パスタ

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 土曜日の昼、食事を終えたばかりの僕はワインの残りをちびちびと啜りながら、見るでもなくテレビを眺めていた。奥さんは熱心にスマホを見つめている。テーブルのうえにはボロネーゼスパゲティとシーザーサラダが盛られていた空の皿が置かれたまま。
 すると彼女は画面から視線を上げることなく問いかけてきた。ひとり言かと思ったほどふわりとした声だった。
「この司会者ってさ」
「ん、だれのこと」
「ほら授賞式でビンタされた」
「ああ」いっとき話題になっていたあれか、とすぐ理解する。「あの司会者ね。それがどうしたの」
「うん、あの司会者、なんでビンタされたとき反対側の頬も差し出さなかったんだろう」
「え、どういうこと」
「だってあの司会者ってクリスチャンじゃないの」
 彼女はやっと画面から顔をあげ、真っすぐにこちらを見つめた。冗談を言っているのかと思ったらそうでもなさそうで、めんどくさくなりそうな予兆を感じる。
「んん、どうなんだろうね。最近は信仰も多様化しているみたいだし。でも、たとえクリスチャンだったとしてもあの場面で反対の頬を差しだすのはなかなか難しいと思うよ。そもそもあの教えは例え話なんだろうし」
「例え話なの」
「多分ね。僕も詳しくは分からないけれど」
 話の段落が終わったことを示すように、僕はワイングラスに手を伸ばしそれに口をつける。彼女は再びスマホの画面に視線を戻し、また熱心にそれを見つめる。僕はそんな彼女をちらちらと見ながら、テーブル上に並んでいる皿は自分が片すことになるのかな、と考える。
 そして、これを読んでいるあなたは今頃あのネタかよ、と考える。
 これを書いている人間はなんでも腐りかけのほうが美味しいんだよ、とうそぶきながら今夜はパスタもいいかもな、なんて考えている。

パスタ

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-23

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