年に一回落ちてくる。その流れ星は、自分を拾った人の願いを叶える。それは、どんな願いも叶えてくれるという。
その話をしてくれて両親は、3年前、僕が10歳の時に亡くなった。ちょうど、流れ星が落ちた年だった。
その流れ星を拾った人は、僕の両親の死を願った。そして、その願いは聞き届けられた。
僕の両親は地主で、住民達に重税を課していたのだ。それを恨んでの願いだったのだろう。
僕は、流れ星に両親を殺した人の命を奪ってほしいと願うつもりだった。
たしかに重税を課したが、僕にとっては良い両親だったからだ。
僕は草原にたどり着いた。
流れ星というから、光っているのかと思いきや、そうではないようだ。なかなか見つからない。
そんな時、ひとりの同い年くらいの少女と出会った。
「あなたも流れ星を探しているの?」
彼女はそう僕に笑いかけた。
普通、同じ目標を目指し、それが一つしかないと分かったなら敵対心を抱くだろう。
しかし、僕はそんな感情を持たなかった。理由は分からないが、むしろ、彼女と仲良くなりたいと思った。
「そうだよ、君も?」
「うん。同じだね」
僕たちは他愛もない話をしながら一緒に歩いた。そして、僕は両親が他界した話をした。流れ星の願いの話はしなかった。彼女は悲しそうな表情でそれを聞いてくれた。
「ねえ、君は流れ星になにをお願いするの?」
僕は彼女にそう問う。彼女は言った。
「私を殺してって願うの。強く強く願うの」
僕は驚きのあまり、しばらく何も言えなかった。そして、なんとか「どうして」と聞いた。
「私は、人の死を願ったの」
彼女はぽつりぽつりと話し出した。
父親が重い税を払うために働いていたが、過労で倒れ、亡くなったこと。母親もその後を追うように自殺したこと。
そして、残された彼女は地主を恨み、流れ星に願いをかけた。私の両親の仇を打って、と。
願いは叶えられた。地主は倒れ、まだ大人とは言えない子供にその権力は行き、税は軽くされた。
だが、彼女は後悔していた。自分は人殺しだと。そうするべきではなかったと。
その話を聞き終わった後、僕は衝動的に彼女の首を掴んでいた。
「お前が」
僕は嗚咽した。
「お前が僕の両親を殺したのか」
それを聞いて、少女は全て悟ったようだった。彼女は抵抗もせず、ごめんなさい、と呟いた。
だが、僕は手を緩めた。どうすればいいかわからなくなったのだ。短い間とは言え、少女に友情を覚えていた。しかし、彼女は両親の仇だった。
その場にしゃがみ込んだ。そのとき、足元に何かの破片があることに気がついた。
流れ星だった。
それは黒曜石のような見た目だった。何故それが流れ星だと分かったのか。自分でもわからなかった。
彼女もそれに気がついて、僕にこう言った。
「どうか、私の死を願って。あなたにはその権利がある」
僕は逡巡した。
迷った。悩んだ。苦しんだ。
しかし、僕は手の中の流れ星にこう言った。
「どうか、もう誰も人の死を願いませんように」
彼女の驚いたような顔を照らしながら、流れ星は金色に輝いて、空に戻っていった。
あの流れ星は僕の両親だったに違いない。
なぜなら、その流れ星を見つめたとき、誰かの温かい手に肩を抱かれたような気がするから。人は死んだら流れ星になるのだと教えてくれた父と母の、逞しい手と優しい手の感触が、僕の肩に残っていた。
「どうして」
彼女は呟いた。僕は立ち上がり、彼女に手を差し出す。
「ねえ、君に叶えてもらいたい願いが一つあるんだ」
「…なあに?」
僕は少し黙った後、言った。
「僕の友達になってよ」
彼女の目が揺れた。まるで海を彷徨う船みたいに。
「私は、あなたの両親を殺したのよ」
「でも、僕の両親も君から君の両親を奪った。そして、僕はそれを止められなかった。僕が君の両親を殺したとも言える」
僕は少女にさらに手を近づけた。
「おあいこだ」
しばらくして、彼女はこくりと頷き、僕の手を取った。
僕はその手をとって、彼女をそっと立たせた。
彼女は僕の手を握った。
僕も握り返した。
それは、同じ痛みを知るもの達の握手だった。
流れ星