ある日喉に違和感を感じて咳き込むと、口から花弁が落ちてきた。桜の花弁だった。私は嬉しかった。この病気になれたこと。私の身体が桜に変わっていくこと。ついに叶った。祈りが届いたのだ。
 桜、桜、桜。私は桜が好きだ。風とも呼べない暖かい空気が流れる草木の静寂の中にそれは佇んでいた。眩しかった。散る時でさえ美しかった。花弁の落ちる速度も、感触も、作り出す影の体温も、優しかった。私はいつしか魅入られていた。
 それに、春めくと桜がニュースに取り上げられる。花の1種に過ぎないと言われればそれまでだが、こうも全国で話題になるものか。開花予測、開花宣言、花見スポット。その奇妙に思える恒例は、みんなにとって桜が大きな存在であることを示していた。いいな、と思った。
 その桜に私はこれからなる。大きなものの1部になる。治療なんて要らない。
 死ぬのが、楽しみだ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-06

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