きらきらな世界を.

きらきらな世界を.

1.


「今日の天気予報見た? 雨だよ!折りたたみ傘持って行きなよ!」

「ハンカチ入れた?ティッシュは? りんちゃん風邪気味でしょ」

「はい、僕の定期使ってね。あ、迎えに行こうか?」


春樹は過保護だ。


「もー…、分かってるってば!一人で帰れるよ!」


私は視覚障がい者だ。

小学校の入学式の日、事故で目が見えなくなってしまった。

絶望する私の手を握り続けたのは、春樹だった。


『ごめんね、ごめんね…』


ベッドで横たわる私の隣で、春樹はずっとそばにいてくれた。

春樹のせいじゃないのに。


だけど、弱い私は春樹を解放してあげられない。

大好きな春樹には、ずっとそばにいてほしいから…



「今日は浅井さんと会うんだっけ?」

「うん」


浅井さんっていうのは、私の親友の楓のこと。

春樹は、私以外の女の子を名前で呼ばない。



「はい、杖!行ってらっしゃい、待ってるね」


事故に遭ってから、雰囲気に聡くなった気がする。

今の春樹は、きっと特上の笑顔。



「行ってきます」


せめて私も精いっぱいの笑顔で応えて、春樹に手を振った。



―…

いつまでもこんな日が、続けばいいのに。

プロローグ


「ぼくの手をはなさないで、
 ぼくがりんちゃんの目になるよ」


春樹はいつも私のそばにいた。
いつだって私の手をひいて、きらきらな世界を見せてくれる。


だけど、もういいんだよ。
幸せになっていいんだよ。


この手を離してもー…

2.

いつも通りの道を通って、いつも通りの人に声をかけられて、

いつも通りのお店に着いた。


行動パターンは決まってるけど、外出するのが楽しくて仕方ない。


外出の度に春樹は半泣きで心配してくれて、

過保護すぎると思うけど、それも少しうれしいのは秘密。



自動ドアをくぐると、聞きなれた柔らかいピアノが耳に入る。


「ドビュッシーの…」


「夢、だよ。りんちゃんいらっしゃい」


「マスターさんと、楓!」


「ささ、座ろ座ろ!」



実はここのマスターは、楓のお父さん。

つまり、浅井家はおしゃれな喫茶店。


マスターには事故のこととかでたくさんお世話になってて、とても感謝してる。


「ちょ、引っ張らなくても自分で行けるから!」


ぐいぐい袖を引っ張る楓に苦笑しつつ、サンドイッチとコーヒーを頼んで一息。


「で、最近春樹くんとはどうなの」

「どうって…、いつも通りだよ」


楓は昔から私の相談相手で、もちろん春樹への気持ちも知っている。


「私と春樹は、きっとそういう関係にはなれないの」


事故から、春樹は償いのように私のそばにいてくれる。

恋愛感情とは、全然違う。春樹は昔から責任感の強い子だったから…。


「ふうん。でも。りんのこと大切にしてるのすごく伝わってくるよ」

「そう、かなあ。
 学校で女の子たちに盗られちゃわないか、心配だよ…」


春樹は100%人気者だ。いや、120%といってもいい。

事故のことさえなければ、今頃はほかの女の子と…


「あはは、大丈夫だよ!もちろん人気者だけど、あたしがちゃんと見張ってるから!」

「本当に本当に、よろしくね」


楓と春樹は同じ高校だ。

地元の公立で、偏差値はそこそこ。

事故に遭ってから学校に行けていない私にとっては、とても羨ましい。


「任せて。
 だけど、見張るまでもなく春樹くん誰とも付き合う気ないみたいよ」

「そっか…」


それは多分、私のせい。

ごめんね、春樹…


「お待たせ。サンドイッチとコーヒーだったね?」

「はい」


それから散々くだらない話をして、二階の楓の部屋に上がる。


いつも通りの、楓の甘い優しい匂いが………あれ?

「楓…」

「何?」

「最近誰か部屋に入れた?」

「…!い、いや、入れてないよ!?」


怪しい。

これはもしかして…


「楓、彼氏出来たの?」

「ぶっ…、げほ、げっほげっほ!」

「だ、大丈夫?」

「りんって…すごい…」


ってことは…


「え、出来たの!?」

「実は…」



か…楓に彼氏!?

確かに、大雑把に見えて濃やかだし、素直じゃないけど真っ直ぐだし、でも、でも…



「ど、どんな人なの」

「バカでバカでバカな人。でも、優しいの」



空気が柔らかくなる。

彼を語る愛しげな楓の声は、もう私の耳には入っていなかった。

3.

彼氏…かあ…


あの後さんざん楓ののろけを聞くともなく聞いて、

ふらふらと帰り道を歩きながら、楓の話を思い出してみる。



『頼りないところもあるんだけど、そこがまた可愛くてさー』

『あたしがいないとダメなんだよねあいつ…』

『嫉妬とかもすごくて、毎日メールと電話してんの』



正直ショックだった。



私には遠すぎる世界の話。

春樹にとってはそう遠くない話。


もう、楓に会うのも控えようかなあ…



「…ただいまあ」



ため息交じりにドアを開けると、春樹がとんで来た。



「りんちゃんおかえり!…どうしたの、しんどいの?熱測る?」



「大丈夫、部屋、行く…」



顔もろくに見ずに部屋に逃げ込む。



今は春樹と話したくなかった。

春樹の真っ直ぐな心配が痛かった。

こんなことを思っている私を純粋に想ってくれる春樹に、申し訳なくて…



コンコン



「りんちゃん…?」


気遣うようなノックと春樹の声で、ふと我に返る。



何してんの、私。



春樹に心配かけちゃいけない、十分心配させてきたくせに。



「本当に大丈夫だよ!ただ眠いから、ちょっとお昼寝するね!」


精いっぱいの明るさで、春樹に返事する。



「…そっか。下にいるから何かあったらすぐ呼んでね」



とんとん、と階段を下りる音をのんびり聞いているとすごく安心できて、

少し落ち着けたような気がした。


好きなの。

事故なんて関係ない、ずっと昔から。

だけど想いを伝える権利なんてなくて。


まっすぐにぶつかった女の子たちはみんな玉砕していて、

それはきっと私のせいで、

その子たちを見て心の隅で喜ぶ自分がいて、


………


なんなんだろう、私。

いつまでこんなことしてるんだろう。


そんなことをうだうだ考えてる間に、瞼はだんだん重くなり…

4.


――――――………


「りんちゃん!」


春樹だ、春樹が見える…!



「春樹、春樹…!
 
 私、見える…春樹のこと、見えてるよ…!」



ぱあっと輝く笑顔が、おひさまみたいな春樹が見える!



「よかったね、りんちゃん。

 これで僕も他の女の子と恋愛できるよ」


「そんな…春樹、やだ、行かないで」



背中を向ける春樹。


誰と手を繋いでいるの。


その隣の女の子、誰なの。


行かないで、ずっと私のそばにいてよ…!


――――――………


「春樹!やだ!春樹い…!!」


はっと目を覚ます。



…なんだ、夢か。



「大丈夫…?りんちゃん、ずっとうなされてたよ」



頭に柔らかい感触を感じる。



春樹に頭を撫でてもらうの、いつぶりだろう。



「ん、大丈夫…」


「浅井さんと何かあったの?」


気遣わしげな春樹の声が、素直に胸に落ちる。


「何でもないよ、大丈夫だってば」


微笑んでみせる。


「そう…?

 ごはん出来てるから、一緒に食べようか」


「うん」
 


春樹は先に立ち上がって、私の手を握る。



「りんちゃん…?」



立ち上がっても手を離さない私を、訝しげに見つめる春樹。


「春樹…ずっと、傍にいて…」



震えていた。



声も、手も、心も。



「…りんちゃんがそれを望むなら」



ああ…


恋なんかじゃないんだ。



この人が私と一緒にいるのは、責任で、義務なんだ。



私が解放するまで、この人はきっと傍に居続けてくれるんだ。



「あ…あはは!変なこと言っちゃった!ごめん!

 早くごはん食べよっか!」



顔を見られたくなくて、急いで部屋を出て階段を下りる。



繋いだ手は、離されていた。



この時、手を離さなければ未来は変わってたのかな。



ずるっ



「あっ…!」



「りんちゃん!!!」



鳴る救急車のサイレン。



―――………


ごめんね春樹、私はあなたを解放できないの…


弱くて、ごめんね…

5.


目が覚めたら、消毒の匂いが鼻についた。



「ここ、どこ…」


「あ、目さめた?」



春樹…?

あ、そうだ私階段から…



「春樹、春樹、私…、ごめ…」



ぎゅっ



強く、強く、抱き締められる。



「…じ、で、よかっ…」



首筋があたたかい。


春樹、泣いてる。



「心配させて、ごめんなさい…」


「うん、心配した。無事だったから許す。」



くっついた体から春樹の体温が伝わる。


とくとく、とくとく、


命の音が伝わる。



言おう。世界一大切なこの人に。




「わたし、春樹と離れる」



「え…、何言って…」



「もう、うんざりなの。毎日毎日、おせっかいばっかり。

 私が目見えないの、馬鹿にしてるの?」


春樹、きっとすごく傷ついた顔してるんだろうな。

ごめんね。ごめんね。ごめんね。

あなたは優しいから、こう言わなきゃ離れないでしょう。

死ぬまで”責任取る”つもりなんでしょう。


「…馬鹿になんてしてないよ。

 離れるなんて許さないから。」


「もういいの。荷物になりたくないの。幸せになってよ。

 女の子と遊べばいいじゃない。付き合えばいいじゃない。

 春樹の生きたいように生きてよ!」



春樹がわざとらしく溜息をつく。



「誰が他の女の子と遊びたいっつった?

 りんちゃんの目の代わりは、他の奴になんてさせねえよ」



震えが伝わる。


春樹、怒ってる…?



「お願いだよ、りんちゃん。離れようとしないで。

 僕、りんちゃんの目になるんだ。約束しただろ。」



やっぱり春樹は私を離さない。



「は、なし、…てよおっ…!

 好きな人に義務で傍にいられる気持ち分かる!?」



春樹の腕の中で暴れてみるけど、勝てなくて。



「僕、りんちゃんが好きなんだ。

 ほかの女の子なんて全く眼中にない。

 りんちゃんが傍にいれば幸せなんだ。」

きらきらな世界を.

きらきらな世界を.

結局は恋物語になる訳なんですが、 そう簡単にはさせませんよ!! たくさん苦労して、回り道の末幸せになってもらおうかな、と思っています。 ぜひぜひお付き合いくださいな。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-16

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  2. プロローグ
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