知恵の実の代償
2000文字制限でこういうの書きたいなとあやふやな想像で書きました。よろしくお願いします。
この世界が理不尽なことははよく知っていた。
強者だけが回していける世界で弱者の意見はないに等しい、けれどそれで満足だった。
僕には味方がいたからである、この掃き溜めのような生活も彼女が隣で笑ってさえいてくれれば何もいらないとすら思った。
積もる灰をかき分け焼け残った骨を拾い上げる。
十字に重なった柱の下で彼女は灰になった。
後悔の念が心を焦がしていく。
雲に遮られていた真っ赤な月の光が顔を出す、光を受けた十字の墓標は影を伸ばし少年の心の内を映し出した。
緩やかな風が少年の背後を抜け、影から伸びたマントがはためく。
ネジくれた角が左右から突き出すし、長く鋭い尻尾がウネウネと動く。
少年は人差し指を血が滴るほど噛み締め決意した。
冷徹に冷酷に、残酷に残虐に彼女の願った幸せを叶えようと。
この物語には悪役が必要だ、人間が浅ましく神から知恵の実を盗んだあの日から、これは因果応報なのだ、人間の本質は悪意なのだから、
自らの手を血に染めなくては前進できない弱い生き物なんだ。
固まった決意と共に手に収まってしまった彼女を飲み込んだ。
▱▱▱▱
月のない夜、鎧を着に剣を腰に刺した騎士が走っていた。
あれは人間ではない神話で聞く悪魔とそっくりではないか。
後ろを振り返り、真っ暗な視界の中を懸命に探す。
逃げきれたのか?いやまだわからない何処かに光でもあれば、こいつで。
剣に手を当て、さらに走る。
少し行ったところに途切れ途切れの光源を発見した。
それは古びた一本の街灯であった。
街灯は薄い光をチカチカと点滅させている。
焦土に駆られる心が少し落ち着きを取り戻し胸を撫で下ろす。
冷たい柱に手を置き、出し切った息を大きく吸った。
グチャ。
一瞬暗闇に切り替わった瞬間、耳元でそんな音が聞こえた。
首から下が痺れるような感覚に声が出ない。
荒い呼吸が漏れる。
ゆっくりと視線だけを動かし目の端で真っ赤に光る目と目があった。
気の狂いそうな恐怖から目を逸らせずにいると気まぐれな街灯がそれの全身を映し出す。
鋭い犬歯を首筋に突き立て、赤黒いマントを羽織り、それ単体に意思を持っているかのように動く鋭い尻尾、爛々とする真っ赤な目玉。
古代ローマ、ギリシャ、エジプトで伝えきく吸血鬼だ。
ぼんやりと落ちていく意識の中を真っ赤な視線を最後に鼓動を止めた。
▱▱▱▱
獣らしく四足歩行で騎士を追いかけ、筋肉を隆起させる。
弾丸のように弾かれた体が騎士の鎧の隙間を縫って首筋に犬歯を突き立てる。
口いっぱいに広がる鮮血は甘美であり本能が喜びを感じていた、それでも人間の部分が目から血の涙を流させる。
人間の心が現れた時、少年は悪を演じる。
怪演を。
口角を吊り上げ狂気的な笑顔と共に、溢れる笑いをニタニタと抑える。
冷酷に冷徹に、残虐に残酷に彼女の願いに近づいたのだ、この国がそれに気づくまで極悪非道の限りを尽くしてやる、この国と彼女のために。
震える手を力一杯に握り、血肉を貪った。
それから何百人もの人間を食い、王国全土に夜の皇帝の名が広がった。
いわくそれは怪物だった、いわくそれは残虐であった、いわく、いわく、いわく、いわく、いわく、噂の流れは濁流へと変わり絶対的な恐怖として広がり続ける。
真っ赤に染め上げた石畳の上を進み、王城を目指して石壁の側面を舐めるように這い上がる。
真っ赤な月に照らされる自分の手に視線を向けて決意を固めた。
残虐火道の限りを尽くした怪物は情け容赦なく殺されるのだ、それがこの物語が定めた悪役の最後だ。
背中から蝙蝠のような翼を伸ばし、王城の一角へと突進する。
ガラスを突き破り、キラキラと真っ赤な月明かりを反射する。
幻想的に部屋に降り立ち驚きに動けないでいる王の首筋に犬歯を突き立て肉をこそぎ取った。
自分と同じように残虐非道の限りを尽くした王だけが殺してもいい権利があった。
倒れ伏した王の真っ赤な血がカーペットの中に溶けていく。
身勝手な理由で火刑を執行した王と同じ道を辿るのだ。
騒ぎに駆けつけた騎士たちが扉を開け、首が飛んだ。
天井まで飛んだ血が雨を降らせる。
皆殺しだ。
体を引きずりながら最後の時の門に手を当て押し開く。
一面には松明に炎を灯した住人と騎士が武器を構え末ていた。
けれど誰も動こうとはしない、ただ一人を除いて。
やはり君だった、最初に殺した貧民街の子供。
鋭く研がれた槍の先端を向けかけ、心臓を貫いた。
この世界はこれで少しは変わるだろうか、弱者に目を向けるだろうか。
彼女の語った平和は彼の参入によって受け入れられるのだろうか。
そのどれもが願望に過ぎないけれどそう願った。
十字架に貼り付けられた少年は火刑の中、冷酷に冷徹に残酷に残忍な仕打ちの末殺された。
知恵の実の代償