巫女サーシャー時計塔広場にてー
題名かえました、よろしくお願いいたします。
一章
空が闇に支配されるているこの時間、石畳を急いで駆ける馬車がある。
数十メートル置きに微かに照らされた街灯に照らされながら、窮屈な蹄鉄を履かされた馬が闊走する音と、つられて鈍い音をならしまわる車輪がゴトゴトと夜の闇をつんざいている。
馬車の中には、父とともに一人の少女が乗っている。
昼に蓄積した紫外線を吸った蛍石が、カンテラの中で残骸のように弱々しく短い命のような緑の燐光を放っている。
そこに照らし出された少女は、長く揺れるような波型の髪に布を巻きして、憂いを帯びような潤んだような瞳が魅力的な少女。
この闇に怯えている年頃だろう、いや、むしろこの闇が彼女にとって己が住まう領域でもあるかのように落ち着いている。
石畳の街を小一時間も走り抜けた先に、関門の形跡がある。
「おかしい、どうしてこんな時間に開門しているんだ。不気味だ。何かがあったのか」
そう父が呟くと、かまわず、
娘が「父さま、このまま進みましょう」と言った。
父は、少女の少し先を予知する力を知っているので、少しの恐れはあったが事件に巻き込まれることはないだろうと判断し進んだ。
しばらく進むと何事もない事を証明するように、土で出来た地面がどこまでも車輪の下にあり、砂埃を浴びせかける。
2時間も走っただろうか、辺り一面に異様な臭気が漂い、大きく地を揺らし耳に轟く音が響いた。
思わず音の方をみると、
「なんだ、あれは。およそこの世のものではないな。
サーシャ、やはり来てはいけなかったようだ」
斜め下方向の湖面を眺めながら父は恐る恐る囁いてくる。
「父さま、危険はありません」
下方の湖面には、たまに間欠泉が吹き上がり、オレンジ、赤、黄色、緑などのカラフルなグラデーションから白い湯けむりが沸き上がっている。
そのコントラストは何とも綺麗とは言い難く澱んでいるというような感じだ。
血が錆び付いているような鉄や卵の腐ったかのような硫黄やヒ素などの限りなく毒物に近いきつい匂い。
周辺は何とも臭い、臭気で鼻や目が早くも危機を訴えだしている。
危険なものほど怪しげな光りをたたえるものだ。
まるで、年老いた魔女が若返りの薬を使い美しく装い、醜悪な中身はそのままに純朴な人間を狩る前触れのようだ。
また、ゴォ、ゴォ、ゴォオオオーーーーーと激しい地をならす音を立てて、間欠泉が湧き起こる、そして毒々しい湖面になだれ落ち、飛沫が飛び散る。
「父さま、この闇夜に浮かぶあの湖面、私には路面をゆく先導のようにも感じます」
「しばらくは、この先導についてゆきましょう」
そう少女は静かに言う。
「お前がそういうのなら、このまま進もう」
父はこの娘にたいして信頼を寄せている、この少女の力にたいしての絶対的信頼。
命の危険にたいして己で考えることを放棄するくらいに。
それがある種少女には危機感を感じさせているともしらず。
サーシャはこの自分に宿った力をコントロールはできても、心の中までは御しきれずにいる。
皆が、自分を儀式時に崇拝する姿勢と恍惚の表情が、ある意味受け入れられずにいるのだ。
尾長鳥の目の覚めるような青と黄緑と黄の混ざった長い羽を頭の布に差し、白いドレスを纏わされ中心に置かれるなか、皆が輪になり自分を囲いまわる。
サーリを残し、皆がひたすらまわるのだ、祝いの衣装の裾が翻り、まわることで人はトランス状態になり恍惚となる。
恍惚が極まる頃、サーシャは昔から伝わる歌を歌い始める。
伝承されてきた言い伝えを。
そしてその後に、放たれる予言。
その恍惚の状態は人の意識を無防備にしてしまう、言わば刷り込みが行われるのだ。
サーシャは己の予知能力と歌う声をかわれて今のポジションに祭り上げられている。
それと同時に、トランスからの刷り込みを皆が盲目的に信じ崇拝している危うさも感じている。
サーシャが言わば巫女のような存在として祭り上げられたのは、約1年と半年前の事。
もともとサーシャは女王が支配する帝国の生まれ育ちだ。
その帝国は、鉱物や香辛料などの交易で大きく潤っていた。
そして、神託により鉱物を新たに見つけだし、組み合わせる技術を告げ、配下と造り上げることこそが女王の仕事だ。
女王は大きな時計楼がある宮殿に住まう、その周りを貴族と大きな商館が軒を連ねて一重円の地形。
さらに庶民や、商人、技術者、学者に、呪術者等の大多数が生活する大きなニ重円目。
もっとも外れの三重円めに傭兵やならず者、またパブや飲み屋、賭け事をする店が構えられている。
周りを豊かな海で囲まれているため、傭兵や船漕ぎたちは大きな守り手でもある。
働き手として縁の下の力持ち的存在でもあるが、手に負えない荒くれ者たちも多数いるのが現状だ。
今年の夏、祭りが盛大に広場で執り行われた。
この日ばかりは、三重に分けられた人々も皆区別無く集まる。
この国の祭りの伝統衣装に身をかためた男女が交互にまざりあい並ぶ。
カーニバルに相応しい金管が最初の始まりを告げ響き渡った。
次々に金管が続き、太鼓が腹に振動し、地面を鳴らす。
弦楽器が陽気に旋律を歌い上げる。
女性は、海の色をおもわせた裾を丸く膨らませたベルルカというワンピースを着ている。
すこしとがった靴の先には金と銀の丸い飾りビジューがあり海に沈む太陽と月を連想させる。
また、男性は黒のズボンに白いシャツ、石灰色の薄い絹布を肩から纏っている。
男女は礼儀正しく礼をし、手を絡ませステップを踏み出す。
そして、まわる。
