桜前線

昇降口

音楽室の窓から
バッハの旋律が聞こえてきて
まわりの喧騒は
何も聞こえなくなった
ひとり
昇降口で
今脱いだ外靴を見つめる

くたびれたような
ローファーの鈍い照りが
朝のすべて

もっとくたびれた上靴に履き替え
バッハの旋律は空耳のようにどこかへ行ってしまった

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もう着ないセーラー服を抱きしめる三月三十一日深夜

春の水たまり

春の水たまりに
さくらの花びらが浮いていました
車に人に踏みつけられて
茶色くなって浮いていました

春の水たまりを覗き込むと
水面に映るはずの自分の顔が
花びらで見えなくて
わたしはきっと
花びらよりもちいさい人間なのでしょう

春の水たまりを
一息にぱしゃんと蹴り飛ばしたくても
どうしても蹴り飛ばせないほどに
大気が薄っぺらいような気がして
わたしの胸の虚しさも
仕方ないかと思うのです

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アイコンの画像の位置を微調整して終わりゆく春の黄昏

あなたは死んでも星になれない
わたしは夜空を見上げない
薄情な瞬きに何がわかる
星はだれのことも見ていない

授業中しずかに泣いていた
涙はノートの上で星になる
星は罫線をむしばんで
数学の先生の声は聞こえなくなる

きっと
どこもかしこも宇宙だ
わたしもあなたも星になれていないだけで

星になれないわたしたちを
ひっそりと圧迫する宇宙が
あなたの首筋のすぐそこまで、広がっているじゃない

/

ここじゃない星にあなたを連れて行く 桜前線にPASMO落として

桜前線

2022年2月 作成 / 2022年4月 某高等学校文学部の部誌に掲載

桜前線

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-08

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  1. 昇降口
  2. 春の水たまり