炎の王 3

現実か妄想か。彼にはもう分からない。

 ふと、何かのきっかけで目が覚めたトムは、つい先ほどまで見ていた夢を、頭の中で反芻する。思い返せば恐怖しかない無限の空間。しかし、夢の中ではそこは安らぎに満ちた、安穏とした場所だった。
 ベットがら体をお越しながら、白昼夢が酷くなっていることに違和感を覚えながらも、時間があれば解消する方法でも探そうと簡単に考える。その時は、またあの図書館に向かうことになるのだろう。


 見上げた昼時の空。太陽がちょうど真上に来た時分。いつもの公園のベンチに座り、いつもと同じように物思いに耽るフリをする。やりたい事などない自分にとっては、それぐらいしかやれる事がなかった。
 しかし、今日は少し違う。何かがおかしい。脳が締めつけられるような、何かに圧縮されるような、加速する白昼夢が、まるでトムの意識を刈り取らんするように。夢と現実の境界がボヤけ、一つとなり混ざり合うその寸前。いつもの様に見知った顔に声を掛けられ、トムは現実を認識出来た。
「描けたよ、あの風景」
彼らしくない、興奮冷めやらぬといった雰囲気で、レイは捲し立てた。
「描けたんだ、僕の夢の光景を。ようやく絵にできたんだ。口に出しただけで霧散していたあの風景。ようやく描けたんだ」
「そうかい、それはどんな風景だっていうんだ?」
レイの方を向いて、トムは息を呑んだ。彼は見る影もなく、明らかに、異常に、窶れ老け込んでいたのだ。
 何かがおかしい。そして不意にまたあの白昼夢が襲う。時の彼方の外宇宙を覗く。トムは知っている。そこに何がいるのかを。
 朦朧とした意識は不意に、手に触れた、覚えのない感覚によりまた現実へと戻された。聞いたこともない絵師の画集が、いつの間にかトムの手に抱えられていた。
「扉だ。あの捻れた扉。あれが何度も夢に出たんだ」
「…そうかい、良かったじゃないか」
「…トム、どうしたっていうんだ?何時もなら僕を皮肉ってる筈だろ?」
「レイ、何かおかしくないか?町の様子がなんだか嫌なかんじだ」
「町は何時だってこうさ。皆が陰鬱で、夢を夢見るだけだ。でも僕は違う。僕にはあの絵がある」
 恐る恐る画集を開くトム。そこには、見たこともない畏怖すべき存在が流麗な筆跡をもって描かれている。
「それは本当に描きたいものか?」
 その画集を見ていると、自然と、そんな言葉が口をつく。中程まで開いたそのページ。見覚えのあるその姿。極星に刻まれた歪な容貌。悪夢の中の光景が描かれたその画集を、トムは心底気味が悪いと思った。そして同じくらい、居ても立っても居られなくなった。
「忠告しとくぜ、レイ。絵を描くんじゃない。何かがおかしいんだ」
 嫌な汗が背を伝い、トムの視界を薄く飴色に染める。何故レイに絵を描くなと言ったのか。画集を見たその瞬間。トムは確かに理解した。
 

 あの夢は現実なのだ。奴はこの世界を目指している。
 灼熱の憎悪と憤怒にその身を燃やし、あらゆる万物を巻き込みながら、この世界、次元へと、最短距離を突き進む。おそらく止めることなどあらゆる方法を用いても叶わないだろう。暗黒の世界に産まれ堕ちた炎の王を、トムが観測してしまった。奴はそれを許さない。何年先になるかも分からないが、奴は必ずやって来るのだ。
 戦わなけばならない。万象を犠牲にしてでも。トムだけが王を知っている。


 そして一人の男が、町を離れた。

炎の王 3

炎の王 3

炎の王 完結です

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-05-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted