東京タワー。
私は東京タワーが嫌いだ。それは、父が何より好きだったものだからだ。
当時、小学生だった私に、よく父は東京タワーの話をした。日本で一番大きな、人間が作った建造物(そのケンゾウブツ、というものが何かというのは、そのときの私にはよくわからなかったが)。元々建築物が好きだった父は、東京タワーが出来ることになった子供の頃から、ずっと憧れ続けていたという。そして高校の時に初めて東京に行き、実際にその目で見て、その大きさにいたく感動したのだという。
家族旅行で東京に行ったとき、父は夜になって、ホテルから私をつれて、東京タワーに登った。
『ぼら、綺麗だろう、美沙』
父はしゃがみこみ、私の肩に手を置いて言った。
私は目の前の景色を見た。一面に広がっている、きらきらと輝く光。まるで海のようだった。私は頷いた。
『でもな、東京は決して綺麗な街じゃないんだ。道路を歩いていればゴミが落ちていて汚いし、人は多くてごみごみしているし。治安が悪いところだってあって、悪い人間だってたくさんいる……。だけど父さんは、この光景を見るたびに、そんなことはどうでもよくなってしまうんだ。このたくさんの光は、この東京の家やビル、車とかの光が集まって、こんなに綺麗な景色になっている。近くで見れば汚いものでも、こうして遠くから眺めると、こんなにも綺麗に見えるものもあるんだ』
私はそのときは父の言うことがまったく分からず、曖昧に頷いていた。今思えば、小学生だった私にこんなことを言う父は、少し変わり者だったのかもしれない。
『またつれてきてやるからな、美沙』
父は東京タワーを出るとき、私の手を引きながらそう笑顔で私に言った。
だが、その約束が果たされることはなかった。
それから三年が経って、父は家を出て行き、二度と帰ってこなかった。どうやらずっと前から不倫をしていた女と駆け落ちをしたらしいのだ。
母は取り乱し、父が出て行った最初の頃は、母の姉である叔母に、泣き喚いているのを何度も私は目撃した。
――東京の、あの女のところに行ったんだわ。私、東京に行ってくる。絶対に連れて帰ってやる。
――やめなさい、美沙ちゃんが見てる前で。そもそも住んでる場所もわからないんでしょう? 東京にいるだけじゃ、見つかるわけがないわよ。
私はそれを聞きながら、何となく父は、あのとき見下ろした東京タワーの景色の中にいるのでは、と思った。少なくとも、東京タワーが近くにある場所、そこに父はいるのではないか。
だが、私はそれを母には言わなかった。その代わりに父がいなくなってすっかり不安定になってしまった母を傍で支えた。母は酒を飲んではよく父の悪口を言い、罵倒し、そして泣きながら、私に言った。
――ねえ、美沙ちゃん。私は悪くないわよね? あのひとが、あのひとが悪いのよね?
私はそれに、いつも頷いた。うん、お母さんは悪くないよ。悪いのは、お父さん。
それは本心だった。母は少し弱いところもあったが、優しい、普通の妻であり母親だった。いつもお父さんや私のことを考え、毎日文句のひとつも言わず、家事をしてくれた。私から見ても、父が母を捨てる理由なんて見当たらなかった。
だが、そんな母よりも、魅力的なものが、あの東京には――あの東京タワーから見える景色には、あったのだろう。
私は大人になって、仕事や旅行で、何度も東京を訪れた。だが一度として、東京タワーに登ったことはない。いくら誘われても、断った。
私は東京タワーが嫌いだ。それ以上に、父が嫌いだった。
母が言うように、父は最低な人間だったのだろう。出て行く何年も前から不倫をしていたらしいし、母が父に泣かされたことは、付き合っていたときから何度もあったらしい。
私は母が好きだったし、そんな母を哀しませ、こうして家庭を捨てた父を憎むのは当然だった。母の父に対する恨みを聞きながら、私もそれに同意をした。それは決して嘘ではなかった。
だが――それは私があえて、父を思い出そうとしなかったからだ。
私は当時、幼く、記憶が曖昧だからなのか、私が昔の父を思い出そうとしたとき、そのときの記憶の中の父は綺麗なままで、そこに憎悪を向けることは、どうしてもできなかった。
記憶の中の父はいつも笑っていた。何度も私に東京タワーの話をしていたときの、いつかお前をつれていってやるからな、と私の頭をなでた。そしてあの東京タワーから見える景色を眺めたときの、まるで子供のように目を輝かせていた、父。私がここにきて楽しい、と応えたときの、なんて嬉しそうな顔。
自分でも驚く程、今思い出すのは、いつも優しく、大きかった父の姿。
まるであのとき見た、東京タワーから眺めた景色のようだった。きっと私は父と過ごして、嫌なこともあったと思う。母が苦しんでいた姿ももしかしたら一度くらいは見ていたかもしれない。だが、私の記憶の中での父の姿は、私を思ってくれる、ただただ普通の父親だった。
だから私は怖かった。私がもう一度、あの東京タワーに行き、父が母を捨ててまで得たいと思った景色を眺めたとき、私もその光景に囚われてしまうのではないか、と。
東京タワー。