サンタの見えないプレゼントは、遅れて届く?
その昔、貧しい姉妹を可哀想に思った人物が暖炉の煙突から投げた金貨が、偶然暖炉の前で干していた靴下に入り、
そこから靴下をぶら下げる習慣になったそうですね。
煙突から投げた金貨が、靴下に入る確率って凄いです・・・
まぁある意味特殊な能力を持った方でしょう、まさにサンタクロースですね。
イルミネーションの外れで・・・
花壇の植え込みが幻想的に光だすと夕暮れから、寒い夜に変わっていく、その中にヨレヨレのジャンパー、薄汚れた作
業ズボンの初老に手が届く男が立ち尽くしていた。
背中の大きなリュックには、生活用品一式が入っている。
まさに人生を背負うとは、この事であろう。
イルミネーションの明滅を浮かれた若者や家族連れが見とれている、時に歓喜の声を上げる子供の声が、男にとってや
たら疎ましく聞こえるが、誰も気に留める者はいない、そう男以外は幸せなのだ。
今日は十二月二十四日である、皆幸せの振りをしているだけかも知れないが、そうしないといけない日、
そしてクリスマスイブと呼ぶとなぜか幸せを感じる事が出来る日でもある。
ひとしきり、イルミネーションの点滅を見た男はゆっくりとその場を離れていく、今日のねぐらを早く決めないと、路上で寝
る事になる。
「こりゃダメだぞ、やたら咳が出る、ゴホッ、ゴホッ」足早にネットカフェを目指していくが、人混みで思うように進めない
「嫌な気がするぞ」悪い予感は当たるもので到着してみると既に満室・・・・
(ハ~この分じゃ、何処に行ってもダメだね、今日は早めに地下道確保するか?、まぁそれも良いわさ)
男は早朝に発売されて、すぐに読み捨てられた漫画、雑誌をゴミ箱から拾い午前中に再販する業者に売るのを、職とし
ている。
名前は、鈴木剛 59歳、東京の中小企業で働いていたが、3年前にリストラされていた。
一度も結婚・・・どころか恋愛らしい恋愛もせずに只漠然と生きてきたが、唯一気がかりになるのは年老いた母の事だった。
地下道の近くの公園で段ボールを手に入れ、人混みが掃けるのを待つためベンチに腰掛けると、ムクムクした思いがい
つもの様に込み上げてきた(思えば、孫の顔見せてやりたかったなぁ、金があったころはどうにかなると思っていたがアッ
と言うまにこの齢、そしてリストラ喰らってからの転落人生、どうしてこんな事になったのか?)
母を幸にする事が出来ない自分をとても惨めに感じていた。
朝の稼ぎで買ったカップ酒を飲むと、少し心が楽になってきた(まぁ、母ちゃん許してくれよ、幸せには出来なかったが、犯
罪だけはしなかったぞ、ダメな俺なりに頑張ったぞ、ゴホッ、ゴホッ)
更に二杯目を半分まで飲むと、強烈な眠気が襲ってくる。
「ゴホッ、ここで寝たらダメだ、でも気分が良い、久しぶりだなこんな気分」独り言を呟くと、男は誰かの気配を感じ、恐る
恐ると顔を上げた。
「大丈夫ですか?咳が酷そうですけど」親切な言葉使いは、ボランティアに決まっている。
「あ~有難う、でも気にしないでください、何とかやってます、貴方は何かの団体ですか?」本当に親切なボランティアに
紛れ、生活保護費を食い物にしようとする偽ボランティアもいるので、警戒しながら男は答えた。
「そうです、教会から来たサンタクロースです」そう答えた人物は少しだぶついた赤茶色のスーツに赤いネクタイ、一瞬か
なりの高齢に見えたが、若いようにも見えた、そしてお決まりの白い大きな袋も。
「ハハッハ、サンタクロースですか?ゴホッ、それを私に信じれと・・・ハッハ」面倒くさいやつが現れたぞ、男は心の中で
思ったが、よく見るとサンタクロースを名乗る人物は静かに微笑みを湛え気品あふれる表情をしていた。
「信じなくても結構です、ただ貴方にプレゼントが有ります、今日はクリスマスイブで特別な日ですから」サンタは答えた。