曲のテンポが早まると、つられて動きもあらくなり、足のステップがドンドン、カツコツと器用に踵と爪先で音を変え、鳴り響き打楽器と混じりあう。
投げるように女性を回したと思うと、次の男性が受け止めまた、繰り返される。
投げられた瞬間にふわりと宙に浮く反動で顔か緩み、笑顔を作りやすくなる。
それがまた相互に気安くなる。
傭兵の一人、すらりと伸びた立派な体躯をしたやや野性的な鋭い眼差しとは裏腹に紳士的なお辞儀をするカイト。
今日だけはいつも後ろに背負った大きな剣は、懐の小刀に変えてある。
この帝国の女は海に囲まれているせいか楽しく陽気だ、またほれっぽい。
「お兄さんと踊れて嬉しいわ」
と良く日に焼けた肌の女は足を絡み付ける。
「俺もだ、情熱的な女が好物でね」
と足をからみかえし背を後ろにそらせると、喉元に口づける。
たっぷりと見つめあい挑発しながら、ステップを交わしスカートを翻す。
この女を抱き寄せ、胸元に顔を埋める。
女はハッと顔色をかえるが、すでに胸元から細長く光る凶器を咥えられていた。
「色ボケしてるからだな」
ソートがニヤケ咥えた針のようなものを吹きとばす。
「巫女を狙ってるのか?」
女はきっと睨み付けた。
「どこからその情報を?」
その瞬間、洒落れたダンス曲が終わった。
人々の跳ね上がった呼吸と歓声が響き渡る。
そのとき遠くから、時計楼の城から出てくる五人の巫女がみえた。
人々はさっきまでの賑やかさが嘘のように静まり、道を広げた。
カイトと女は迂闊に動かず、聴衆にまぎれおとなしくやり過ごす。
この国の五人いる巫女が鐘楼を囲むように円形に配置される、人々は巫女を囲みまわりだす。
白い服に長尾鳥の羽をつけたサーシャが歌い始める、この帝国に伝わる伝承を。
この大陸の3つ分の地の赤き土
紅き金剛が隠され
緋から金の霞が揺らめく
この大陸7つ分の海の深き青
藍から荘厳の粒が輝き
海の女神が流す虹の涙を流す
この大陸をてらしだす緋にもゆる陽
すべてを照らす根源であり
すべてを無にきすものである
この刻の鐘楼を囲いし乙女
その声を持ちいて告げる
万物を司り自然とともにある我らに
祝福を
そして五人の歌が終わると、
すっかり回り続けてトランスに入った者達に
サーシャは予言を放つ
そうして、歌い終わる頃に時計塔の秒針の影が東に向けて影を落としていた
「東へ、新たなる光の鉱石を求めに」
こうして旅の始りを告げた。
女王は、いつも祈りの部屋に入ると神と魂で対話をしている。
帝国内の危機や現状についてを神より教えられ、この国を治める手助けを貰っている。
この祭りのための神託を授ける前に遡る。
この頃、女王は毎日落ち着かず緊張を体で感じていた。
何をしても体が強張り胸には重い感情が渦巻いている。
きっと良くないことが起こると既に感じているが、それが何を表すかがまだ
掴めないでいた。
「大神よ、この緊張の原因を我にお授けください、そして思し召しによりこの先の私のとるべき行動をお導き下さい」
すぐに神からの答えが断片として女王に降りてきた。
「今からお前に見せる未来は、まだ公にしてはならない。
時期がくるまでは。
神々は完璧なタイミングをもってお前を守り導いてる」
そう感じると、女王の頭の中に未来が浮かび始める。
人々が土と水を調査している
また新たな鉱物を掘っている
それをもとに新たなメトセトルというものを作り出す
危険な物を真空にしてメトセトルでくるんでいるようだ
やがて場面は移り、地球の気温が下がり始め穀物が減り始める
疫病や自然の猛威になすすべなく生き物はただ圧倒され始める
人々はわずかな食料を求め凶悪になりつつある
女王は怖くなり神に縋りつく
「私はこの様な恐ろしい未来を伝える勇気がありません、この様な残酷な事が起こるなんて」
そうして神が言う
「先程見せた対処法こそがこの恐ろしい未来を救う事となるだろう。
まだすべての工程は見せぬ。危険が伴うからだ。
だが、これが完成しある場所に投げ込むことで長い長い時間をかけて地球を暖め続けるだろう、来たる寒冷化の自己対策となることだろう」
そうして、祈りが終わった。
女王が現われた。
民の歓声が沸き起こる。
胸まである波打つ銀髪に、涙型の深い藍の宝石が印象深いティアラを身につけた美しい君主。
この帝国を己の采配と神の導きに従い創り上げる女王。
その女王は五人の予言を放つ巫女から後々たった一人が選ばれる。
一番神からの神託を預る力が強く、冷静に己を見つめられる者だ。
浮ついた考え方をしていてはすぐに慢心し能力が落ちてしまう。
人々からの羨望の眼差しを一心に受け、自分の予言が人の心をどう動かすかという影響力を目の当たりにしても尚、己を冷静に保てる者。
人々は盲目的に力の強いものに対しては従う傾向にある。
それが正しい者なのか悪い者なのか、それは時間がたつごとに
立場や役割を入れ替え変わってゆく。
ただ自分の欲望をその者がどれだけ叶えてくれるか。
利用していけるかのみで判断してゆくようだ。
これは人間として生れながらに組み込まれた本能なのだろうか。
この帝国においてトップに君臨し、人々の心の移り変わりを権謀術数の
中をかいくぐり、神託を得る能力を維持しつづける女王。
その冷静な瞳を見るとサーシャ背中がぞくりとする時もある。
まるで全ての感情を丸裸にされて、心の奥深くまで秘密をさらけ出している
のではないかと恐怖する時もある。
と、同時に自分も将来このポジションに祭り上げられる可能性がすくなからずある事が憂鬱にさせる。
