星の砂
星の砂
金平糖は嫌いだ。
俺は金平糖の瓶を持ち、そう思った。
しかし、俺の息子は金平糖が好きだった。幼少期の頃から、金平糖の瓶を買ってやると、嬉しそうに手のひらに包み、大切そうに食べていた。
「あなた、お風呂が沸きましたよ」
妻の言葉が俺を現実へと引き戻す。背後にいる妻に向かって「分かった、すぐ行く」と返事をする。
妻は俺の方を見ていた。
いや、正確には俺を見ているのではなかった。俺の前にある、仏壇を見ていた。
俺は仏壇の前の座布団から立ちあがる。
「着替え、ここに用意しておきましたから」
「ああ、ありがとう」
妻は仏壇をしばらく眺めた後、ゆっくりと部屋から出ていった。その姿があまりに弱々しくて、俺は思わず彼女に声をかけた。
「大丈夫か」
妻は振り返り、弱々しく笑う。
「私が倒れたら、あの子は心配しますもの。大丈夫ですよ」
妻はそういうと、暗い廊下に静かに消えていった。
俺は着替えを持って、風呂場に行こうとする。しかし俺は足を進めずに、踵を返した。
そして、仏壇の前に再び座る。先日逝ったばかりの息子の仏壇の前に。
写真の息子は笑顔だった。高校に入る前の、あどけない姿だった。
この先、壮絶ないじめを受けるとは思ってもいない、そしてそれを苦にして自殺するとは考えてもいない、幸福な、天使の笑顔で息子は笑っている。
しかし、もうその姿を見ることはできない。
俺は右手で目を覆う。息子の前で涙を流したくなかった。優しい息子は「父さん、大丈夫?」と心配するだろうから。だから、涙を流すわけにはいかなかった。
安心して天国に行って欲しかったから。
俺は仏壇に近寄り、写真の前に置いてある金平糖の瓶を手に取った。そして、息子の写真にそれをかざした。
まるで眩しい光にかざすような手つきで。
そして俺はその瓶の蓋を開け、白色の金平糖を一個取り出した。
金平糖はまるで星の砂のような形だった。きっと今、息子がいる空にある星も、このような手触りなのだろう、と思った。
そして、俺はその大嫌いな金平糖を口の中に入れた。
息子のあどけない幼少期を思い出しながら、優しく咀嚼する。
そうか、お前は、この味が好きだったのか。
何も分かってやれない息子の気持ちの一端に触れたような気がして、とうとう俺は涙を流した。
そして、なんとかそれを飲み下した。
口の中に、まだ金平糖の味が残っていた。
それは、残酷なほどに、狂おしいほどに甘かった。
星の砂