よるのみち

雨蛙くんが、薄暗くなった空を眺めていたところ、蝦蟇蛙くんが、森の中から出てきました。

雫で光って、湿原の泥沼のようになった蝦蟇蛙くんのいぼと、その手に提げたバスケットを見比べて、雨蛙くんがいいました。

「どうしたんだい。君、ずいぶん遅かったね。しかも、汗みどろじゃないか。」

蝦蟇蛙くんはそれを聞くと、図星を突かれたように狼狽しかけて、「これは汗じゃないよ。」と言いました。

「だけど、雨は降ってなかったと思うよ。」

蝦蟇蛙くんの目の周りのくぼみは、雨蛙くんのお家の電灯に照らされてきらきらしていました。

「…何かいえよ。そうだんまりじゃあ、何も分からないじゃないか。」

「君、怒ってないかい?」

「怒ってないさ。怒る予定もない。」

それを聞いて、蝦蟇蛙くんのギョロりと立派に目立つ瞳から、その瞳以上に大きな涙がボロボロこぼれました。

「笑わないでくれ。本当はこれは汗でもなく、雨でもなく、涙なんだ。」

「笑わないさ。」

「本当かい?僕が遅れた理由は、今になると、自分でも信じられないくらい惨めなんだ。」

「大丈夫。汗も雨も舐めるとまずいけど、涙は悪くない、だから嫌いじゃないんだ。じゃあ聞かせてくれないか、そのサンドイッチでも食べながら。」

「サンドイッチ!!」

「なんで驚くのさ、はじめから、その約束だったろう。」

蝦蟇蛙くんは、バスケットを未だに降ろさず、ただ泣き続けているので、雨蛙くんはあぐねて、それをそっと取り上げると、その中身は、最早、クルトンの入ったサラダみたいでした。

それをみた雨蛙くんは、黙って蝦蟇蛙くんのでこぼこした背中をさすりさすり、ぼんやりもう暮れた太陽があった場所を眺めながら、独り言のようにいいました。

「どうしたんだい。」

蝦蟇蛙くんも、独白小説のように、空を見つめて、涙が流れるのを防ぎながら、語り始めました。

「僕が、家を出て、ちょうど森の辺りに差し掛かったころ、大きな蛇の舌のさえずりが聴こえたんだ。僕はとんでもなく怖くなった。死ぬ事よりも、君との約束が破られてしまう、そのことが怖くて、目散にかけてその場所を離れた。そして、森の外れにある、大きな蓮がいくつも浮かぶ池の傍、蝦蟇蛙と雨蛙がいつも二人で語り合う場所でようやく一息ついた時、妙に身体が軽いことに気付いたんだ。初めのうちは、子供のころ、全力ではね回った後にある、解放的な感覚が久々によみがえったとみえて、さっきまでの恐ろしい気持ちが消えて安らかだった。でもその後、僕は、蛇に食われるより、もっと恐ろしいことに気づいてしまったんだ。

サンドイッチがない!僕は口から飛び出しそうになる内蔵を必死に堪えて、道を戻った。すると木の葉と木の葉が重なり合って、暗い森の中でも格別に暗い影を作ってるところに、僕らのバスケットからなにかぐちゃぐちゃしたものが溢れてるのを見つけた。もう為す術なく、無理やりかきあつめてバスケットを持った時、僕は、丹精を込めたサンドイッチを食べれないことに強い失望を抱いた。それでも、僕はとりあえず急ごうとして、再び道に戻ろうと駆け出しかけた時のことだ。僕は何処へ向かっているんだろう?」

雨蛙くんは、何かドキリとしました。蝦蟇蛙くんは語り続けます。

「この、夜に差し掛かった道を見て不安になったんだ。僕は、今日のことをずっと楽しみにしていた。君と一緒に食べるサンドイッチ、友達と過ごす時間。昨日一日はまるで夢現のようで、眠ったかどうかも覚えていないほどに。けれど、サンドイッチは今ではもう、跡形もなく台無しだ。僕は、君が、僕のことを楽しみに待ってくれていると思って、浮き浮きしていたけど、本当にそうだろうか。もしかしたら、僕の期待も、みずみずしい野菜とそれを挟むバンズと同じように、脆く壊れやすい、独りよがりなものじゃないのか。君は本当に僕を大事に思ってくれているのか。そう思うと、僕は暗い夜の森の道で、この上なくひとりぼっちだった。それで、暗い道が恐ろしくて、泣きながらやってきたんだ。」

語り終えたあと、二匹はしばらく黙って、蝦蟇蛙くんが「遅れてごめん」と付け加えるまで、どのくらい経ったか、分かりませんでした。

再び口を切ったのは、雨蛙くんでした。

夜空には満天の星が輝いています。

「がまくん、君はなぜ、サンドイッチが崩れた時に、そのまま家へ帰らなかったのかい?」

蝦蟇蛙くんは、責められた気持ちになって、小さくごめんと何度も呟きましたが、それを制して、雨蛙くんは続けます。

「いや、そうじゃない。君は、帰れたのに、どうしてここに来たのかってこと。だって、そうすれば、サンドイッチのことだって、僕にバレる気遣いがないし、見ろよ、この星空、これを一人でぼんやり見つめるのは最高だぜ。君はそのチャンスを無駄にしたようなものさ。そう、家にいれば今頃、ふかふかのベッドでおやすみなさいさ。」

「なんてことをいうんだかえるくん。僕が、そんなことするはずがないだろ。」

「どうして?」

「君が友達で、僕は友達が好きだからだよ。」

「それと、同じことさ。じゃあ、この星でも眺めながら、君のうちまで散歩しよう。それで、今度は二人で、暖かいスープでも作って、いつものように語り合おう。それで十分じゃないか。まあ、実をいうと、僕は、サンドイッチ位に、サラダも好きなんだけどね。少なくとも、涙の味以上には。」

二人は、蛙の目でないと何も見えないような暗い森の中へ歩いていきました。

もう、蝦蟇蛙くんには、何故かちっとも、夜の道が怖くないのでした。

よるのみち

よるのみち

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-27

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