「私にプレゼント?」プレゼントと聞くと不信感とは別に男の胸は高鳴った、勿論現金が良いに決まっている、現金さえあ
れば田舎に帰り母に少しの楽もさせてやれるだろう、思考をグルグルと巡らせているとサンタが
「さぁこの袋に手を入れなさい、貴方にとって本当に必要な物が取り出せますよ、そしてそれは幸せを呼ぶものです」
白い大きな袋は、よく見ると細かな刺繍が施されていて(聖なる何か)を感じた。
男の思いはひょっとしたら本物から?、間違いなく本物だと確信した。
「じゃぁ、ひょっとして現金なんかも出てきたりするんですかねぇ?」
期待を込めてサンタに聞いた。
「今まで現金が出てきた事はありません、なぜなら現金では幸せになる事が出来ないからです」
「いや、そんな事ありませんよ、私は幸せになれますよ、だって・・・・」
そこまで言って男はハッと気づいた、現金で欲を満たす事しか考えてなかった、欲を満たすことが幸せだと思っていた事
に。
「分かりました、ゴホッ、この袋には幸せが詰まっている訳ですね、でもね、私より困っている方がいるはずですよ」
男がそう言うとサンタは、微笑ながら「貴方は優しい心の持ち主、だから私が現れたのです、困っている人が良い人だと
は限らないでしょう、遠慮はいらないし、もうあまり時間がありません、さぁ心を解放させて目を瞑り手を入れなさい」
サンタが促し、男は頷いた。
「思えばもう少しの勇気が私には足りなかった、袋に手を入れる勇気も必要だった・・・今となっては遅すぎた」
しんみりと男が我が人生を振り返った。
それから目を瞑り白い大きな袋に手を入れると、温かい風が男の手を包み込んでいく、袋の中が白く光り何かが男の手
に渡されるととても良い気分になった、いつまでこのまま袋の中に手を入れて置きたい、それほど快感だった。
「今の貴方には、これが必要です」サンタの声が遠くから聞こえる
それからいったい何分たったのだろうか?目を開けると男はベンチに一人ぼっちだった。
「な~んだ、夢だったのか?」夢ではない証拠に手の中にはドロップ缶と年賀状があった。
たとえ地下道で、骸になろうとも。
「ドロップと年賀状か?」しけたサンタだったなぁ。
(誰かが酔っ払いをからかいやがったな!)、さっきまでの夢のような出来事が信じられなくなった。
「ハハッ、こりゃ愉快だ、ハハッハ」なぜか笑いが込み上げてきた、そして何気なくリュックを見ると様子が変わっていた。
(あっ、まさか・・・ヤラれたか!)咄嗟に財布を入れていた内ポケットを確かめる。
(ホッ、セーフ)リュックと財布に全財産を分けて保管していたが財布の方が圧倒的に多かったから。
(じゃぁ、リュックはどうかな?)ジッパーを恐る恐る下げると、見覚えのない毛布が入っている。
(ウンッ!暖かそうな毛布だ、やっぱりさっきの夢は夢じゃなく・・・)
その時再び咳が男を襲う「ゴッホ、ゴホ」呼吸まで苦しくなるような咳だった。今までにない・・・
口に当てがっていた手の平に唾に混じって赤いもの・・・血しかない。
(イテーのどが痛いぞ!)そして気づく(ドロップがあったぞ)ドロップを一つ口に放りこむと、激痛が嘘のように
引いていく、しかしそのドロップはどこにでもある品物で子供のころから知っている。
しげしげとドロップ缶を見つめると、思い出すものがあった。
(思えば、お母ぁが、よく買ってくれたなぁ、どこかに出かける時とかになぁ)
無論リュックの財産も大丈夫だったので、ドロップ缶と年賀状をフトコロに入れ地下道へ向かった。
小脇に抱えた段ボールを冷たいコンクリートの上に敷き、更に囲いをする、新聞紙は優秀な断熱材に変わった。
リュックから寝袋を出し、寝転がると胸に年賀状の角が当たりチクチクして、男の眠りを妨げた、
(そうだ、年賀状もらったんだ・・・お母ぁにでも書いてみるか?)
