第十話【星を詠む人/里桜と押し花の日】

第十話【星を詠む人/里桜と押し花の日】

Tanakan

私は宮原 紡(みやはら つむぐ)と言う。
これは私が色んな人との出逢いを紡ぎながら前に進む物語。
それはまるで星の繋がりのように。

私は宮原 紡(みやはら つむぐ)と言う。 これは私が色んな人との出逢いを紡ぎながら前に進む物語。

桜の見頃を過ぎてしまうと、街を歩く人はちょっとだけ減ってしまう。
私は少し遠出して、学生の頃に歩いていた通学路を再び歩く。
学校へと導くその街路樹には、里桜がホワホワと空に浮いているかのように気持ち良く風に揺れている。
「何だか羊の群れが空に浮かんでいるみたいだね。」
かつてその道を一緒に歩いていた柏木奈留(かしわぎ なる)は今にも空に浮かびそうな声色でそう言っていた。その感性がなんだが可笑しくてその隣で私もクスクスと笑う。
今では失われてしまったその他愛もない会話を私は何だか思い出した。
その頃の私達はいつだって未来の話をしていた。
大人になったらどうするかとか、今度一緒にどこに行こうかだとか、そんな話。
でも、私達の未来はまだそこには到達していなくて、私もきっと奈留も昔のままで、足踏みをしている。
その通学路を横道に逸れて、私は小さなお家へと辿り着く。
そこは学校の帰りに奈留が教えてくれた、奈留の住んでいた家。一度も行ったことはなかったし、奈留と別れてしまってからはそこに行こうだなんて一度も考えることなんて無かった。
きっと私は怖かったんだね。今でははっきりとそう分かる。
いつでも自分の気持ちや頭の中がすぐに分かるようになればと私は思う。
一番素直な自分の気持ちに限ってそこの奥底で隠れていて、そこにしっかりと目を向けない限りはいつまで経っても姿を表すことなんてないのだ。
それはきっと誰だって一緒。ゆっくりとしか前に進むことしか出来ない私にとっては特にそうなのだ。
私は大きく息を吸い込んで、そのインターホンを鳴らす。もし奈留が出てきたら・・・それはそれで良いのかもしれないけれどその先の事は考えていない。
もしかしたら本当に嫌われていて、私の顔を見るなりそのドアは閉じられてしまうのかもしれない。だけども、今のままでは私はきっとどこにも行けない。
目の前のドアがゆっくりと開かれて私は一度大きく息を飲む。
しかしそこから現れたのは奈留の姿ではなく、小さなお婆ちゃんであった。
そのお婆ちゃんは一度不思議そうに首を傾げると、アッと息を飲んで途端に笑顔になった。
「おや!もしかして紡ちゃんかい?」
うへっ?そんな事など想像もしていなかった私は固まったままにハイと答える。
その身を包むほどの大きな花柄のエプロンに包まれたそのお婆ちゃんは、やっぱり!とコロコロと笑みを浮かべる。その笑顔はどこか奈留に似ていて、綺麗な白髪は太陽の光を反射して銀色にも見える。短く整えられたその髪は風に僅かに揺れていて、笑顔によって刻まれたその顔の皺が何だか私にはとても綺麗に見えた。
「あの・・・奈留ちゃんは・・・?」
私のその問いにお婆ちゃんは少しだけ顔を曇らせ私の心の中はきゅっと縮んでしまう。
「奈留は今入院しているの。ちょっと前までは元気になって帰ってきてたけど、また体調を崩しちゃってね。大丈夫よ。またきっと帰ってくるから。」
そうですか・・・と私は目を伏せる。やっぱり私の歩む速度は遅い。きっとずっと前にこうやって奈留の家を訪ねるべきだったのだ。
言葉を心から出す事の出来ない私に奈留のお婆ちゃんは、こっちにおいでと手招きをする。
「まぁ立ち話もなんだから、こちらにいらっしゃい。奈留ちゃんから紡ちゃんのお話はたくさん聞いていたから、それで初めて会ってもすぐに紡ちゃんだって分かったわ。写真だって見せてもらったしね。」
そうですか。と私は答えつつ何だか心が軽くなるのを感じた。奈留ちゃんが私の事を覚えていてくれた、そして決して嫌われている訳でも無いのかもしれない。
やはり私の歩む速度は遅い。遅すぎるのだ。
私は奈留のお婆ちゃんに導かれるままにその家に入る。玄関の中ではどこかで甘辛く煮られる煮物のような、何だか懐かしい匂いがした。