今目の前にあらわれた女王を見ると感じる事がある。
重圧、責任。
能力がいつまで続くのかという不安の中を生きなければならない。
それはきっと深淵なる孤独の世界。
果てしなく続く水平線のようなもの。
時にはその海のかなたにぼんやりと映り込むどこかの現実であり幻でもある蜃気楼、そんな印象が離れない。
祭りのクライマックスだ。
今か今かと皆が女王の神託を待っている。
女王は民が興奮して熱狂的な歓声を上げているのをじっと見つめている。
ふいに手を上げる、言葉を発する合図だ。
たちまち民衆は静まり返る。
「今日ここに集う私の可愛い子供たち。
大いに楽しみなさい。
そして明日の糧を得られるように、皆を豊かに
生かし合う為の新たな鉱物を探す旅への閃きをつたえよう」
そう女王が話すと、歓声が高く上がり民が色めき立っている。
「大神より私達に与えられた予言である。
その鉱物は複数あり細かく細分化し、さらに色んな液体に浸さねばならぬ」
しばらく間を保ち、そして放つ予言
「まずは、粘土層にまじっている非常に高価に見える宝石のように
輝くカケラ、磨ければ水晶の様に澄んで光る。
沸点は3200度で溶ける。
砕けば粉々になる。が、これは研磨剤の様に思うがそうではない。とても精密なものを傷つけるゆえきをつけよ」
そしてまた一息おくと
「科学的に応用するには硬すぎよう、けれど、これを柔らかくするため浸す
薬剤がある、加工する時はこれにくぐらせる必要がある」
「3500度、これに耐えられる温度の限界である」
「土が舞い上がるサファリのある国から多く見つかるだろう。
商人ギルド、科学者の多くがこれの研究にあたるだろう。
明日より、この鉱物を探す旅へ出るもの、幸運を祈ろう」
そう言い残すと、女王は城のバルコニーから去った。
二章
祭りの後の夜の事、女王はすでに身に余る不安に苛まれ神と魂で会話を続けている。
けれど、生身の人間である以上相当の肉体的エネルギーを消費してしまう。
「大神よ、この地で近頃災害や疫病が多発しており、人の心の善なるものと悪なるもの行いが拮抗しはじめております。
それが更なる恐怖を呼んでいる、どうしたらいいのでしょか」
「答えよう。
それについて今言える事は、この退廃した悲劇をもたらすエネルギー、
あるいはその原因を一度洗い出し改心を迫ろうと思う。
そうして、改心があったものをカルマという仕組みにより魂を磨かせる」
「カルマというと?どうなるのでしょう?」
「初めは苦しいだろう。
破産、病気、苦労など、自分が手に染めた悪事がまたはその因果が襲って
こよう。
しかし、この因果の解消が出来れば魂を救済しよう」
「これは人間にはコントロールができぬ、が、このカルマを解消し魂が
磨けさえすれば暗闇の中で照らす灯明がもたらされる。
以前より心身がクリアになり、よりよく命を生かす歩むべき道が示される」
そうすると、女王の頭の中に天使の梯子から救いの光が降りてくるイメージが見え始める。
「大神よ、この苦しみや混沌は一時的な平和への歩みへと繋がるものなのでしょうか。
この先は、どのような未来が持たされるのをお示しください」
「今後の未来は二つだ。
一つは、混沌を生き抜いた磨けた魂が再び豊かな心と平和的に生きてゆくための規律という知恵を神より与えられ平和な世界を作り生きてゆく。
一つは、滅びを招くようではいけない、神にとり非常に良い感情を与えない。
よりよい人間にならねばならない、3回の忠告の間に改心なき者は間引く」
代々の女王が大神より引き継いだ教えが、このエリザの脳裏に浮かぶ。
神と人間との約束が太古よりある
以前は10の戒律を降ろしていた
けれど守れるものは減り続け妥協案として
今はたったの3の戒律として魂をはかる
人は文明が進むとより魂が汚れてゆく
魂に見合うだけの開発した危険な物を使いたがる悪か
その者たちと反比例するように良い心の者も生まれだす
生れながらにして魂が善悪どちらかに属する人間は半々である
生まれてから善悪とどちらに影響され始め心が支配されるか
これが善の中の悪、悪の中の善となり現れる
増やせ増やせ、神なる導きを感じる人間を
称えよ讃えよ、穏やかな自然やもたらされる恵みを
「エリザよ、神はお前に今後教えを授ける。
いかに人は良い心になり生きて行けるかを、そして、自然と文明の
安全なる共存の仕方を」
「ありがとうございます」
「その導きを人々に伝えなさい。
どう人々は動き魂の本質を自覚し自制しながら生きてゆくか。
そのヒントを伝え、また平和への導きを伝言しなさい」
そう伝わると、大神の光の気配が消えた。
カイトがとある地下室である一点を見つめている。
その視線の先には椅子に縛り付けられた女が睨みつけてくる。
祭りの後、上手く自分にのぼせている女を安宿に誘い込むことにした。
地下にあるこの部屋に女を誘導し手刀を一撃お見舞いして気絶させて
から約20分後の事だ。
目覚めると、「あんた、私にこんな真似して良いと思っているの?」
悔しさに唇が歪み目が怒りに燃えあがっている。
「ほぉー、どうなるのか教えてくれよ」
そういうとカイトは唇の端をゆがめて笑う。
その言葉が女にとって火に油を注いだように感情がむき出しとなり叫ぶ。
「ただじゃおかないよ!、その首をかっ切ってやるから覚悟しな」
「どうするんだよ、そんな無様に縛られながら」
酒を飲みながら笑っていると、後ろからヒヤリとした感触が首にあたる。
いつの間に?
