舟をこぐ
わにさま。孤独を噛み砕いて。まよなか。二十四時の虚空。わすれた頃におもいだす、アイスクリームの甘さを。ぼくはねむたい。けれど、きみはまるで、覚醒したばかりの仔犬みたいに、げんき。
氷のようにつめたかった。公園の遊具。昼間の、こどもたちの熱はとっくに失せて、月がみているあいだに、ブランコに揺られ、うとうとするぼくと、立ちこぎなんかしている、きみ。遠くのほうで、おおかみが鳴いているね。かなしいのかな?うれしいのかな?たのしいのかな?それとも…。
夕暮れ時。海がみえる丘の、Nが棲んでいる白い家が光っていたのは、月が欠けてから六日目のことだ。夜のバケモノが、海をながめているあいだ。街頭テレビで、くりかえされるのは、侵略。洗脳。痛みを感じない暴力。
わにさま。
ぼくらを救うのは、あなたなのですか。
ブランコをこぎながら、上弦の月に手をのばしてる。きみ。
かってにおりてくる、まぶた。Nがいまも、あのおおきな家のちいさな部屋で、天球儀を抱いているのかと想うと、すこし泣ける。
舟をこぐ