居間に通されて茶色で端っこが僅かに削れた小さなテーブルに私は奈留のお婆ちゃんと向かい合う。私の足が乗る座布団はフワフワとしていて、まるで羊の毛皮みたいだと私は思った。そして向かい合う奈留のお婆ちゃんはふふふと、幸せそうに私へと笑みを向ける。
「何だか紡ちゃんをこうやって見ていると、本当に奈留ちゃんのお話の通りだなって。ごめんね。」
「いえいえ。奈留ちゃんは・・・どんなお話をされたのですか?」
「それは沢山あるわよ!一緒に子犬の飼い主を見つけに行ったとか、美味しいお菓子を一緒に食べたとか。星座の話を聞かせてくれたとか。それでね。紡が羨ましいっていつも言ってたのよ。」
「私が・・ですか?」
それは本当に意外であった。学生時代の柏木奈留といえば、クラスのスターであり、誰からも愛されていた。その時は何も知らない私は彼女が誰よりも幸せだったと思っていた。
「そうそう!ちゃんと自分に正直で自分に必要なものをちゃんと選べる人だって。誰からの言葉にも惑わされずにね。誰よりも自分に正直だって。」
「それはきっと・・・奈留ちゃんみたいに、誰からも期待されずに育ったからかもしれませんね。」
「そうね。そうかも知れないわ。奈留には両親がいないからいつも私がしっかりしなきゃって言ってた。いつだって頑張り過ぎてしまうのね。小さい頃なんて、台所でこんなお婆ちゃんの代わりに料理を作ろうとしてね・・・危うく大火事になる所だったわ・・・」
「それは・・・何だか想像が付きます。」
でしょ?ととコロコロと表情を変えながら話す奈留のお婆ちゃんの口ぶりに、私は思わず笑みを零す。
「いつだって頑張り屋さんだから、学校の成績も良かったけどねぇ。器用では無かったからいつだって無理をして。自分に期待をしてくれる人よりも、自分の身を案じてくれる人の方が大切なのに。そればっかりはお婆ちゃんの言う事は聞いてくれなかったわ。一度決めた事は曲げられない不器用な子だから。きっと期待を裏切ってしまうのが怖かったのね。」
「それも・・・分かります。」
うん。と奈留のお婆ちゃんは一度頷く。その意図は分からない。だけど以前の私は奈留に期待を向けてしまう人の一人だったのだ。歩みの遅い私はいつだってその時に必要な事は、ずっと後になってから知ってしまうのだ。
多分、私はもっと奈留の話を聞くべきだったのだ。未来の話ではなく今までの奈留の話を。だって目の前にいるその人は決して物語の登場人物ではなく一人の人なのだから。
「やっぱり紡ちゃんは奈留ちゃんのお話の通りにいい子だね。あの子とお友達になってくれてありがとう。忙しいのにごめんね。こんなお婆ちゃんのお話相手になってくれちゃって。」
「いえいえそんな。もっとお話を聞きたいくらいです。」
「あらやだ。なら私の生い立ちから話そうかしら?でもそれでは紡ちゃんがお婆ちゃんになってしまうわね。」
それは・・・困るな。と私は苦笑する。こんなにも自分に目を向けてくれる人が居ても、前へ前へと人よりも早い速度で進んでしまうとそれは視界の端へと消えてしまう。射られた矢のように飛んで行ってしまう奈留はきっとそれが見えなくなってしまったのだ。でも今は私と同じようにその場で足踏みを踏んでいる。きっと何処にも向かえないままに。だからこそ見える景色もあるのだ。
それは歩みの遅い私だからこそ分かる事かもしれない。
「ねぇ。奈留ちゃんが退院したらまた一緒にお話しましょう。お夕飯も一緒にね!奈留じゃなくてお婆ちゃんのとっておきを作ってあげる。奈留は・・・料理がちょっと独特だから・・・」
そうなのだと私は目を丸める。確かに奈留は器用なようで不器用な所も多い。裁縫なんて玉留めが上手く出来ずにこっそりと私が手伝っていたのを思い出した。
誰にでも苦手な事はある。でも必ずしもそれは欠点ではないのだ。
「ありがとうございます。その時は私がお手伝いしますね。」
「あらあら孫が二人に増えたみたいで嬉しいわ!ありがとうね。」
奈留のお婆ちゃんは何度もありがとう。と言いながら奈留の家を出て私が見えなくなるまで手を振っていた。
いつだって物事は単純な事なのに、なんでそれが一番難しいんだろうと私は思う。
私は再び街路樹の中を歩きながら、小さな奈留が悪戦苦闘しながらも必死に料理を作りながら失敗してしまう姿を思い浮かべてみた。
でもそれは決して失敗ではなくて、そもそも物事には上手くいかずとも失敗なんてないのだ。何だか私はそう思った。