女が手に小刀を持ち背後から忍び寄っていた。
今さっきまで縛られていたはずだ。
目を離した時間はわずか10秒にも満たないだろう。
まるで瞬間移動したかのようだ。
「おまえ、魔術師か?」
「言っただろう? この首かっ切ってやろうか?」
そういうと、女が首をカイトの目の前まで回してくる。
不気味に血走った眼がぎらついている。
瞬間的に酒を女の目にぶっかけると、盛大に頭突きをかまし距離を取る。
しばらくうずくまると、しゃがんでいる女の気配が変わり始める。
体から湯気のようにオレンジ色の煙のようなモノが上がってきた。
「このクソガキ、私をとうとう怒らせたね」
じりじりと妖気を放ちながら、顔に皺が寄りはじめ一気に年老いて
行く女の姿は不気味以外の何者でもない。
カイトは後ずさりしながら、思考を巡らしている。
魔術師だったとは想定外だ。
しかもかなりの年齢に達した部類だ、古典的な力を使うだろう。
古い魔術は単純なようでいて強力に作用するものだ。
「大人しく私に生気を吸い取られていれば、極上の体験をしながら昇天出来たものを……バカな男だ」
「それはどうかな、醜い崩れた面をよく見てから判断しろよ」
「憎まれ口は健在だね、そろそろ覚悟しな」
そういうと、両掌を合わせて赤い球状の閃光を作っている
「赤だ!」そう呟くと天井の照明へと飛び上がる。
カイトは知っていた。
この赤い閃光に囚われると光の中に閉じ込められだんだん酸により
溶かされてゆく魔術だと。
頭の中で高速で魔導書の本のページが繰られてゆくようだ。
対抗手段をいくつかはじき出す。
ひとつは、魔術師自身をこの球体の中に入れる事。
土の元素を呼び出し盾にして応戦するか。
酸を火で燃え上がらせ魔術師ごと焼くかだ。
すかさず距離を開けながら、カイトは意識を集中して盾を呼び出すことに
決める。
元素を集中して呼びだし集め固め作るのだ。
黄色の閃光を集め土を形作る粒子が舞いながらだんだん盾の形へと形成されてゆく。
土と金属の破片を混ぜ込んだ重厚な作りのくすんだ辛し色をしたものだが
身を挺して守ってくれるだろう。
「貴様、そんな技を隠し持っていたとは」
魔女は醜悪に表情が歪み唾を吐きかける。
「やるのかい、覚悟しな」
そういうと魔女は一気に赤い閃光を高速でカイトめがけて飛ばしてくる。
凄まじい衝撃が腕に走る、盾が一瞬にして半分が溶け出す。
攻撃を受けている盾から手を放し飛び上がり、空中を大股でかけてゆくと、
刀で女の首を一気に跳ね飛ばす。
首は跳ね飛ばされた衝撃で壁に打ち付けられる。
「意外とあっけなかったな」
そう呟くと、女の持っていた袋をあさる。
この女の雇い主の手がかりを探さなくては、巫女が狙われている。
金貨が見つかる、これはどこの金貨だ?
少し黄金が黒ずみがかり、鋳造されている男の鷲鼻がくっきりと映えているがこの元首に心当たりがない。
もちろん、この金貨の発行国にも。
この帝国を将来脅かす可能性の芽は早く詰んでおかなければ。
この犯人を捜しに行く命令が女王より下るだろう。
拝謁するために、時計楼に住まう女王へとテレパスを送る。
「女王、至急お目にかかる手筈を」
瞬時に女王からの念が返る。
「どうしたのです?、良いでしょう。
では、今夜22時に謁見室にて会いましょう」
短い返事だが的確に対処をしてくる。
しばらく時間がある。
肉と酒を食べるため上の階のパブへと向かう。
陽気な管楽器がこだまし人々がせわしく喋っている。
「黄金ホップ80」そう注文すると、「はいよ」と
テーブルを滑りながら届く。
一人の小太りな初老の男がカイトに近づき
「よぉ、兄ちゃん、今夜は楽しんでいこうや、飲めよ」
「おっさん、なんかいいことあったようだな」
そう笑いかけると、
「俺は明日女王の予言に導かれて鉱物を探す旅に出るのさ。
しばらくはこの帝国ともお別れだ」
「そうかい、なにか良い手掛かりは見つかりそうか?」
「まだだね、だが資金があるうちにさらに一発あててやるさ!
なんたって新たな鉱物だ、帝国に持ち帰れば大きな発見だ。
研究人、商売人、帝国、どこに売りつけても大金になるに違いない」
「まぁ、簡単に見つかればの話だな」
「見つけてやるさ」
そういうと赤ら顔で既に酔いが回っている男は喋り出した。
「兄ちゃん、知ってるか?
東の方角にはガリオン金貨が流通した国がある」
「へぇ、ガリオン金貨ってのはどんなだ?」
「純金100%だ、まがい物がない、真の豊かさの象徴だろ?」
そういうと、二ヤついてさらに喋り出す。
「確かに純金100%と言うのは凄いな。
この帝国以上に繫栄している国があるなんてな」
「兄ちゃん、世界はまだまだ広い、楽しもうや!」
そういうと陽気にグラスを掲げ乾杯して来る。
「さぁどんどん食え」
そういって店主が肉の塊を持って来ると、カイトは食べ始めた。
夜の22時近く、時計楼の謁見室にて。
「どうしたのです?緊急のようでしたが」
「どうやら、この国の巫女にちょっかいを出そうと狙う賞金稼ぎがいる
ようです。
この金貨が雇い主ではと思い持ってきました」
「これは重い、豊かな金を産出するようですね。
いづれ我が帝国を脅かしかねない、はたまた豊かな交易を結べる相手国か……」
「私は帝国を脅かす方だと感じます。
そうでないと巫女の命を狙うはずがない」
「その様ですね、困りました。
恐らくはサーシャを狙う者でしょう、あの子は神に愛され力が強い。
つまり、未来の女王候補をつぶしに来たという事でしょう」
「今日の歌うたいの?」
「ええ、予言を放つものでもある」
「カイト、すこし探りをいれてもらえないでしょか?
