三題噺「邪」「呪」「除」
ファンタジーによく出てくる魔王という存在を知っているだろうか。
世界でもっとも邪悪な存在で、あらゆる魔物を総べる者。
人間を滅ぼそうとする魔王によって、地上から消えた国は数えきれないほどだ。
そんな強大な力を持つと言われる魔王が今、息絶えようとしていた。
「どうやらここまでのようだな、魔王」
どこかの城の王の間であろうか。薄暗い中で豪華な椅子が、独特の存在感を放っている。
そして、その前で二つの影がお互いの信念を懸けて対峙していた。
「ひゅーひゅー……さすがは……………だ。……話に…聞いていた以上だ」
口から血を流し、膝をついた魔王が擦れた声で苦しげに吐き捨てる。
その身に纏うローブは血で真っ赤に染まり、今もなおその範囲を広げている。
「まさか…我が願い……こんな形で…潰えるとは……」
相手の存在を抹消し、時に相手の姿を獣へと変える呪いの杖は、すでに左手ごと近くの床に転がっている。
そんな魔王の頬を不意に一筋の涙が零れ落ちた。その眼は勇者の姿を映すことなく光を失いかけている。
勇者と呼ばれた青年はその様子に目を細め、魔王にとどめを刺すべく駆け出した。
「……さらばだ!」
勇者の頭からつま先まで覆う甲冑が、まるで全身で泣いたかのように赤く濡れた――。
――数か月後、勇者は自らの国の王都へと戻ってきた。
「勇者様、バンザーイ!」
「勇者と王に栄光あれー!」
城のテラスから手を振る勇者に、国民は惜しみのない賛辞を送った。
勇者の姿を国民に見せるための祝賀式典は、国を挙げて三日間続くのだった。
「――勇者よ。改めて礼を言おう。国民も五体満足な勇者の姿を見て安心したようだ」
お披露目の式典が終わり、勇者は上等な服に身を包んで床にひれ伏していた。
謁見の間で、近衛兵士達を従えた王が厳かな雰囲気を身に纏いながら勇者に声をかけた。
「いえ、これも国のためを思えば」
「そうか」
王は勇者の返答に満足する。
「――では、死んでもらおう」
そしてその直後、勇者を近衛騎士達の手で拘束した。
「王よ! いったいこれは!」
「黙れ魔王の眷属よ! 姿形は偽ろうとも、その身を流れるは魔王の血! 国の怨敵を生かしておけるか!」
騎士達をまとめる騎士団長が声を荒げる。
「貴様が持ち帰った魔王の骸から得た血を魔道騎士が調べたのだ」
その結果を騎士副団長が淡々と事実を伝える。
「貴様と魔王は血縁だ」
「ど、どういうことだ! 俺は知らない! 濡れ衣だ!」
「ふん! 騙そうったってそうはいかねえぞ!」
「本当だ! そ、そうだ! 俺と息子の血を調べれば――」
「魔王の骸は回収した騎士団の話からも本物と判断されました。ならば調べる必要はないでしょう」
「たとえ濡れ衣だとしても、王として障害に成り得る者は排除するのが理。諦めろ」
王から最後通牒が下される。魔王の眷属だと認めて死ぬか、認めず死ぬか。勇者に選択の余地はない。
そうして、勇者は死んだ。
国民には勇者は旅に出たと伝えられた。
数日後、城の宝物庫から呪いの杖が盗まれる。
かつて『時空の杖』と呼ばれた杖を盗んだ者の後ろ姿は、勇者にとても良く似ていたという――。
三題噺「邪」「呪」「除」