不定形の愛

一つ限りの感情を表す笑顔よりも、ひと目で無理をしていると判る、少なくない恐怖を含んでいるような、生と死のあわいを揺蕩(たゆた)っているような、そんな笑顔に惹かれてしまった。(はだ)蒼褪(あおざ)め、呼吸は浅く、視線は宙を彷徨(さまよ)い、この世に在らざるものを捉えている。一掬(いっきく)(なみだ)が頬を伝い、(くび)を伝い、胸に届き、心臓の最奥(さいおう)に届き、ゆっくりと浸透する。(ひとみ)は微光を放ち、天を裂き、新たなものを捉える、捉え続ける。生命のないものを愛することが出来るのは、いや、生命のないものに生命を、生を見いだすことが出来るのは、幸せなことね。女は声に出さずにそう呟き、眸をとじる。瞼の裏に焼き付いて離れない不定形の愛が、彼女を看取(みと)っている。

不定形の愛

不定形の愛

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-12

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