あの子の出生地と、そしてなにか因縁めいたものが背景にいないかを」
「そして、危険ゆえにあの子をこの帝国から少しの期間出します。
巫女修行において必要な過程があるのです、同時に進行させましょう」
「陰からそっとサーシャの傭兵をお願いします。
そうすればおのずと敵に辿り着けることでしょう」
「仰せのままに」
そうして、カイトにひそかにサーシャと父の旅を陰から支える勅令がくだった。
過去を回想していると、サーシャと父は色とりどりの毒々しい湖面を抜けて
暗闇を走っている。
辺りは静まり返り、前方がカンテラに照らされる範囲しか良く見えない。
後ろから馬の走る蹄の音がついてきていることに初めて気づく。
「賊か、サーシャもしもの時は短剣を使いなさい」
隣から金木犀の香りが漂う。
これはサーシャが力を使っているという合図だ。
その父からの忠告をやんわりと返す。
「父様、後ろの方はひそかに私達をつけながら守っている様です。
いわば帝国の密偵、または衛兵のようです」
「なぜ、そんなことが言い切れる、危険ならばどうするのだ」
「女王と話している様子が見えます、背に大きな剣を持ち黒髪に青い
瞳をしている精悍な印象の男性ならばその方でしょう」
「どうするか?」
「父様、いったん止まってみましょう」
30メートル離れてつけていたが、おそらくはこの静まり返った闇に
俺の存在は強烈な違和感を放っているだろう。
このままついていくか、なるべくなら隠れておきたいが、このまま危険が忍び寄らないという保証もない。
そう思案しているところに、前方の馬車がスピードをゆるめ始めた。
「なんだ、どうしたんだ」おもわずそう呟く。
「傭兵様、こちらへお越しください」
そう少女の鈴のようなかわいらしい声が前方からかかる。
カイトは長いため息を放つ。
そして観念して、少女に向き合う事に決める。
サーシャは彼を見るなり、透視した映像の正しさに微かに驚いたが
同時に安堵もおぼえた。
「巫女様、いつから俺の存在にお気づきで?」
「今しがたの事です。
この暗闇に危険がないかとあなたの事を力を使い遠見させていただきました。
そうすると女王エリザ様とあなたが話されている様子が浮かびました。
そしてその映像の方が、黒髪で涼やかな青い瞳の持ち主でしたので」
「やれやれ、容貌迄見えるのですか、大したものです。
私はカイト、帝国の傭兵です」
「まずは、今までありがとうございます。
気づかなかったとはいえ、多くの危機から守っていただき感謝します」
まだ少女なのに冷静だ、そう感じる。
「バレてしまってはしょうがないですね。
今後は俺が堂々とあなた方を正面から守るってことでどうです?
その方が都合がいい、用心棒がついてるならあんたらの危険はぐっと減る」
「そう思います。
旅を共にしていただけるのなら、ぜひ」
「ところで、巫女様、お名前は?」
「サーシャ、16歳になります。父はトト、44歳です」
トトはまだこのカイトに馴染めずにいる。
傭兵と言う存在がどんな存在で、いつから自分たちの後をつけていたのかが
腑に落ちないのだろう。
「あんたはいくつにおなりになるんだい?いつから傭兵なんて仕事をしてるんだい?」
どことなくぞんざいな口調から自分を良く思っていないことを察して、
「俺は23だ、傭兵は16からやってるよ。
この剣を使いだして7年だ。
そして多少の魔術も使えるな、元素を呼び出すことが得意だ」
「魔術、それはそれは!
そんな高度な学術と技術がおありになるのに、またどうして傭兵なんて
してるんだい?」
「傭兵なんかと言うのが気に食わねーが、まぁこの世を旅して俺なりに
自由にやってく為には金が要るし、性に合うんでね」
その答えが、トトには少し危険に感じられた。
腕は立ちそうだがサーシャとあまり親密にさせたい類の男ではない。
だが、これから先、自分とサーシャだけで旅をすることの危険性も分かって
いる。
そんな父の迷いをサーシャの言葉が払いのける。
「父様、この方は正直でいて頭がキレます。
またお強い。
高等魔術の自由自在な使い手とお見受けします」
トトの顔色が変わる。
高等魔術の使い手と言えば、年に2回行われる帝国での試験を魔術師の中で最も優秀な人材しか受ける事を許されない。
それに合格すれば神官になる道が許されている。
いわば、帝国の頭脳になる部類の超エリートだ。
この男、たしか16から傭兵をしていると言っていった。
と言う事は15の頃には高等魔術に合格しているはずだ。
ますますなぜそんなエリートの道を捨て、わざわざ傭兵などと言う不安定で
危険な仕事をしている?
疑問が絶えない。
が、サーシャがこんなにも早く人を信頼するのは珍しい。
悪くない選択なのかもしれないが……
「どうして俺が高等魔術の使い手だと思う?」
「元素を呼び出すにはそれぞれの特性を組み合わせる知識がいります。
また重いものから軽いものまでを集め形作るには相当な念力とエネルギーを
要します。
私もこの旅を出る前までちょうど基礎を習っていましたから」
「へぇー、あんたも魔術が得意か、そりゃこの旅が楽しみだ」
そう笑いかける。
こうして、3人の旅が始まりを告げた。
目に映る世界が急に華やぎだした。
今までは危険と緊張の中をかいくぐる日々だったが、このカイトから教わる
旅の仕方は新鮮だ。
市場を訪れた時だ。
人がいきかい賑やかだ、昼間で暑いが活気にあふれている。
ここは乾燥し、砂が多い。
風は強いのに、太陽が赤く照り付け汗が噴き出す。
喉の渇きをどうにかしようと訪れたのだ。
「いいか、この星形の果物は酸っぱいが血の酸化を防ぐし、ビタミンが沢山ある、喉が渇く前にこうして2,3個ほど食え、そして、8個は買って水が手に入らない時に備えろ」
そう説明をしている隙に、トトのバックがスリに合おうとしている。
それを視線の先に入れて、すぐ睨みをきかせるだけでスリがものの見事に
退散してゆく。
「だいたい、あんたは見た目がもう金を持ってそうな雰囲気を醸し出してるんだよ!アホか!」
「世界はこんなに広い、当然治安も違えば貧富の差だってあるし、モラルの違いだってあるんだ、ボヤボヤするな!」
そう言われると、トトも負けじと、「私は人の心が善良な事を信じてるんだ!」と言い返す。
「じゃあ、あんたは今にも飢えそうなのに金がなくてなにも飲み食いできない日々が続いて、ぼんやり金持ちが目の前を通り過ぎたら何も手出ししないって言えるか?」
「それは……」
「いいか、そんなモラルなんてのは、食う飲む住む着るができて初めて言える事なんだよ!、見ろよ、ここら一体を。
皆、水がなくて乾いてる、それでも食べていく事に必死なんだよ!
これが生きてるってことなんだよ!」
「あんたも生きてかなきゃならない、娘を守りたいんだろうが!