奈留の家から帰り道、私は里桜の並木道をバス停へと向かう。
何だか空がとても高く見えて、散り散りに流れる雲はゆっくりとした速度で風の向かう方向へと流れている。
ふと私がバス停の目の前にある青いベンチに視線を戻すと、そこに誰かが仰向けで倒れているのが見えた。
私はぎょっとしてその人の下へとパタパタと向かう。黒いスーツ姿の男性は小柄で中性的な顔立ちがすごく幼く見せている。蒲公英の色にも見える優しい色をした金髪はツンツンと形を崩さず伸びていた。
死んでないよね・・・私は恐る恐る顔をその場にしゃがみ込んで顔を覗き込んでみる。少し膨らんだ胸は僅かに上下していて、なんだ寝ているだけかと私はホッと胸を撫で下ろす。
しかしとっても格好の良い女の人だなぁと私がその寝顔を覗き込んでいると、バッとその人はその身を起こし、私は更に体を固める。
その人は起き上がり、パッチリとした二重の丸い目で私を不思議そうに眺め、思い出したように両手を広げる。
「ようこそ!紳士淑女の皆様!今日は僕と一緒に楽しもうじゃないか!」
そのセリフに私は言葉を返せないまま、口を僅かに開けたままに視線を返す。その人は大きな瞳を更に丸め、辺りを見渡すと頭を描きつつ項垂れる。
「あーしまった・・・寝ぼけてる。ごめんね。大丈夫だから。」
その人はそう話した後、う・・・っと一度息を呑み、
「吐きそう・・・」
そんな事を言うものだから、うぇぇと奇声を上げて、その人を連れて近くのコンビニへと急いだ。