リュックの底のペンは雑誌拾いの時に、ゴミ箱から使いかけのノートと一緒に見つけたものだ。
寝返りを打ってドロップ缶を下に置くと書きやすかった、そしてノートに下書きを始めた。
(新年あけまして、おめでとう・・・否、ちっともめでたくねーな)
独り言を呟くように書いていく。
(剛は何とか元気にやっています・・・否、嘘はよくねーな)
書いているうちに、涙がポトポトッとインクを滲めていく、下書きのノートに書いた想いは、知らない間に、
3ページになっている。
(お母ぁ、済まなかったよ、ちっとも幸せにしてやれなかった、俺は浮かれて・・・金を湯水のように使って、
遊び呆けたりもした、俺自身が怖くなるほどバカだったよ、でも、でもかっこよく生きたかったんだよ、俺なりに!、
その挙句このざま、もう取り返しはつかないと知っている、でも、でも何かの夢が 諦めきれねぇんだ!)
言い訳し、自分で自分の傷を舐めてみた。
世間からの脱落者・・・そう認めたくなかった、それを認めてしまうとお母ぁにも悪いし何より、心に灯した、
最後の火が消えて、お決まりの犯罪者になる気がした、そうこの男、剛は正義感だけは失くしていなかった。
正義感だけで、ホームレス同然の生活を耐えてきたが、不規則な食事や屋外でのごろ寝が体力を低下させない訳がな
い、知らず知らずに、剛の体は衰弱しきっていた。
ボランティアにより・・・
剛は、年賀状に「謹賀新年、がんばります。心配しないでください」とだけ書いた。
酒が冷めてきたのか?やたらと寒気を感じる。
(そうだ、毛布があったけなぁ)リュックから毛布を出してみると、意外な程に薄っぺらい。
だからリュックに入っていたのだが・・・よく見ると先ほどののサンタの袋と一緒のこまかい刺繍が施してある。
(まぁ無いよりはましだろう)毛布を巻きつけてみると意外にあったかい、それは太陽の暖かさに似ている。
(なんて、暖けぇんだ、ストーブの横の・・・)
段々と意識が薄れていくと、今までにない感覚に襲われた、長く続いた咳に薄らっと気づいていた、死の予感。
このまま寝たら、二度と起きないであろう事は、剛自身が悟った。
眠りゆく(死に行く)中で剛は強く思った。
「サンタさんよ、なぁ俺のお母ぁにプレゼントがしたいんだ、カッコつけさせてくれよ」
そう、想いながらフトコロの全財産を半分食べ残してあるドロップ缶に押し込めた。
その時!そこに居ないはずのサンタの声が又した。
「母親の愛情は太陽と同じですよ、只々、唯々、照らしてくれます、そして見返りなど求めていません、
貴方は優しかった、他人に蔑まれて生きていく事がどれだけ辛いか?私は尊敬しますよ。」
剛は答えた「サンタさん、アリガトウ、でもお母ぁにだけは・・・」
サンタは答えた「心配いりませんよ、貴方はこの後、目に見えないプレゼントを母にをします、それは誰もが望み、叶わぬ
ものです、貴方の母は最高の幸せ者になります。」
「時間がない」とサンタが言ったのはクリスマスイブの事ではなく、俺の事だったのか?