だったらぼんやりしてんじゃねーよ!」
そういわれたトトは、返す言葉もなくカイトに頷いている。
この光景はサーリには新鮮だった。
「カイト、どうしたらこういう場所は豊かになるのでしょ?」
「さぁな、もう井戸や湖から上手く水を汲みだして上手に使うことだな。
んで、木陰やら作るんだよ、休めるし雨が貯まるだろうが、それがいつか
井戸の水に繋がるだろ」
「何年かかるのでしょう?」
「そりゃそいつら次第だろ、ようやく湧き出た貴重な水を無駄な争いとかをしなければ早く農業に生かせるだろうし果樹だってできる」
「そしたら、豊かになってくだろうよ!」
そう言いながら、星形の果物をかじる。
「うまいな、味が濃い、ここらで水がない分果汁が凝縮されてるな。
おまえらも食えよ!」
「美味しい」
「酸っぱいがほのかな甘みがある」
「旅ってのはこうして世界を見る事なんだ、知る事、味わい体験する事だ。
その機会を無駄にするなよ」
そういってカイトは笑う。
水分を補修し、木陰で休む。
「カイト、この先は東に進み続けます」
「鉱物を探しに行くんだろ?、巫女の世界のことは良く分からないけど」
「私はまだ巫女と言う立場ですが、自ら予知した鉱物が東にあるのだという
女王が示す答えと一致してしまいました」
「ゆえに、見届けなくてはならない。
そして自らの脳裏に浮かんだものなのかを確かめに行くのです」
「今のところ、サーシャ、あんたが次期女王候補らしいな」
「わからない、自分がどうしたらいいのか。
けれど、不思議と常に何かに呼ばれ、何かを見せられ、何かの運命に引き寄せられている」
「その運命が女王か……」
「なれるかどうかという事は別にして、正直に言うと、女王と言うポジションは気がすすみません」
「けれど、運命はどんどん私の意志を置き去りにして、先へ先へと導いていってしまう」
カイトの脳裏に銀髪の少女が泣いていた光景が蘇る。
俺は女王となる巫女に巻き込まれる星の下に生れてきたのか?
そう感じている。
「どうするんだ、今後、女王にいつか決まってしまえば?」
急にサーシャの表情が陰る。
けれど、カイトのほうへ向き直ると、
「女王を今のポジションから解放してあげたいのですか?」
憂いを帯びたとも、希望を開放するかのような温かな眼差しが入り混じった
かのような表情をする。
「何が見えた?」
カイトが静かに尋ねる。
「あなたと女王が恋人だった光景が。
あんな幸せそうなエリザ様の表情をはじめてみます、いえ、過去ですね」
「知ってるだろ?女王の在籍期間は力が衰えるまで。
その間は神に使われ続ける。
サーシャがエリザと代わるのはずっと先だろ?」
「そのようです」
「なにかなりたくない理由でも?
名誉があるポジションだ。
その年代の少女なら、誰もが憧れるはずだろ?」
「どうしてなのかはわからない、ただ、私の時代で何かが大きく変わる。
そんな予感がしています。
それが良い方向にでるか、悪い方向にでるか。
それが、とても怖いのです」
確かに、この少女にはエリザとは違うものを感じる。
エリザが繊細ではあるが陽の気を放つなら、このサーリからは豪胆で
ありながら陰の気を。
きっと、女王となれば大きく何かを変えてしまうという予言はあたるだろう。
時代を変える変革だろうか、きっと大きなうねりとなるだろう。
三章
この帝国を出てからひたすら東へときている。
旅の道中で、このサーシャと父トトの過去を探らなければならないだろう。
「あんたはどうやって巫女になったんだ?」
そうストレートに聞いた。
ややサーシャのくぐもった悲しそうな表情が、あまり良い出来事ではなかったのだと俺に悟らせるには十分だった。
「私がまだ巫女でもなくこの予知の力を手に入れる前から話さなくてはなりません」
「ほぉ?生まれつきではないのか?」
「残念ながら徐々に後発的にできてしまう力のようです」
そう寂しげに微笑む。
当時、帝国の市街地に住んでいたこの親子は薬草を作り生計を立てていた。
他の医師が儲けの為に強すぎる薬を処方すれば、自然の生薬をつかった薬で補う様な。
けれど、いつしか変わってしまう。
ある男の呼吸がヒューヒューとゼーゼーとなっている。
どうやら肺がゴロゴロしている。
サーサシャには原因と対処法が閃き始める。
エキシャという水煙草の吸いすぎにより肺に水がたまり始めているのだと。
対処法はゆっくりと動き、深呼吸を一日に5セットを30回繰り返すようにと指示を出し、トト特性のドロップを処方すると3日後には呼吸音とゴロゴロ音がおさまった。
ある男がふらつき目の前で倒れこむと、サーシャにはまた閃きが宿る。
とある医師が強すぎる薬を与えすぎた為、その副作用で神経が参っているのだと。
砂糖水を飲ませ休ませることで回復させ、またトトの自然の生薬から出来た薬に置き換えると2週間で治った。
この様に最初はサーシャの不思議な処方が話題になり始めたのだ。
やがて、噂は広まる決定的な出来事が起こった。
ある年の冬のこと。
生薬の一つである、リリコリスが高騰すると見込んである商人が囲い込んだ。
リリコリスはあらゆる治療薬に必要なものだ、寧ろこれなくしては何も生み出せない。
このあくどい商人のやり方にトトとサーシャは立ち上がった。
「親方様、どうかリリコリスを皆に売ってはいただけませんか?」
「何を生温い、今売り買いをすれば私は何のためにこのこの時期にこの高価な薬草を買い占めたかわからんではないか」
そう吐き捨てる様に言うと、釣り上がった細い目の奥が強欲にひかっている。
「民が困っています、いまその薬草がないと痛みの回復を和らげる薬が作れないのです」
「なら、金を払え、一束50シリルだ」
途端に街の生薬ギルドはざわつき出す。
「50シリルだと?、横暴だ、高すぎる」
「足元見やがって、この強欲な豚が」
口々に罵声が浴びせられかける。
さしてこの親方は気に留めるでもなく、言い放つ。
「ならば、代わりにこの俺にこのリリコリスを用いて新しい薬の使い方でも教えてくれよ」