「いやぁ悪いね!でもすっきりした!」
コンビニで胃薬やスポーツドリンクをしこたま買い込んで、私達はコンビニの前にあるベンチへと腰を下ろす。私は何が何やら分からないままに買ってもらったカフェラテを両手で包んで口へと運ぶ。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!しっかしお姉さんも人が良いね!普通なら通り過ぎるでしょ?」
そうですか・・とすっかり元気を取り戻したその人は愉快に足をバタバタとさせながら私の顔を覗き込む。
「僕は桐(きり)って言うんだよ。まぁ女性なんだけど心の中は男でさ。ややこしいでしょ?でもまぁそんな感じ。」
どこか私を試すように桐は笑みを浮かべたまま私の表情を覗いている。なるほどそういう事かぁと思いつつも、まぁ別にだからと言って・・・と特に気にはならなかった。そればっかりはゆったりとした私の性格であるから仕方がない。
「そうなんですね。でもなんであんな所で寝てたんですか?」
その質問に桐は一度目を丸めると、その目が緩やかに弧を描いていく。
「何だかお姉さん面白いね。いやぁ普段は美容師をしていて、まだ新人だからそれだけでは食べていけなくてね。夜はこんなバイトしてんの!中性的なイケメンは今も変わらず需要は高いからね!」
確かにそうだと私は思う。まるで少女漫画から抜け出してきたかのような顔立ちは、沙耶さんやクリニックのベテラン看護師さんは多分大好きだろうと思う。そして私はみんながテレビを眺めつつ歓声を上げる普段の会話を私は思い出す。
「それでバイト先で僕の誕生会をやってくれてさ!それでさっきまで呑んでた!そしてバスを待っている間に寝ちゃった!いやぁ持ち物が無くなってないのはお姉さんが介抱してくれたからだね!」
それはどうも・・・とお礼を言われ慣れていない私は、身を屈めつつ会釈を返す。
「なら、桐さんは牡羊座なんですね。」
ふと私の心から漏れ出た言葉に桐は一度首を傾げる。
「お姉さん星座とか詳しいの?かっこいい!」
「格好良くはないですけど、まぁそんな感じです。」
「ふぅん!すごいと思うけどなぁ!少なくとも僕の周りにはそういう人は居ないし、誰かと違うって事は素直にすごいと思う。まぁ僕がそういうのはあれだけど。」
誰かと違うという事は確かに怖いと思う。だからこそ人は誰かと一緒にしか生きてはいけない。だからこそ誰かの期待に応えなければいけない。誰かと逸れてしまわないように。群れの中で生きるために。
きっと奈留もそうで、そして私もまたそれは同じだ。私が俯きつつもそんな事を考えていると桐は更に身を屈めて私の顔を覗き込む。
「ははーん。鈍感な僕にも分かるけど、お姉さん何か悩んでる?なんか話してみたら?僕そういう事は得意だし、それに見知らぬ他人の方が時には役に立つ事もあるよ?」
そういうものなのかなと私は思う。だけども奈留への想いは、今私の心の一番表面に浮かんでいて、自然とそれは口から言葉となって出てくる。
「昔、とっても仲が良い友達が居て、その子は誰からも愛されていて幸せいっぱいだと思ってました。そして私はその人がまるで物語の中から出てきたようなヒーローのように思えて、みんなと一緒にその人に期待を向けていました。だけどその人は決してヒーローなんかじゃなくて、一人の弱い人間で、誰よりも優しくて不器用な人でした。」
ふむふむ。と桐は口元に手を当て、足を組んで聞いている。なんで見知らぬ人にそんな事を話せてしまうのか、それが私には分からなかった。
「その人はみんなの期待に応えようとして、私の期待にも応えようとしてたくさん頑張って、そして今では何も出来なくなってしまいました。その人が望んだのは私の他愛もない話だったし、私の語る星座の話でした。そんな事に気が付かないまま私は私の事しか考えられなくて、その人の身を案じる事すら出来ませんでした。その人と会えなくなって、でも会いたくて、それでも何をして良いか分からなくて、そんな自分の言葉が信用できないんです。星座を詠む事が出来ても、その星座の話が出来ても、その人自身の星座を上手く語る事が出来ない。それが今の私です。」
語り終わった後、しばらくの沈黙が流れる。それでも確かに私の本心だ。後悔とも言えるそれは言葉にすると心の中にある時よりも単純に思える。
思えるのだけど、人を縛る問題なんて他人からしたら全て単純な問題なのかもしれない。だけどもそれは当人にとっては自分を縛る難題であるのだ。
桐はしばらく悩んだ後、ポケットから細い紙巻きタバコを取り出し、火を着ける。タバコを挟むその指には銀色の指輪が細く巻かれていた。
「なるほどねぇ。じゃぁ僕の星座を詠んでよ。牡羊座の話ではなくて、牡羊座の僕の星座を詠んでみて。」
「えっ!?でも私は桐さんの事はまだ何も知らなくて・・・」
「そう?なら話すよー!僕が周りのみんなと違うと感じたのは小学校の頃かなぁー。ほら制服ってあるでしょ?男女がしっかりと分けられて自分は女だ!って世間から決定付けられるようなやつ。それがどうしても嫌でさ。ランドセルだって赤色じゃん?今はそうでもないけど!だから僕は頑なに私服で通ってた。誰から何と言われようとも絶対に。だってそれが僕なんだから。」
周りからすっごい怒られたよーと桐さんはケラケラと笑って見せた。だけどもその視線は高い空の遥か遠くを見ている。
「でもね。そこで負けちゃダメだと思った。だってみんなと同じでも同じじゃない訳じゃん?そしてそれは僕だけじゃなくて、少なくても世界には沢山居て、ここで負けたら何も変わらないって思った。我ながらに格好良いよね。」
はい。と私は答える。誰かと違うという事を認め、そして前に踏み出せる。私にはないそれが今はすごく羨ましかった。