剛は太陽の毛布に包まれながら、サンタの言葉を何度も繰り返した。
「最高の幸せ?俺のお母ぁが?ハハッハ、サンタが尊敬してくれる・・・」
翌朝、人々が朝の活動を始めても剛の段ボールテントはそのままだった。
普通は始発列車が動き出す前に撤去して姿を眩ませて、雑誌拾いにアルミ缶回収等の職に就くのが、習わしだ。
町の親切なボランティアが不審に思い、剛の骸を見つけたのは午前九時だった。
なぜかリュックは消え去り、段ボールテントに残されていたのは、包まっていた毛布、下書きしたノートとフトコロのドロッ
プ缶、そして年賀状だった。
ボランティアの通報で警察が来たが(身元不明の無縁仏だろう?)誰も思う中、年賀状が見つかり、母親の住所氏名が
判明、そして鈴木剛であることも・・・
母に連絡がなされて、母が身元確認の為上京して、剛の骸はボランティアの人々と母が見守りながら火葬されて遺骨と
なり故郷に帰った。
警察から渡された遺留品は、ノート、ドロップ缶、毛布、そして年賀状、
母は帰りの列車の中何度も、ノートを読み返した。
「馬鹿が、強情張らずに帰ってくれば・・・剛よ、会いたかったぞ」
ノートの文字は剛の涙と母の涙で、もはや判読不明なほど滲んだが、母にはスラスラ読めた。
そして母は家に帰っても、ノートを広げて見つめた、時には笑顔を浮かべたり、泣いたもりした。
母の家から三軒隣となりには、美代子というお節介焼きな親戚が住んでいて何かと世話を焼いてくれていた。
その美代子の計らいで親戚だけの、小さな告別式が行われたが「剛が東京で行き倒れたって恥ずかしくて・・・」
とか、「年末の忙しいこの時期に・・・何一つの取り柄もない奴だったなぁ」
剛の死を悲しむどころか、口々に親戚達は愚痴を漏らした。
その言葉に母は心を痛め、塞ぎ込みがちになったが、剛の残したノートを見ると、どうしても憎めなかった。
正月も過ぎたある日、美代子が何気なく年賀状のお年玉当選を調べていた、すると剛の書いた年賀状が大型液晶テレ
ビに当選していることに気が付いた。
「いやー剛ちゃんの親孝行だよ、最後の最後に」涙を浮かべて喜んだ。
近所の者や親戚たちも「まぁ、最後で親孝行して立派なもんだよ、よかったな婆ちゃん」
テレビが当たった事より、剛が認められたのが何より母は嬉しかった、剛が書き残したノートの最後に、母は
「剛、おめでとうございます、そしてありがとう」と書いた、その時ドロップ缶の事が思い出された。
何気なく手に取り振ってみるが、音がしない。
(空っぽかい?まぁこんな物を大事に持ってたのかい?)呟きながらフタを開けると、紙幣が詰め込まれていた。
(おや、まぁびっくり、三十万近くある・・・)ノートに書かれた文の一つに三十万貯めたら帰ると書かれていた事が
思い出され胸を締め付けた。
(もう少しだったのに、悔しかったろうに・・・でもいい顔して死んでたぞ、あの寒い東京、あの寒い地下道
で暖かそうな顔して死ねる者はそうそういないぞ、なぁ剛)
母はその金で四十九日に豪華な食事会を開いてやった、そして残りは美代子に託しておいた。
剛のテレビの前で過ごしながら、穏やかに三か月ほど時は流れた、(剛と一緒に見られれたらもっと楽しかったろうに)
時々ノートを広げては見る、ほほ笑む、閉じるの繰り返しだった。
ある日テレビを見て何気なく立ち上がろうとした時に、突然目眩が母を襲った、体が痺れて全く動けない状態、
死期が来たのだった、そして母は死の恐怖に襲われた。
「死、死ぬのか?とてつもなく怖い気持ちだ・・・」しかしその後
「でも剛、剛が先に行ってくれている、剛に会えるぞ」そう思うと恐怖は去っていた。
死の恐怖を克服することは、人にとって永遠の命題でもある、どんなに宗教者が語ろうと、天才学者が諭しても、
克服できたものはいない。
それを剛はやり遂げた、お母ぁは幸せに包まれながら眠りについたのだった。
剛が本当にしたかったプレゼントは親孝行、お母ぁを幸せにすることだった、サンタはそれをプレゼント
をさせるために現れたのだ。
剛の為だけではなく母の為にも現れたのだった。
そして今日もサンタがくれたあの毛布は母親を暖かく包んでいた。
無情で無常な世界、そこに幸せを見つけるのは容易ではないが、ただ誰かの為になにかを・・・
そんな気持ちがサンタクロースを今日も走らせている。 完 生死一如。
サンタの見えないプレゼントは、遅れて届く?
サンタクロースを信じるとか、信じないとか、この際無視して
子供、恋人、両親、或は恵まれないといわれる人々にプレゼントを贈りたい、その気持ちはどこから来るのでしょう?。
その時、居ないと思っていたサンタクロースに貴方はなっていませんか?
居なければ、貴方がなれば良い、それだけの事です。