出来るわけがないと高をくくった舐めた口調と乾いた大きな声が響いた。
「今日から3日やろう、その間に新たな薬を発明した薬草師にこのリリコリス1万束をやる。
まぁ、もっとも無理だがね」
そう高笑った。
3日で薬を作るなだと至難の業だ。
いくら何でも不可能に近い。
けれど、これをするかバカ高い売り買いをしなければ、この街の薬は底をつき病人はどうする事も出来ず痛みに耐え、死を待つ以外にない。
一か八かだ。
まず、サーシャとトトがとった行動は、薬草辞典を調べ似たような作用をもつ同類項を探し出す事だった。
似た反応を示すという事は、効果や混ぜる薬に親和性があるという事だ。
「父様、約35種類も同じ作用を及ぼすものがあります」
「そのようだ、が、花の物もあれば、根の部分が作用する場合もある。
出来上がった薬を丸薬で飲ませるか、はたまた水薬にするか……効果の現れる時間がまるでかわるぞ」
そうしていくと、サーシャにはある植物の根を詳しく書いたページが光って見え始める。
薄くオレンジとも金とも言えるような光を放つ様だ。
「父様、このネロリーズを試しましょう」
「何を根拠に?」
「私には光って見えます、また、鎮静効果、解熱効果があるとも書かれている」
「そうだ、まずは一番に患者が求める作用は備えているな」
しばらくトトは本を読みこむと、難しい顔をする。
「ただ、この根を分解し毒を抜く方法を考えねばならん」
「いいえ、父様、逆にこの毒性が症状の緩和をもたらします。
神経を一時的に少し鈍くしてくれますから」
そういいながら、ネロリーズの根をナイフで細かく切りながら、つぶしにかかるサーシャ。
黒い大鍋に、水と、トカゲの尻尾と、岩塩、レモン果汁、ネロリーズの根のすりつぶしたもの、そして残っていたリリコリスを入れて煮込む。
更にリリコリスとネロリーズを合わせて強力な薬となるはずだ。
まずはテストとして15分煮る。
「ダメです、根がとけない」
30分後。
「何とか溶けたようですが、効果のほどを実験してみなくては……」
そうして、流行風邪にかかったり、体に痛みがあるものを募集する事にする。
トトが街に出て叫ぶ
「さぁ、今ならタダで治療するよー」
「新しい薬だ、これで効果があれば儲けものだよー」
そうすると、片足を引きずった男と、酷い熱を出した女と、罠に足を挟まれ怪我を負い熱を出した男の子を抱いた母親がすぐに名乗り出てきた。
「お願いします、この子を助けて」
そう母親が泣きつく。
緊急度から言えばこの子供からだろう。
ある程度の効果はあるはずなのだ、ネロリーズを煎じた薬を試す事にする。
高熱で弱った小さな子の口元に流し込む。
「こほっ、にがいよー」
そう言って泣き出すが、コップ一杯を全て飲ませる。
その間にサーシャが足を消毒し包帯で巻きつける。
次に高熱の女性だ。
どれくらいの分量が効くかも確かめたい。
大人であるからコップ1杯と半分を。
どれくらいの時間で熱が引くかを試す為だ。
そして、最後に足を引きずった男性だ。
トトが問診すると、どうやら痺れまである様だ。
慢性疾患になってしまった場合どれほどの量と時間が回復までにかかるかを見たい。
コップ2杯分だ。
リリコリスだけだと、回復には熱病には3時間で効果を発揮していた。
今回は強力な薬になっているはずだ。
子供の呼吸と脈が速くなる。
熱が上がっている様だ、汗が出ている。
この時点で30分だ。
次に高熱の女性、こちらは最初っから熱が高かったゆえにピークを過ぎていたのだろう。
下がり始めた。
男性にはまるで効果がない。
更に30分後の1時間め。
子供の汗が引き始め、呼吸が穏やかになりはじめる。
女性はすっかりと平熱まで下がる。
男性はしびれが少し和らぎ始めたという。
更に、1時間半後。
子供の熱が下がり始める。
女性は回復した様だ。
男性のみ追加でもう一杯飲ませてみる。
2時間後には、信じられないことに男の子の熱が下がり、怪我をかばいながら
歩き始めた。
「痛みはどうだい?」
「うん、にぶい痛みを歩いた時だけ感じるかなー」
そう喋り出す。
「ありがとう、おじちゃん、お姉ちゃん」
そういってにっこりとする。
女性はすでに回復している為効果のほどを詳しく聞いている。
「苦しさとか何か不都合はあったかい?」
「それが、飲んで数分は体が熱くなっていました、けれどその後涼しい風が吹いたかのように嘘みたいにすーっと熱が引いて息が楽になっていきました」
「そうかい、ありがとう、お代はいらないよ」
「ああ、ありがとうございました」
そう言って帰ってゆく。
男性には一日の限度の3杯を飲ませている。
なぜ3杯かと言うと、リリコリスが一日5杯しか飲めない。
似たような2種類を合わせているのだ、おそらく3杯で限度だろうとの目測だ。
「薬師さんよ、なんだか足に血が通い始めたのか痒くなってきやがった」
「そうかい!そりゃいい兆候だ」
「それになんだか、体もポカポカしやがる」
「少し歩いてみてくれんかね?」
「わかったよ」
そう言うと、立ち上がり歩き出す。
「どうだい?」
「こりゃ驚いた、嫌な痛みが減ってよ、歩くときに妙な力を入れなくていいよ、いやー、少し歩きやすい」
「そうかい、良かったよ、旦那」
「明日も通ってくれんか?明日も3杯試したい」
「願ってもねーこった」
そうして3人をかえす。
「サーシャ、一発目から我々は良い薬草を引き当てたようだ、大成功かも知れん」
「ええ、そのようです、父様」
そういって微笑みあう。
「明日、あの方の様子を見て、3日目にあの親方に名乗り出ましょう」
「しかし、サーシャ、なぜネロリーズを選んだ?」
少し首をかしげるサーシャ。
「なぜって、無我夢中で気づきませんでした。
なぜかネロリーズのページが光り、直感が私を導いたのだとしか言えません」
トトは少し考えこむ。
「不思議な事もあるもんだ、天の計らいでもあったのか」
「そう思いましょう、きっと神の贈り物です」
翌日、男性がやってきた。
「今日も頼むよ」
「ああ、よくおいでだ、ではまたこの薬を3杯頼むよ」
