恋した瞬間、世界が終わる 第52話「煙の先、虹の色が落ちてきて」

恋した瞬間、世界が終わる 第52話「煙の先、虹の色が落ちてきて」

hougen

第7部 水に流れたと思っていた海には「第52話 煙の先、虹の色が落ちてきて」


 雨風凌ぐ衣の先、物思いに沈んでゆく
 ガードレールが乗っかった
 曲がり損ねた人生の身に
 耐えかねて曲がった、レールの重み

 遥かな丘陵、死の淵

 遠景がある



ーーせんぱいの車が炎上するのが視えた

空に、黒雲が雷を落とす支度を始め、報せや予兆で胸騒ぐ鳥々が四方八方へと乱線を描くなかで、煙が上へ、上へと、高く、高く、紡がれている。
行き場を失くしたわけではなく。
向かうべき先を知っている煙。
立ち昇る炎が、誰かへのランドマークに為って。
“視ていたもの”と、“見てきたもの”が重なり、わたしの脳裏に浮かんだ夢が、何かに成って行く。 
コントロールのできない乱気流のものにーー


「運転手さん、あの煙のところへ急いで!」


わたしの眼に、峠の途中で見え隠れしていた向こうの山の立ち昇る煙の先に、炎上する車のシルエットが輪郭を増して訴えるように浮かんできたのです。
その瞬間に、その中に、せんぱいの顔が“あった”のです。

「運転手さん、急いで! 急いで!」

「お客さん、峠のカーブが穏やかではないのです」

ここに来て、安全運転の心がけを仕出す運転手に、ここが、車体機能の潜在能力を発揮する場面であることを気づかせようと、わたしは必死な文句を探します

「例のあれよ……あの…あの、あのアトラクションを使えばいいのよ!」

「あのう、勢いよくガードレールを越えちゃいますよ?」

わたしは語勢を強めたあと、運転手の弱気な顔を眼でなんとかできないかと懸命なプレッシャーで伝えました

「…越えちゃいますよ?」

連続する急カーブを、ギア操作で切り抜けながら、カーブを曲がり終えた後にバックミラー越しで「これでいいですか?」「これでいいですか?」とでも言うように、わたしの表情をチラッチラッと伺い見る運転手の軟弱さ。
あはれ、わたし!

わたしは、バックミラー越しで合わせてくる運転手の軟弱な顔に、再び眼で、より過酷なプレッシャーをかけることにしました。
あ、眼を逸らしたわね? 逸らしたでしょ? ねえ? わかってるのよ。


その時、タクシーが風で揺れて浮き上がるのを感じました

それほどに強い風が何処からやって来たのでしょうか?
標高の高い場所に差し掛かっていたから、それほどに不思議ではないのですが、
そう思ってはみても、車を浮かせるほどの急な突風は初めての体験だったのです。
それにしても、このタクシーは…様々な体験型アトラクションを味わえますねえ。
あ、でも、少し運転手さんにプレッシャーをかけ過ぎたのかも……まあ、いっか。


ーー気づくと、わたしの隣に誰かが座っているのを感じました

眼を向けると、白い服装をした女性が座っていました。
誰なのかと考える間もなく、急カーブが重りのように、わたしの思考を鎮めました。


「あなたには大切な人がいますか?」


白い服装をした女性がわたしの内側で響くような声で話しかけてきました。
わたしはどう答えるべきかを考える間を起こさず切り、答えました。


「大切な人がいます」


そう答えたあと、わたしの大きなリュックに入っている、あのココの本が揺れるのを感じました。
再び急カーブが、余計な憶測をさせないようにと、重りで、わたしの思考を鎮めました。
白い服装をした女性からの声が、ただただ、わたしの内側へと響き届きます。

「これは、一度きり。来るべき時の一瞬の行動で決まります」


「……わたしはどうすれば?」


わたしの内側で響く声の主に、どうにか線を結ばないとならない状況の中、わたしの集中は研ぎ澄まされてゆきました


「あるシナリオを完成させてほしいのです」


声の主ーー白い女性ーーが、わたしの内奥に強い日差しのような眼光を注いでいるのを感じました

その瞬間ーーわたしーーの考えの中に、読み起こされる『物語』が上書きされていったのです


ーーその心地の良さに、天翔鳥々の音が、木靈を返すようにポリフォニー を上げています。

まるで、潜っていた物事が表へと繰り出すことのように湧いて、鬱憤がこもっていた季節の変わり目のような、その荒々しさが出でる風は渦を巻きながら統合されて、癖やクセが一本一本の育ちとして複雑に組み合い絡め、歪みを混ぜながらも、一へと、モノフォニーへと、そしてーー

何かを同時に見ている眼となりました



一から十を知る

十から一を知る

その両極性

一は十を所有する必要がない
なぜなら、一に全てが含まれるから

十は一も所有しなければならない
なぜなら、十は一から成り立つから


漲るような想いが、わたしの命を活性化させました

連続する急カーブが終わり、急に、見通しのよい開けた直線が続きました。
隣の席に眼をやると、それは、褐色に乏しく、鎮まっていました。

わたしはバックミラー越しに振り返り、向こうの山にあった立ち昇る煙の先に視ていた車のシルエットも、鎮かに、消えて。
“眼”は、「未来」と「過去」を『現在』として、ただ、視るように成っていました。


 「苗木は、渡しましたよ
  あとは、頼みましたよ」


声だけが、わたしの内奥で響き、隣の席には、役目を終えた花が一輪


 

恋した瞬間、世界が終わる 第52話「煙の先、虹の色が落ちてきて」

次回は、5月中にアップロード予定です。

恋した瞬間、世界が終わる 第52話「煙の先、虹の色が落ちてきて」

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  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-25

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