イージーモード
思春期とは出口のない迷路だと、そう思った。
1.矢澤有子
「ユッコ、最近彼氏とはどうなん。」
美樹がグロスでてかてかした唇を楽しそうに横にひき、にたにたしながら私に近寄る。
「ああ、別れた。昨日。アイツ、セックスばっか求めてきたから。マジうざいッちゅーの!」
「ほら、言ったやん、ウチ、アイツ、エッチばっか考えてる顔やって!ユッコも男見る目ないなー!」
ああ、うざったい。何なんだよお前はって感じだ。
とうの自分は彼氏なんざできたこともない癖して、人の彼氏にケチ付けてくんの、ほんとにメンドクサイ。
「うるさいわ、せやかて男が寄ってくんのやから、しゃーなしに、や」
いつも恒例となった台詞を捨てて、肩をストレッチするようにぐるんと回す。
「美樹はどうなん。」
美樹は低くて丸い鼻をすんと言わせてから、ふてくされたように、「生憎男が寄って来んからな、誰かと違うて。」と答えた。
自分のストレートロングの髪を梳かしながら、美樹は輪郭の丸い顔にファンデーションを塗りたくる。
そんなに塗ってもどうにもならんて。つけすぎない方がいいと何回言っても美樹はやめなかった。
「ユッコはいいなあ、巻かなくってもくるっくるやからなあ。」
薄ら笑いをしながら、今度はつけまつげを付け始めた。おおい、口開いとるぞお。
「しゃーないやん、もともとやし」
現に、中学校では髪の事を散々からかわれ、女子には目を付けられ。ろくな事は無かった。
「そーか?…まあ、ユッコは親が親だからなあ。」
「まあね。勇治でてったから一人っ子みたいなもんやし」
一年前___、兄の勇治は高校卒業後に、家を出て上京したのだ。
両親はそれを機に今までより過保護になった。迷惑やっちゅーの。
「勇治クン、かこええよなあ。いいなあ、上京かあ。」
美樹は両手で頬を覆うように添えて、ええな、ええな、と繰り返す。
悪いこと言わんと、勇治だけは女癖悪いからやめときー。
心の中で思うだけはタダだ。口に出したらそれこそ二言目にはそれでもいいから抱いてほしいわあ、なんて言うにきまってる。
私は何も言わずリップクリームを唇にひきなおした。
イージーモード