そう渡すと、飲み込む。
「昨日帰ってからどうだったね?」
「3時間ばかし体がポカポカしていたよ、足がいつまでも痒くてな」
「どれ、見せてくれんか」
そういってズボンのすそを上げてみてみると、確かに足が昨日より温かいくなっている。
「サーシャ、思ったよりこの薬の威力は凄いぞ!」
「ええ、父様!」
そういって3人で期待を寄せる。
3杯飲んでから3時間がたつ。
「立って歩いてみてくれんかね?」
「あいよ」
男が驚いた顔をしている。
「普通に立てる、どこにも力みが要らねぇ、そんで軽いんだ」
すこしだけ引きずっているが、明らかに劇的に普通に近い歩き方をしている。
「これは一過性か持続性か知りたいんだ、明日も来てくれんかね?」
「喜んできまっさぁ」
そうして、軽くなった足取りで帰っていく。
「サーシャ、この薬は熱を引かせたりもするが、血のめぐりの悪い箇所に作用する事もある様だ、まさに万能だ、奇跡だよ」
「ええ、私も驚いてます、本当にこんな奇跡があるだなんて」
そう言って二人で手を取り合って喜んでいる。
3日め。
また男が現れる。
「今日も頼むよ、見てわかると思うがあのまま軽やかなんだよ、どれくらい良くなるか俺自身たしかめたくなっちまってよ」
「すまんね、旦那、私もだ、よろしく頼むよ」
そいって3杯の薬を飲んでもらう。
3時間後のことだ。
「あるけるじゃねーか、このなまくらだった足が完璧に近く治った」
この奇跡を目の当たりにした3人は歓声を上げる。
「これで大工にもどれまっさ、家を建てる時はぜひ俺にいってくだせぇ、お礼がしてぇんだ」
「旦那、ありがとう」
「それで、3日目にはかゆみと痛みはどうだい?」
「今日の3時間目には痛みがねーよ、痒みはよりは温かいねぇ」
とにかく、血が巡って麻痺が取れたようだ。
そういって奇跡の男を見送ると、急いで例の親方のもとへと向かうことにする。
煎じ薬を瓶にたっぷりと詰め込み、マントを羽織って出かける。
親方の店は大きな老舗だ。
こうして店の前に立って眺めると威圧感がある。
本人同様に。
「親方を呼んでくれ」
そうトトが丁稚に声をかけると、5分も待たせて親方がのっそりと怠惰そうに現れる。
「なんだ、まさか俺を納得させられる薬を持ってきたとでも言うんじゃないだろうな?」
そう皮肉たっぷりに聞いてくる。
「そのまさかさ、そう言えば、あんたはどうするね?」
そう言うと、親方の顔色がさっと変わる。
「効果の方を確かめさせてもらおうか」
「いいだろう、その前に約束を確かめたい、あんたの満足させればリリコリスを一万束寄こす証文を貰おうじゃないか、血判を押してくれ」
「良いだろう」
うさんくさそうにトトを眺めながらも証文を作る。
「あんたはどこか悪いところがおありかい?」
「俺は脳梗塞をしたときの後遺症で、少々しびれが左半身にあるがね。
まさか魔法ででも治してくれるっていうのかい?」
そう馬鹿にしたげな口調で唇を歪めて笑う。
「そのまさかさ!、もう実証済みだ」
「バカな!じゃあ試そうか」
そうして、3日かけて3杯飲ませる毎に親方の痺れが大工の親父のように取れた。
約束の3日後。
悔しそうに1万束を荷馬車の行列に積んで広場に運んできた。
「約束は約束だ、これを渡そう。ただし俺にもリリコリスを使ったこの薬を売る権利を分けえてくれ」
「今更きたねーぞ!」
「ふざけんな、約束はどーなる」
親方への激しい非難に沸く民衆と薬草師ギルドたち。
けれど、トトは元金がかかっただろう親方に同情し、
「良いだろう、この薬の売り上げの1割をあんたに渡そう」
そう約束をした。
そうして、サーシャとトトが作った薬が売れるたびにその薬の効果が評判となり、やがて帝国の中央部まで噂が立つこととなった。
不思議な予知で薬を創り上げたり、治療法を教えてくれる少女がいるのだと。
サーシャが閃くままに治療をしていく毎に、そう市民が噂を拡げていった。
そうして、ある日、地方官に呼ばれることとなる。
「帝国の巫女になるべき少女の候補として女王に謁見を」と。
「いいえ、士官様、私にはその様な大きな使命や力は備わってなどおりません、どうかご容赦を」
「女王から直々に会ってみたいとの仰せである」と告げる。
こうして、サーシャとトトの運命は廻り始めた。
四章
こうしてサーシャは帝国の中心部へと赴く事となった。
春の陽気があたりに漂い、草木が生き返り花が蕾を膨らませている季節の事だ。
帝国への片道には馬車で揺られての旅路となる。
旅路を見送るように、早咲きの薄桃色の花がかわいらしく芽吹き顏を覗かせている。
サーシャの住まう地方都市を出てから5日の事、西へと進むごとにこの木々には鮮やかに花を開かせる。
色をだんだん濃くしながら変化していく様は、サーシャとトトの心を慰めた。
「父様、見てください、この可憐な花を」
そういうと、目の前にはこの桃色に花をつけた木々の並木道がひろがり、少しだけ甘い香りがあたりに優しく漂う。
空が青くこんなにも高いと、この花の小さな朱鷺色から出来た花の絨毯が目に鮮やかに映える。
馬車で駆けぬけると、風にこの撫子色の花弁が舞い散り髪に絡みついてきた。
その花びらをトトが優しく取り除くと、
「サーシャ、お前にはこれからもこの花のように在って欲しいものだ。
女王に謁見するというのは名誉なことだ。
けれど私はサーシャの今の素直な心のまま、美しいものに感動し、年相応に怯えたり、楽しんだりしてくれることを望むよ」
そういうトトのまなじりを眺め、サーシャは微笑んで見せる。
「そのつもりでいます、今後もずっと」
そうして、緊張と自然に癒されながら旅を続けてゆくと、8日目にして帝国の中心部に辿り着く。
まずは3重になった場所から入る。
沢山のパブや娼館が乱立している。
また海に面した場所らしく屈強な体格の良い男と、陽気で気ままな強い女が生き生きと暮らしているように見える。
ここには用事がないため早々に駆け抜け、半日をかけて二重円目に入る。
巫女サーシャー時計塔広場にてー