欠けた月
いつだったか 私が殺されたのは
思い出せない 何もかも
思い出したくないのかもしれない
幼い頃 人攫いというのに遭ってから
それから先のことはよく覚えていない
記憶の扉に見えない鍵が掛かっている
子供の甲高い笑い声が響く
淡い虹色の石鹸玉が浮かんでは消えた
命というものは泡沫のように儚い
気づけばあの娘がいた
忌まわしい存在
あの娘さえいなければ
私は 私の生を生きられたはずなのに
無垢で無邪気な笑みが私を責める
私は おまえを愛さないのに
生まれてこなければよかったのに
私は 私の生を呪った
なぜ私は女なのだろう
女なんかに生まれるんじゃなかった
生まれてさえこなければ
この身を焼くような苦しみもないのに
私は ある日突然殺された
それは見知らぬ男だった
見知らぬ男は娘を追っていた
あれは逃げ延びたのだろうか
それとも死んだのか
娘の行方は知らない
意識が朦朧とする
滲んでよく見えなかったが
闇夜に仄かに霞んだ月が浮かんでいる
欠けた月を見て無性に淋しくなった
あれは私に助けを乞わなかった
子は親を映す鏡だという
鏡など とうに割れて粉々に砕けている
私は よい母親ではなかった
娘を憎んでさえいた 子供に罪はないのに
私は 私の生を生きられなかった
雪が降る季節でもないのに
身体が凍えるように寒い
次第に何もかも見えなくなった
——違う
私は 本当は何も見えていなかったのだ
欠けた月