光の国

あおい はる

 冷蔵庫のなかに、いました。むかしのことです。むかしすぎて、じぶんが実際にみたものなのか、曖昧なのですが。あれは、イルカ、だったと思います。あと、おかあさん。あと、ほかにも、なにかいたような、いなかったような。(思考回路)(廻る)(ぐるぐる)(処理中)

 わすれました。

 けれど、イルカは、たしか、カマイルカだった気がします。
 無数の光につつまれて、ぼくらは生きてきましたが、それ以前の記憶は、不鮮明です。ある日とつぜん、空から光の粒が降ってきて、それで、ぼくらは産まれたのではと思うのです。いや、でも、ぼやけてはいるけれど、いつもどこか薄暗かった街の景色も、脳裏にはりついているのですから。ふうむ。
 コーヒーを淹れているあいだに、しろくまが、パウンドケーキを、切り分けてくれています。うちの冷蔵庫に、カマイルカはいません。おかあさんも。ガーネット、というなまえの少女が、アパートのとなりの部屋にやってきて、ときどき、ぼくとしろくまの似顔絵を描いてくれます。かわいらしいです。おとうさんと、おかあさんと、ちいさな部屋で、幸福そうに暮らしていて、みていて、あたたかいきもちになります。八等分にしたパウンドケーキの、四切れを、しろくまはお皿にのせて、ラップでくるみました。きっと、明日、ガーネットたちにあげるのだろうと想うと、あたたかいきもちが胸の奥で、ぷつりとやぶけて、じわりとにじんで、泣きたくなりました。
 こわいものがみんな、一瞬でも、なくなったような気分で、ぼくは、しろくまの背中に抱きついて、ちょっとだけあふれた涙を、ぬぐいました。

光の国

光の国

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-17

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