「だから僕の青春時代は散々たるものだったよ。友達なんて誰もいないし、両親も高校を出てから会ってもない。嫌われてたからね。そして今はこんなバイトをしながら改めて何にも世界は変わらないなぁって思う。僕と同じ人たちからもやり過ぎだって言われる。ねぇ。こんな僕はどうしたら良い?」
桐さんは語り終わり私の顔を見る。瞳の奥底を覗き込むように。
だけど上手く私の心から言葉が出てこない。
口を開け閉めする私に向かって桐さんは笑みを浮かべる。
「まぁこんな僕が言うのもなんだけど、失敗なんてものはないよ。上手くいかない事があるだけ。だから大丈夫。」
その言葉は確かに今日の私に浮かんだ言葉だ。高鳴る胸を押さえながら私はすっと息を吸い込む。
「そうですね。羊は・・・人とも言い換えて良いのですが、群れから離れると生きてはいけません。群れから離れるという事は孤立するという事であって、何よりもそれを不安に感じてしまいます。」
おぉー辛辣だね。と桐さんは楽しそうに笑い声をあげる。その声を聞きながら私は続ける。
「でも羊も人もずっとその場所に居る事は出来ません。食べる餌もいつかは無くなり、どこかに向かう事が必要です。なので群れの中の誰かが一歩前に進む必要があります。群れでしか生きられない羊は一歩踏み出した羊の事を衝動的で無鉄砲だとか無茶だとか、群れに留めようとする言葉を投げる事もあるでしょう。それを認めてしまうと、群れでしか生きられない自分を否定してしまう事になってしまいますから。」
桐さんは黙って聞いている。チリチリと紙巻きタバコは少しずつ短くなっていく。
「でもその一歩前に踏み出す事の出来る羊さんは、いつだって自分の事も誰かの事も大切にします。そして力強く大胆に、その幼さにも似た純粋な想いで前へと進むのです。道のりは厳しいかもしれません。だけどその先に見える景色はきっと・・・途方もない可能性という名の世界が広がっているのだと思います。群れの中では決して見る事の出来ない世界がきっと・・・」
語り終えた私はホッと息を吐く。上手く出来ただろうか。そんな事ばかりが頭の中を巡る。だけどもこれは牡羊座の話ではあるけれど、桐さんの話を聞いて、彼に伝えたい言葉でもある。桐さんは口を開けたままタバコを握っているのも忘れ私の顔を見ていた。そして燃え尽きたタバコの火が人差し指に触れ、あっつ!とタバコを地面に落とした。
「ごめん!聞き入ってた!でもすごいじゃん!すごいというか・・・なんかありがとう。」
ふふ。と桐さんは笑い、困惑したまま私は頭を下げる。胸はまだ高鳴りを止めずに呼吸は荒い。桐さんは目の前を歩く雑踏を眺めながら大きく伸びをした。
「そっか。まだ前に進んで良いんだなぁ。ふふふ。今に見てろよ羊さん!私は勝手に新しい場所を作ってやるからな。」
どこか演技のようにそう語り、桐さんは立ち上がる。
「なんか良い出会いだったなぁ。こういう事があるから人生はまだ分からないよね。」
「はい。確かにそう思います。」
こうやって言葉を紡ぐんだな。私はそんな事を考える。
「そういやお姉さんの名前聞いてなかったね!なんていうの?もしお店開くんだったら遊びに行くよ!」
「お店を開くなんて・・・私は宮原 紡(みやはら つむぐ)と言います。」
「おー!良い名前だね!紡・・・つむぐ・・・むぐむぐ・・・何だか可愛い響きだ!」
「それは私も思います。」
でしょ?と桐さんは体を反らせて大きく息を吸い込む。
「今度、うちに髪を切りに来なよ。といっても新人の私は指名できないから、そうだな・・・お嬢さん。僕のカットモデルになってくれませんか?」
桐さんは振り向きながら恭しくお辞儀をしながら右手を差し出す。
「はい。その時は喜んで!」
私は笑みを浮かべたままにそう返す。本当に少女漫画から抜け出して来たみたいだと思う。
またねー!と言いながら桐さんは雑踏の中へと足を進めた。羊の群れの中で確かに自分の足をしっかりと地に着けて、周り誰よりも軽やかに前へ前へと進んでいた。
私はしばらくぼぉっとした後に、立ち上がり前へと向かう。
帰り道でふと足元に落ちる里桜を手に取ってみた。確かにそれは羊毛にも見えてふわふわとしている。
しかし羊さんもふわふわとして毛皮のくせにやるものじゃないか!
そんな事を考えながら、押し花にするにはどこか弱々しいそれを携えて、私は羊の群れにも似た里桜の並木道を私は進む。
ちょっとだけ、たった一歩だけ前に進むために。
今ではこんなにも君に伝えたい言葉や想い、そして星座の話が胸の中に溢れている。
星はいつだって、目を向けさえすれば私と一緒に在るのだから。
そうして私は星を詠む。
星を詠んで人を想うのだ。

第十話【星を詠む人/里桜と押し花の日】

映像版も公開中!リンクは下からどうぞ!

【星を詠む人/梅雨の蟹の日】
星を詠む人シリーズ第一話。
私は星を詠む。そうして人を想うのだ。
占い師で理学療法士である深文さんがシンガーソンガーで音楽療法士の藤井恵さんのコラボ作品!Tanakanの原作を朗読し、不思議で癒される世界をご堪能ください。

https://www.youtube.com/watch?v=AJBlxzjtqPg&t=4s

第十話【星を詠む人/里桜と押し花の日】

星詠みという言葉がある。 それは占星術とも読む事は出来て、 簡単にいうと天体に存在する星々の動きから、 人や社会の在り方を経験的に結びつける。事だと思う。 私は宮原 紡(みやはら つむぐ)と言う。 これは私が色んな人と出逢いを紡ぎながら前に進む物語。 それはまるで星の繋がりのように。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-21

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